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第二十九章

 聖騎士となったマルジェラの目の前に、ずっと、自分が守ってきた修道女がいる。

 元気で可憐なアリエラ。温かく、柔らかなアリエラ。

 そして、多くの人を殺し、罪の意識もない、処刑聖女アリエラでもある。

 彼女が、夜中に一人で出歩いていたことは、マルジェラも知っていた。

 そして、彼女が失踪事件の犯人であり、噂に聞く処刑聖女であることにも気づいていた。

 それでも、マルジェラは彼女を捕らえなかった。

 自分が抱きしめて眠る夜は、アリエラはどこにもいかなかったから。

 自分とアリエラは、お互いに満たし合えると思っていたから。

 これからどうするかを、二人で考えられると思っていたから。

 アリエラもマルジェラを見つめ返すが、彼女は少し驚いているだけだった。

 二人は見つめ合っていたが、お互いの視線の意味はまったく違っていた。

「どうして、私を守るのですか?」

 アリエラは、純粋に疑問をぶつけているだけだ。それ以外の意図も感情もない。

 それでもマルジェラは彼女を見つめながら言った。

「あなたを守りに。そして、裁きにきた」

「言っている意味が、よくわかりません。殺したいのなら、放っておけばよかったのに」

「それでは、ただ殺されるだけだ。あなたは、あなたのことを知るものに裁かれないといけない。修道女と処刑聖女、両方を知っているものに」

 マルジェラから出た処刑聖女という言葉を聞き、アリエラは笑った。

 なんだ、知っていたのか――アリエラにとっては、それぐらいのことだ。

 マルジェラと出会ってからも行なっていた処刑のことも知っているのだろう

 夜、マルジェラが抱きしめてくる時は、抜けだしにくいから、やめておいてあげたのに。

 あれは、知っててやっていたということか。

 自分を止めたいのか、抱きしめたいのか。どちらが本当の目的かは知らないけれど。

「あなたなら、私を裁けると?」

「それができるのは、私だけだ」

 マルジェラはそう言うと、アリエラをかばうように、一歩前に出た。

 少し前にも、似たようなことがあったなとアリエラは思い出す。その後、無残な姿で高田の前に転がり、伊武に打ちのめされたことも。

「聞け! 天使騎士団! アリエラは私が裁く! 後のことは任せて、早急に立ち去れ!」

 天使騎士団が動く様子はない。マルジェラは、もう一度、大声で叫んだ。

「The Riot Act has been read!」

 その文句を聞いて、隊長が思い出したかのようにマルジェラに話かけた。

「その声……その文句……マルジェラか? お前、マルジェラなのか?」

「そうだ! マルジェラだ!」

 相手が間違いなくマルジェラだとわかると、隊長は豪快に笑い出した。

「どこのイカれた野郎が来たのかと思ったら、十年従士のマルジェラか! お前、横取りしにきたのか? そりゃあ、そのために一人で来たんだもんなあ! 失踪事件の解決と、処刑聖女の首があれば天使騎士になれるもんなあ!」

 マルジェラと隊長の話を聞いていた伊武が、ポツリと呟く。

「天使騎士……じゃ……ないん……だ……」

「うん……そう、らしいね」

 直巳が返事をすると、伊武は喉を鳴らして、小さく笑った。

 ヘルムのせいで伊武の表情は見えないが、きっと良くない表情をしていることだろう。

 そして、そんな伊武の独り言をかき消すように、マルジェラは叫んだ。

「違う! 私はもう、天使騎士などに未練はない!」

「ああ? どういうことだ? 天使騎士は諦めたってことかよ」

「諦めたのではない! 魔力を扱う戦闘員を集め、銃で女性を囲む連中に未練はない!」

「じゃあなんだ。天使騎士じゃなくて、今度はスーパーヒーローでも目指してんのか? おかしな格好しやがってよ。そりゃあ、なにマンっていうんだよ? あぁ? 十年従士様よぉ」

