第三十一章
直巳は魔法陣の中から、伊武とマルジェラの戦いを見ていた。
戦場に残っているのは伊武とマルジェラに直巳。それから、直巳のために魔法陣を描いてくれた天使騎士と、どこかにいるアリエラだけだ。
他の天使騎士は、もう誰も残っていない。全員、アリエラにやられた。
直巳は、その様子も見ていた。伊武とマルジェラの戦いから逃げる天使騎士の背後に、目前に現われて、有無を言わさずに扉の中へ閉じ込めてしまうアリエラの姿を。
アリエラが何を考えているのかは、いまだにわからないが、今はマルジェラをなんとかしなくてはいけない。
伊武は傷を癒やしている最中だろう。再び動けるだろうか。動けば勝てるだろうか。
(伊武は負けるかもしれない)
それが、直巳の出した結論だった。
伊武が傷を負っているということは、天使贄が使えないのだろう。その状態で、互角以上の力を持つマルジェラに勝つのは難しい。
ならば、どうするか。
直巳は、あらゆる要素を含め、そして捨てながら考えた。
神秘呼吸。囮としての自分。残りの戦力。アイシャの救援はどうか。
そして、一枚の危険な手札に手を伸ばした。
直巳は魔法陣を出ると、周辺、どことも言えない場所に向かって話かけ始めた。
「――アリエラ。聞こえていたら、出てきてくれ。提案がある」
無防備な姿。いつ、アリエラに殺されてもおかしくない。
しかし、直巳には何となくだが、勝算があった。
「話を聞いてくれたら、俺たちは逃げない。マルジェラも、俺たちも逃がさないで済む。もしも俺の提案が気に入らないのなら、俺は自分から、君の造った部屋に入ろう」
どうだアリエラ。君の望みだ。罪人が自ら罪を悔いる。その形を君は欲しているだろう。
「いたのですね。見えませんでした――その魔法陣のせいでしょうか?」
目の前に扉が出現し、中からアリエラが出てくる。
「ナオミは面白いことを言うんですね――興味があります」
「ありがとう、アリエラ」
直巳は落ち着いた笑顔と声色でアリエラに声をかける。
内心では、第一条件をクリアしたことにより、興奮していた。
後、二手成功すれば、マルジェラが倒す準備が整う。
「提案の内容は簡単だ。マルジェラを倒したい。協力してくれないか」
「すると、思いますか?」
「一番の脅威はマルジェラだ。アリエラは一人で、マルジェラを倒せるか?」
「――どうでしょうね。彼女も、なかなか強いみたいですから」
かかった。アリエラはマルジェラと戦うつもりだ。自分で言った。もし、二人が本当に仲間なら、戦うという想定はしない。
直巳は、アリエラがマルジェラに加勢していないのを、おかしいと思っていた。天使騎士団と戦っている時も、伊武と戦っている時も、アリエラは好き勝手に暴れていただけだ。自分のことを弾丸の雨から守ったマルジェラのことを、助けていない。
戦う前、二人は何かを話していた。そこで何かの約束をしたから、お互いに攻撃はしないのだろう。それがどんな約束か、直巳にはわからない――知る必要もない。大事なのは、マルジェラとアリエラが戦うつもりだということだ。
「どうせ全部殺すなら、先に協力して強い方を倒す。おかしくないだろう? 俺たちの決着は、その後でつければいい。マルジェラ相手よりは楽だと思うよ」
アリエラは返事をせず、じっと直巳を見つめた。
直巳は冷静を保ち表情を変えず、アリエラを見つめ返した。
「一つ、質問があります。それに答えていただければ」
「どうぞ」
「ナオミは何者ですか? 伊武希衣は人造天使付き。なら、ナオミは?」
「それも、今から話す」
「ふふっ」
アリエラは、目を伏せて笑った。ようやく、直巳から目線が外れる。
「いいですよ。ナオミの言うとおり、どちらも救ってあげる必要があります。マルジェラも、ナオミも伊武も。なら、強そうなマルジェラを先にした方が楽でしょうし。それに――」
アリエラは、顔をあげると、修道女の笑顔で微笑んだ。
「私、マルジェラより、ナオミに興味がありますから」
敵とは言え、直巳はマルジェラに同情した――だが、手を緩めるつもりはない。
アリエラが協力してくれるのなら、マルジェラを倒す条件が整うまで、後一手だ。
直巳が作戦の内容を話すと、アリエラは、「わかりました」と素直に了承してくれた。
直巳の能力、神秘呼吸の話は珍しそうに聞いていたが、それだけだった。
「ただ、その作戦を実行するために、最後の条件をクリアする必要がある」
「最後の条件、ですか?」
アリエラが直巳に、最後の一手について尋ねる。
その内容は、「マルジェラのスーツを、一部でいいから破くこと」だった。
「あの子――伊武では、難しいかもしれませんよ?」
アリエラの言うとおりだった。マルジェラを倒せというのではない。浅くてもいいから、一太刀浴びせてくれればいい。
だが、今のままでは、それすら難しいかもしれない。
「せめて……マルジェラに、一瞬だけでも隙が出来れば……他に囮でもいれば……」
直巳は、自分が囮をやることも考えたが、マルジェラは自分に興味を示すだろうか。
マルジェラが、伊武よりも興味を示す囮でないと、効果がない。
「囮、やりましょうか」
突然、背後から声をかけられ、直巳は振り返る。
そこには、自分に魔法陣をかけてくれた天使騎士が立っていた。
「マルジェラに、一瞬だけ隙を作ればいいんですね?」
「え、ええ……できますか?」
直巳が言うと、天使騎士は、しっかりとうなずいた。ヘルムをかぶっているので、どんな表情をしているのかはわからない。
「囮ぐらいしか、できませんからね」
そういうと、天使騎士はマルジェラの方に歩き出した。
直巳は思わず、アリエラと顔を見合わせる。突然のことにアリエラも戸惑っていた。
「まだ、残っていたんですね……全員、救ってあげたと思ったのですが」
「ああ、魔法陣の中にいたんじゃないかな。どういう仕組みかわからないけど、あの中にいれば、見つからないのか、安全だから――」
どこかで聞いたような、魔法陣の効果。
それで直巳は気がつき、笑う。
魔法陣を作る力はあるのか。
ならやっぱり、囮ぐらいはやってもらわないと。




