第二十八章
「そろそろ時間ね。直巳、まれー。天使騎士団の服に着替えて」
アイシャが言うと、Aが衣装と装備一式――制服と、ヘルムと、剣を持ってくる。
真っ白な生地で、胸と背中に大きな二翼十字が刺繍してある制服。ズボンはブーツの中にしまえるように、裾が少し細くなっている。
ヘルムは金属製で、顔には二翼十字の形に穴が空いている。かぶれば顔が隠れる。誰が誰だかわからなくなるだろう。
剣は、柄のあたりに二翼十字をモチーフにした装飾がほどこされているが、それ以外は地味なものだった。中身は本物の剣だろうが、はたして現代の実戦で使うだろうか。
直巳と伊武は制服を着ると、上から大きめの黒いコートを羽織った。さすがに、天使騎士団の制服で町中を歩き回るわけにはいかない。
剣は背中に背負ってコートで隠し、ヘルムは大きなバッグに入れて持っていくことにした。
直巳と伊武は、準備を終えて自分達の姿を見てみる。黒いコートの裾から除く、真っ白なズボン。ファッションとしてどうか、ということは抜きにして、一応、変ではない。
だが、アイシャは疑わしそうな目で直巳達の姿を見つめ、Aに確認した。
「あいつら、本当にこの格好で戦うの?」
「プライドの高い人達ですからね。出来るだけ身につけると思いますよ。多少の違いはあるでしょうから、現地で皆さんに合わせてください」
「ふうん……だ、そうよ。あなた達が現地協力員として参加することは、天木から強めに話を通してるはずだから心配しないで。もし、相手が連れていかないとかごねたら、場所を伝える必要はないわ。あらゆる面で協力できないと脅してやりなさい」
「わかった。ま、穏便にやるよ」
「直巳がいるから、その辺は大丈夫だと思うけど。私達はここにいるわ。状況はカイムに見張らせておく。それから、電話は持って行かない方がいい。天使騎士団に没収されると思うし」
「わかった。それじゃ、行ってくる」
「気をつけてね。まれー、頼むわよ。今回はあなたが頼りなんだからね」
伊武は、「わかった」と簡単に返事をすると、台所へと向かった。
食事が少し足りなかった。もう少し、何か食べようと思っている。
(あのチキン……食べたいな……)
伊武はアイシャからもらった、コンビニのチキンの味を思い出していた。
アリエラ襲撃ぐらいで、伊武が緊張することはない。
直巳と伊武が、Aに教えられた集合場所に到着した。アリエラのいる天使教会から、歩いて10分ほどの人気の無い場所。そこに、大きなバスが1台止まっていた。スモークガラスになっており、中は見えない。このバスが、待ち合わせ場所だった。
直巳がバスの扉をノックすると、中から穏やかな中年の男性が顔を出した。
「はい。何でしょうか?」
外国人なのだが、流暢な日本語と笑顔で語りかけてくる。
「アリエラ捕獲の協力のためにやってきました。現地協力員、2名です」
直巳が小声で言うと、男性は笑顔のまま、静かにうなずいた。
「そうでしたか。それでは、バスの中にお入りください」
直巳と伊武がバスの中に入ると、中は人でいっぱいだった。30人以上はいるだろう。
「何が現地協力員だ……子供と女じゃねえか。ふざけやがって」
バスの扉が閉まると、突然、中年男性の口調が変わった。これが本性で、先ほどのは一般人相手のカモフラージュなのだろう。
彼が天使騎士団なのだろうか。強そうではあるが、騎士というには、かなりガラが悪い。
彼は直巳達の服装を一瞥すると、途端に不機嫌になった。
「この国のオタクは、天使騎士団のコスプレまでするらしいな」
直巳が何も言わずに微笑を浮かべていると、舌打ちされた。
「場所だけ教えろ。それで帰れ」
アイシャの言うとおりになった。やはり、部外者の参加は気に入らないらしい。
「いえ、ご一緒させてください。何かあった時の援護もするように言われています。逃走ルートや、現地警察と接触した場合の対応も任されております。後処理もです。戦闘時に手出しはしません。後方にいますので、どうかお願いします」
直巳が必死を装って言う。何から何まで、全部嘘だ。逃げる時、警察と接触した時は伊武と二人で真っ先に逃げるつもりだし、戦闘で手出しをするためにきたのだから。
中年男性は苦々しい顔をしていたが、渋々了承した。恐らくは天木を通して、何か言われているのだろう。素直に受け入れるのも腹立たしいから、軽く虐めた。そんなところか。
「怪我しても、死んでも文句言うんじゃねえぞ」
「はい。何があっても、皆さんにご迷惑をおかけしません」
「……邪魔はすんなよ。じっとしてろ」
「ありがとうございます。ええと、私の名前は――」
直巳が自己紹介をしようとすると、手でさえぎられた。
「名前なんか知りたくねえよ。呼ぶこともねえ。俺のことは隊長でいい。他の奴には話しかけるな。わかったな?」
「はい。わかりました」
直巳は内心、ほっとしていた。偽名とは言え、自己紹介なんてしない方がいい。
ちなみに、用意していた偽名は「ケン・スズキ」だ。Aからは「シンゲン・ヨシダ」という偽名を提案されたのだが却下した。
