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第二十二章

 椿家では夕食を終え、それぞれが自由な時間を過ごしていた。

 いつもなら、何人かはリビングで遊んでいるのだが、最近はみんな、さっさと部屋に戻ってしまっている。

 何もできない。手がかりはない。ただ、時間だけが過ぎていく。それぐらいで落ち込むほど繊細な神経をしているのは直巳ぐらいなのだが、やはりみんな、はしゃぐ気にはなれない。

 それでも、さらに失踪事件は続いており、Aから事件の情報だけは共有されている。

 この日も伊武は一人で夜の町を調査していたが、収穫はなかった。

 帰宅する前にコンビニに立ち寄り、簡単な食事をする。

 すると、コンビニの駐車場に一台の車が滑り込んできた。

 こんな普通の町並みにには似合わない、黒塗りの高級サルーン。

 運転席から降りてきたのはA。そうだろうなと思っていた伊武は、別に驚きもしない。

 Aが後部座席のドアを開けると、毛皮を羽織ったアイシャが降りてきた。

 見た目は子供のくせに、派手な毛皮が妙に似合っている。

 三千年も生きれば、見た目とは関係なく毛皮が似合うようになるのだろうか。

「まれー、ご苦労さま。何か飲む? コーヒーでいいかしら?」

「……水にして」

「ガス入り?」

 伊武がうなずくと、アイシャはAをコンビニに行かせた。

 Aはすぐに戻ってきて、伊武に炭酸水を渡す。

 そして、アイシャにはペットボトル入りの温かい紅茶と、フライドチキンを渡した。コンビニのオリジナル商品で、安くて美味しいと人気がある。

「これが美味しいという話を聞いてね。一度、食べてみたかったのよ。まれーもどう?」

 伊武は少し迷いながらも、アイシャの差し出したフライドチキンを受け取る。

 アイシャはフライドチキンを一口かじると、ゆっくり味わった。それで満足したのか、残りをAに渡した。

「なるほど。若い人には、いいかもしれないわね。私には少し、しつこいわ」

「椿君は……たまに……学校帰りに……食べてる……」

「そうね。そうやって楽しむスナックなんでしょうね……って、まれー、食べるの早いわね」

 伊武は二口でフライドチキンを食べ終えていた。

 それから、アイシャは無言で紅茶をちびちびと飲んでいた。伊武も、特に何も言わない。

 たまにタクシーや、大きな音を立てるバイクが通るだけ。いつもと変わらぬ、夜の風景だった。

 そんな風景の中に、今日は真っ白な毛皮をまとった少女、アイシャがいる。伊武は、アイシャが一番似合わないのは、夜のコンビニなのだろうと思っていた。

「アイシャ……チキン……食べにきた……の?」

「そんなわけないでしょう。あなたと話しをしにきたのよ、まれー。家だと、ちょっとそういう気分になれなくてね。ここは寒いけど、話しをするにはいいわ。食べ物も飲み物もあるし。若い子達がここに集まる理由、少しわかる気がするわ」

 アイシャは首元を隠すように毛皮を羽織り直した。毛皮の下は、薄いキャミソールだ。ボリュームのある毛皮の下に見える、少女の素肌が色っぽい。

 しかし、毛皮というのは、そんなにも温かいのだろうか。伊武は少し興味があった。

 伊武が毛皮をちらちら見ていると、アイシャがそれに気づいた。

「まれー、毛皮が好きなの? 一つ、プレゼントしましょうか?」

 伊武は自分が毛皮をまとった姿を想像してみたが、アイシャのようにはならなかった。よくて怖い人。悪ければ蛮族の戦士だ。

「いらない……それで……何の……話?」

 伊武が話を戻すと、アイシャは大きな息を一つ吐いてから、話しはじめた。

「さっきね。また、失踪事件の被害者が出たのよ。今度は魔術師。いなくなったのは、恐らく数時間前。騒ぎにもならなかった。Aも、何も感知できなかった――使えないわね」

 アイシャは運転席に戻っているAを見て悪態を吐く。Aはこちらを見ておらず、ただ、静かに目をつむって主が戻るのを待っていた。

「たまたま、被害者の家族が部屋に入ったら、いないことに気がついてね。失踪事件だと思って、魔術師の知り合いに連絡をして、その情報が天木を通じて、私に入ってきたの」

「そう……私も……何も……わからなかった……」

 伊武は落胆した様子もなく、自分ではわからなかった、ということを淡々と述べる。アイシャは、伊武のそういう、他人からの評価に興味がない所を好ましく思っていた。頭でも撫でてやりたかったが、嫌がるだろうからやめておくことにした。そもそも、伊武は背が高すぎて、アイシャでは背伸びしても届かない。

「でも、まれーやAでもわからないことがわかった」

「……どういう……こと?」

「犯人の手口は、外から見張ってるんじゃ、わからないようなやり方なのよ」

「……具体的に……は?」

「例えば、対象の人間を突然消してしまうとか」

「そんな想像を……始めたら……キリがない……」

「そうでもないわ。被害者は、一度に複数の箇所で出ているわけではないし、人前で突然消えているわけでもない。今回だって、深夜にひっそり消えているのよ。消失事件じゃない。失踪事件なんだから。だから、遠隔で好きなだけ相手をどうにかする魔術、ってわけじゃないと思うの」

「直接……向き合って……有無を言わさず……さらうような……能力?」

「そうね。そんな所かしら――いや、待って――対象者と向き合う――対象者とだけ、向き合うことが必要になるわよね?」

「うん……目撃者が……いない……から……ああ……そう……か」

 伊武も気づいたようだった。

 誰にも目撃されずに対象者と向き合い、対象者を有無言わさずにさらう能力。

 アイシャは、その能力を毎日使っていた。遠く離れた、高宮家と椿家を繋ぐ魔術として。

「「――空間移動」」



 アイシャ達が外で話し込んでいるころ、直巳は自室のベッドで眠っていた。

 ほんの、数分前までは。

「椿……ツバキ……珍しいお名前なので、調べたらすぐにわかりました」

 カーテンも閉まった、真っ暗な部屋。

 直巳は、目の前にたたずむ人影をはっきりと見ることができなかった。

 しかし、その声は聞いたことがあったし、誰の声なのかもすぐにわかった。

 暗闇に目が慣れてくると、相手の着ている服が、修道服であることもわかった。

 直巳の知り合いで、修道服を着ているのは一人しかいない。

「アリエラ……どうして……ここに?」

「それはもちろん、ナオミさんを救うためです」

 アリエラの表情はわからないが、口調はいつもと変わらずに明るかった。

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