第二十一章
マルジェラとの戦いを終えた 翌朝。
直巳は伊武を連れて、天使教会へと来ていた。
伊武が辺りを探ってみたが、誰もいなかった。マルジェラはともかく、アリエラも。
直巳と伊武は、壁代わりに取り付けられたブルーシートをめくり、教会の中へ入る。
火を焚いた後、折りたたまれた毛布や、片付けられた生活用品。およそ教会とは思えない、二人の生活の痕跡が、そこには残っていた。
しばらく、その様子を眺めてから、直巳は近くの壊れかけた椅子に腰を下ろした。伊武も隣りに座る。
「いつか、こうなるってわかってたんだけど」
「……うん」
「そもそも、監視して利用しようとしてたわけだから、友達とも言えないんだけど」
「……うん」
「やっぱり……寂しいよな」
少し無理して笑う直巳の表情を見て、伊武は何も言えなかった。
伊武はわかっている。監視や利用は建前に過ぎなくて、立場の違いに迷いながら付き合っていたことを。二人のことを、友達だと思っていたことを。
直巳の考えていることはわかるが、自分にその気持ちはないから、一緒に寂しさを感じることができなかった。傷ついた気持ちに嘘で同情するなんて、それだけはしたくなかった。例え、それで直巳との間に距離を感じたとしても。
だからせめて、他の何かで、直巳の気を紛らわせてあげたかった。
「……椿君……今日は……遅刻……しても……いい?」
「え? あ、まあ……いいけど」
「……わかった……なら……座ってて……」
そういうと、伊武は立ち上がって、アリエラ達の生活用品をあさり始めた。お目当てのものはすぐに見つかり、今度は食糧の備蓄から、水と、小さな袋を持ってきた。
そして、転がっていたライターを使い、たき火の跡に、手早く火を焚く。
「たき火をするの?」
「……違うよ……コーヒー……煎れようかと……思って……」
伊武が探していたのは、パーコレーターとコーヒー豆だった。以前、マルジェラが食事した後に、これを使ってコーヒーを煎れてくれた。
「寒い……から……コーヒー……飲もう……よ」
「――そうだな。煎れてくれる?」
「……うん……まかせて」
伊武は、過去に何度かパーコレーターでコーヒーを煎れたことがある。かなり昔のことだったので、手順を覚えているか心配だったが、構造がシンプルなのですぐに思い出せた。
お湯が沸き、挽いたコーヒー豆をセットしたパーツを中にいれて、蓋をする。抽出が始まってから、3分ほどで完成する。
伊武がカップを探すと、おそろいのカップがあった。アリエラ達もこれでコーヒーを飲んでいたのだろう。
伊武は完成したコーヒーをカップに注ぐと、一つを直巳に手渡した。
「ありがとう」
直巳はふーふーとカップを吹いて、一口すすった。それを見て、伊武も一口飲む。
直巳は何も言わず、辺りを見回しながらコーヒーを飲んだ。
あの二人も、こうやって寒い朝に、熱いコーヒーを飲んでいたのだろうか。
今日は何をするか、何を食べるか、なんていうことを話ながら。
それはきっと、幸せな生活だったのだろうなと、直巳は思う。
それが終わったのは、誰のせいなのだろう。自分のせいでもあるのだろうか。
中身が半分ほどになったカップを見つめていると、伊武が話かけてきた。
「椿君……」
「ん? なに?」
「コーヒー……やっぱり……まずい……ね」
「……煎れてもらってなんだけど、まずいね」
二人は顔を見合わせて笑った。
コーヒーはまずかったけど、とても温かかった。
それから、数日の間。直巳達は普段と変わらない生活を過ごした。
学校へ行き、家に帰り、みんなで食事をして眠る。
何事もない、穏やかな時間だった。
ただ一つ、天使遺骸が手に入らないことを除いては。
学校へ行く前、帰宅した時、食事をする時。車椅子のつばめの足にかけられたブランケットの下が、気になってしまう。
この穏やかな時間は、何もせずにつばめの死を待っているのと同じだ。
何も起きないことが、戦いのないことが、幸せな時間が、こんなにも辛い。
それでも天使狩りを再開しないのは、嘆きの涙が手に入らないだけではない。
失踪事件が、また起きたのだ。
天使教会や魔術師達の目が、今もこの町に向いている。
犯人の手がかりは、ない。