「早速、場所の説明をしてもらおうか」
隊長が手をあげると、座席の方から5人の男達がやってきた。小隊長というやつだろうか。
直巳が地図で天使教会の場所と、いくつかの道順、周辺の地形を説明する。
隊長から道や地形について質問があったが、すべて直巳で答えられる内容だった。
隊長は素早くルートを整理して、小隊長にルートを伝える。全員で行くと目立つので、何人かに別れて天使教会を囲むことになった。
直巳と伊武は、隊長と同行するように言われた。
早速、何人かが素早くバスを降りて移動を開始する。
偶然というか、全員、格好は直巳達と似たようなものだった。目立たないように黒い大きなコートを羽織り、その下にヘルムを抱えていた。コートの上からでは確認できないが、何か武器も隠しもっているのだろうか。
少しして、直巳達も隊長達について移動をする。元から人通りが少なく、夜ということもあったので、誰ともすれ違うことはなかった。
きっかり、10分後。天使騎士団達は、鮮やかに天使教会を包囲していた。
天使騎士団は全員、ヘルムをかぶり、それぞれの配置についている。
直巳は軍隊などに詳しくはないが、とても訓練されているのがわかった。
さて、これからどうするのかと思っていると、天使教会から人が出てきた。
「あら、ずいぶんと大勢で……ナオミさん、教えちゃったんですかね」
アリエラが、自分から出てきた。
アリエラを確認した隊長が手を挙げる。
天使騎士団は、コートを脱ぐと、小型のサブマシンガンを取りだし、アリエラに向けた。
「処刑聖女に、天使様のご加護を」
隊長が、肉食獣のように笑う。
だが、いくつもの銃口を向けられながらも、アリエラは平然と立っていた。
少し寒いのか、両腕で自分の身体を抱えるようにする。この後におよんで、気になるのは寒さということらしい。
銃を構えた天使騎士団がアリエラを半円に囲み、ジリジリと包囲を狭めていく。
「最近の騎士様は、銃も使うのですね」
アリエラは、平然とした口調で隊長に話しかける。
隊長は少し黙っていたが、アリエラの目線が自分から動かないのを見ると、渋々応えた。
「お前は逃げる時、扉を出す必要がある。その場ですぐに消えられるわけじゃない」
「銃ならば、扉を出して逃げ込むまでに撃てますものね。良い案です。私でも、そうします」
アリエラは、まるで他人事のように天使騎士団のことを褒めだした。
「それで、どうして撃たないのですか? すぐに撃てば良いでしょう」
隊長は、空いているもう片方の手でアリエラに小瓶を投げた。
小瓶はアリエラの足下に落ちる。アリエラは一瞥しただけで、触れようともしなかった。
「毒ですか?」
「死なねえよ。死んだみたいに眠るだけだ。その間に目を隠し、耳を塞ぎ、手足を縛らせてもらう。いくらお前でも、その状態で扉を出して逃げることはできないだろう」
「連れ帰って――どうするつもりですか?」
「知らん。俺は、「可能な限り」生け捕りにしろと言われているだけだ。だから」
隊長が隣りにいた天使騎士団員に目配せすると、彼はアリエラの足下に照準を合わせた。
「できれば、殺したい」
天使騎士団員は、はアリエラの足下に銃撃を始めた。
アリエラは銃口が自分を狙っていないとわかったので、微動だにしない。
しばらく銃撃音が鳴り響くと、隊長の投げた小瓶が粉々になっていた。
「どういうつもりですか?」
「処刑聖女は最後まで抵抗して、止む無く殺された。そういうことさ――撃て!」
今度は、天使騎士団全員がアリエラ本人に向かって銃撃を開始する。
「撃て! 弾が尽きるまでだ! 容赦はするな! ミンチにしろ!」
途切れることのない銃声が鳴り響き、アリエラに弾丸が吸い込まれていく。
直巳は目を背けた。アリエラが扉を出して逃げた様子もない。
これで終わりなら、それが一番良いのだと、直巳は自分に言い聞かせる。
それでも、変わり果てたアリエラの姿を見たいとは思わなかったけれど。
全員の弾が尽きたのか、銃声が鳴り止んだ。
「な、なんだ! 誰だお前は!」
意外な隊長の声に、直巳は思わずアリエラの方を見る。
アリエラは無事だった。
アリエラの前に、真っ白な騎士が立っていた。
左腕についた小さな盾から、薄い光の膜が広がり、アリエラを守っていた。
全身を包む白いボディスーツ、肩や胸、腕など、体のいたるところに、分割された銀色の鎧のようなパーツがついている。
顔はヘルムをかぶっており、顔は見えない。
「あなたは――」
アリエラが語りかけると、白い騎士は、ヘルムのバイザーを上げて、顔を見せた。
「マルジェラ――ですよね?」
マルジェラは黙ってうなずき、アリエラを見つめた。
直巳もマルジェラの顔を見て驚いたが、身動き一つせず、じっと成り行きを見つめていた。
隣りにいた伊武も同じだ。じっと、マルジェラを見つめている。
ただ、直巳とは目線が違う。
伊武はもう、マルジェラを獲物として見ていた。