「私は天使ではなく、自らの聖なるものを守る騎士となった! 聖騎士マルジェラだ!」

「へっ……おい、聞いたかよ。あのスーパーヒーローは、聖騎士っていうんだとよ。おっもしれえよなあ……処刑聖女かばって、弾丸はじいて……どうなってんだよ……」

 隊長は、「あーあ」と、面倒臭そうに溜め息を吐いてから、改めて全員に指示を出した。

「両方殺せ! 銃も剣も魔術も使え! マルジェラは魔術に弱い! かすっただけで、野良犬みてえに転げまわるぞ!」

「前の私と同じだと思うなら、やってみろ!」

「やってみろだぁ!? 十年従士が偉くなったなぁ! 全員! 突撃用意!」

 天使騎士団は各々、弾倉を交換し、抜刀し、魔術を唱え始めた。

 マルジェラは戦闘に入る直前、アリエラに話かけた。

「――逃げるなよ。すべて終わったら、次は君だ」

「ええ、約束しましょう。あなたが、生きていればの話ですが」

 マルジェラはバイザーを閉めて、背後のアリエラが移動したのを見ると、剣を構えた。

「全員、何をしてでもあの二人を殺せ! 後のことは気にするな――突撃!」

「Enforce The Riot Act!」

 隊長の号令とマルジェラの執行宣言を合図に、戦闘が始まった。



 マルジェラは天使騎士団の間を飛び回り、一対一の戦いを繰り返す。

 聖騎士となったマルジェラの身体能力は人間のそれを超えていた。元々の強さと相まって、天使騎士団で太刀打ちできるものはいない。戦闘が始まってすぐに、3人が切り倒される。

 マルジェラは、倒れた相手からサブマシンガンを拾うと、両手に持って天使騎士団の集団へとフルオートで撃ち込みはじめた。

 いくつもの悲鳴が聞こえ、5人が銃弾に倒れた。

「全員、銃は破棄しろ! 同士討ちになるし、使われても面倒だ! 固まって、剣と魔術で対抗しろ!」

 隊長の命令に従い、天使騎士団はサブマシンガンからマガジンを抜き、ばらばらに放り投げて捨てると、一箇所に固まった。

 そして、外側にいる騎士が抜刀すると、集団の中心にいる者達が魔術を唱え始める。こういった陣形があるのだろう。

「これぐらいの魔術でも、お前には十分だろう、マルジェラ!」

 天使騎士団が、マルジェラに向かって火の塊を放つと、マルジェラは、腕についている盾を展開させて、それを防いだ。

「防がれても気にするな! 狙いは魔力暴走だ!」

 隊長の指示どおりに、いくつもの火球がマルジェラを襲うが、全て盾で弾かれる。

 そして、火球が止むと、マルジェラは平然と天使騎士団に突っ込んできた。

「いつまでも魔力が弱点だと――思うな!」

 剣での乱戦になり、次々と天使騎士団が切り倒されていく。

 その隙に、様々な方向からマルジェラに火球が飛んでくる。マルジェラは盾を展開させるが、背後からの火球を一発食らってしまう。

 だが、マルジェラは焦らず、冷静に敵に配置を再度確認した。

 今のマルジェラは、それぐらいの魔術で魔力暴走を起こすことはない。

「十年従士! お前、魔力拒絶体質じゃないのかよ!」

 隊長がぼやきながら、マルジェラに斬りかかる。

「ちょっと見ないうちに、ずいぶん強くなったじゃねえかマルジェラ!」

「もう、あなたの知っている私ではない!」

「みたいだな! 強さの秘密は、その装備か! 誰にもらったんだよ!」

「話すつもりはない!」

「どうせ魔術師だろ!? 堕ちたなマルジェラ!」

「フッ――堕ちたよ――あなたが思っているよりも、ずっと深いところに!」

 マルジェラの鋭い撃ち込みを受けるのを嫌がり、隊長は距離を取った。

「チッ……なんだよあの強さは……複数でかかれ!」

 天使騎士団がマルジェラを囲み、次々と攻撃をする。マルジェラは彼等の攻撃を華麗に避け、盾で受け流していた。

 マルジェラは、どんなに大きな攻撃のチャンスであろうと、自分が少しでも攻撃を受けそうならば、守りに徹していた。

 それでも、マルジェラは徐々に天使騎士団の数を減らしている。

 隊長は、離れた場所から指示を出していたが、そのうち、傷一つ負わずに戦っているマルジェラを見て、あることに気づいた。

「力もある。速さもある……強い……が、ずいぶんと傷つくのを嫌がってるな……」

「誰だって、傷つくのは嫌でしょう?」

「に、してもだ。自分のかすり傷と、相手の命の交換すら嫌がるってのは……ああ? てめえ、まだいたのか?」

 隊長に話かけたのは、直巳だった。隊長は、先ほどからマルジェラにたいして色々な戦法を試している。何かに気がついたのではないかと思い、直巳は探りを入れていた。

 話をしていたのが部外者だとわかると、隊長は露骨に嫌な顔をした。

「話かけんな、ガキが」

「まあまあ。弱点がわかれば、僕らも役に立てますよ。一応、戦力は連れてきてるんで」

 そういうと、直巳は隣りにいる伊武を指さす。伊武は直巳の横で、ずっと待機していた。

「そのでけえのか……弱点とまではいかないが、マルジェラは傷つくのを極端に恐れてる。誰だって傷は負いたくないが、あいつは極端すぎる。かすり傷一つ負わないことを最優先に戦っているように見える」

「傷ついたら、ダメージ以上にまずい何かがあるんですかね」

「……恐らく、あの妙な装備が関係してるんだろうな。マルジェラが短期間でここまで強くなれるとは思えねえ。魔力拒絶体質が治るとも思えねえ。恐らくは、あの装備――鎧かスーツだろうな。あれがマルジェラに力を与えている」

「ということは、あの防具をどうにかして傷つければ、勝てる目はあると?」

「へっ……お前等がやるっていうのか?」

「ええ。チャンスがあれば」

「期待してねえよ。逃げるのも死ぬのも好きにしな」

 直巳は、一緒に話を聞いていた伊武の方を見る。

(伊武、いくか?)

 直巳が手でサインを送ると、伊武は黙って首を横に振った。

 直巳は伊武に近寄り、小さな声で話しかけた。

「何か、気になることがあるのか?」

「天使騎士団に……動きが……ある……」

 伊武が言うと、隊長が、数の少なくなった天使騎士団に向かって叫んだ。

「チッ! 一人でいい! 撤退しろ! マルジェラのことを本部に伝えるんだ!」

 気がつけば、天使騎士団は残り10人ほどになっていた。

 いつの間に、こんなに少なくなったのかと、隊長は眉をしかめる。

 マルジェラ一人を相手にして、こんなに早くやられるものだろうか。

 逃亡者でも出たかと思ったが、隊長はすぐにその考えを振り払った。そんなことは、別にどうでも良い。今、圧倒的に押されているのが事実だ。

 隊長が、苛立ちながら指示を出した。

「一人でいいから撤退しろ! マルジェラは強い! とにかく、騎士団本部に連絡するんだ! 余力のあるうちに、一人逃がせ!」

 近くにいた天使騎士が、隊長をかばうようにマルジェラとの間に立ち、言った。

「では、隊長がお願いします! 我々はここで、何としてでも時間を稼ぎますから!」

 迷いのない天使騎士の言葉に、隊長は苦々しい顔をする。

 今、マルジェラからもっとも離れているのは隊長本人だった。戦っている部下を囮にすれば、問題なく逃げることができるだろう。

 こんな俺のために、どこまでも出来たやつらだと、隊長は鼻で笑う。

 戦うことしか出来ない不良隊長と、能力が低く、出世の見込みもない隊員。

 天使騎士団がアリエラ討伐に出したのは、そんなメンバーだった。

 天使教会も、騎士団の上層部も、現在はアリエラには関与したくなかった。

 ただ、信憑性の高い通報を無視もできないので、すぐに動ける捨て駒を送り込んだのだ。

 どちらが勝っても、天使教会と騎士団が損をすることはない。

(勝たしてやりたかったけどよ)

 隊長は、完全に計算外だったマルジェラを心の底から恨んだ。

「――すまねえな。死ぬなよ!」

 マルジェラの身体能力は、常人のものではない。普通に逃走しても追いつかれるだろう。

 だから、まだ部下が多く残っているうちに、戦場を脱出するしかない。

 10人もいれば、隊長一人が逃げ出すことぐらいはできるだろう。

 隊長が、マルジェラの視線からゆっくりと外れ、逃走の準備を始めた。

 ここで、隊長は気が付くべきだった。

 今、マルジェラと交戦しているのは10人。

 地面に倒れている天使騎士団員の数も10人だということに。

 天使騎士団は30人いたのだ――数が、まったく合わない。

「部下を見捨てて逃げる――騎士のすることではありませんね」

「なっ――」

 隊長の背後から声がする。振り返ろうとした時には、もう遅かった。

「天使様にお祈りを――」

 隊長は何か言う間もなく、懺悔部屋という名の牢獄に放り込まれ、扉を閉められた。

 アリエラは逃げていなかった。戦場を静かに動きまわり、乱戦に紛れて天使騎士団を扉へ閉じ込め、葬っていた。天使騎士団はマルジェラとアリエラを相手にしていたから、こんなに早く壊滅したのだ。

 隊長を閉じ込めた場所に、一本の鍵が落ちている。

 アリエラがそれを手に取ると、すぐに消えてしまった。

「あら――もう、お祈りはおしまいですか?」

 アリエラは扉を出して、またどこかへと姿を消した。

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