第十七章
マルジェラが天使騎士団の従士になってから数年。
ようやく、マルジェラは天使騎士になるための試験を受けることができた。
この試験をクリアすれば、従士から騎士になることができる。
マルジェラは、その優秀さをいかんなく発揮し、あらゆる試験を好成績で突破していた。
そして、試験の最終日がやってきて、最終選考まで残った数人が呼び出された。
最後の試験は形式的なものだと試験官は言った。天使騎士団の紋章を持ち、誓いの言葉を述べれば、それでいいのだと。
誓いの言葉は特別長いものではないし、誰でも知ることができる。
全員が合格を確信していた。もちろん、マルジェラも。
マルジェラも紋章を受け取り、誓いの言葉を述べようとしたところで――倒れた。
高熱にうなされているかのように、うめき、転がる。
他の従士達は動揺したが、試験官は黙ってマルジェラを退場させた。
結果、マルジェラは不適格とされ、失格。他の全員は合格した。
マルジェラは、自分が倒れた理由もわからず、体調不良を理由に再試験を希望したが、それは通らなかった。試験官の前で何度も何度も誓いの言葉を叫んでみせたが、無視された。
納得のいかないマルジェラは、夜中に天使騎士団の倉庫に忍び込み、試験で使われた紋章を一つ盗み出そうとし、手に取ったところで、また倒れた。
間違いない。この紋章のせいで自分は倒れた。自分だけが倒れた。
翌日、マルジェラは試験官を捕まえて脅し、紋章と試験の秘密を問いただした。
試験官は絶対に秘密にしてくれと前置きして、その秘密を話し出した。
あの紋章には、微量の魔力が流れており、魔力許容量を計るために使われるのだという。
魔力適性がなければ、魔術師と戦うことができない。天使教会は、表向きには魔術や魔力の使用を否定しているが、異端者である魔術師と戦うためには魔力適性が必要なので、秘密裏に試験を行なっているのだという。
だが、通常の人間ならば、問題なくクリアできる程度の試験であり、実際には魔力適性がまったく無い者――魔力拒絶体質者を弾くための試験なのだという。
そして、この試験に落ちたものは数人しかおらず、あそこまで苦しんだのはマルジェラが初めてだと、試験官は笑った。
その日から、マルジェラは魔力許容量を鍛えるために、あらゆることを試した。
秘密裏に魔術師と連絡をとり、訓練を始めた。怪しい儀式をし、怪しい薬品を飲み、魔術具に触れて慣れようとしたり、思いつくことを全て試したが駄目だった。
ついには天使遺骸にも触れたのだが、数日間、生死の境をさまようことになった。
マルジェラの魔力拒絶体質は、まったく改善されることがなかった。
マルジェラは天使に祈った。
どうして私には、魔力がないのですか。
どうか、あなたにお仕えするために、私に奇跡をお授けください。
私の前に現れて、この願いを聞き届けてください。
だが、もちろん天使は願いに応えることはなかった。
それから、何度も試験を受けては、同じ所で落ちた。自分より弱く、不真面目な後輩達が、次々と天使騎士になっていくのを見続けてきた。
気がつけば、従士になってから十年が経っていた。
普通なら数年で諦めるのだが、マルジェラはどうしても天使騎士になりたかった。
やがてマルジェラは、「十年従士」と陰口を叩かれ、嘲笑されるようになった。
最初はマルジェラをもてはやしていた町の人々からも、腫れ物のような扱いを受けていた。
それでも、マルジェラは従士で居続けた。天使騎士になることだけを願いながら。
そして、少し前のこと。マルジェラは天使騎士団に呼び出され、密命を受ける。
「失踪事件の解明をしてこい。もし出来たら、天使騎士に取り立ててやる。ただし、天使騎士団とは関係の無い、独自の捜査ということにしたいので、解明までは従士も外れてもらう」
天使騎士になるチャンスではあるが、解明するまでは、従士にすら永久に復帰はできない。
天使騎士団が、お荷物となったマルジェラを追い払うための、無茶な指令だ。
マルジェラにだって、そんなことはわかっていたが、それでもすぐに引き受けた。
この瞬間から、マルジェラは天使騎士はおろか、従士ですらなくなった。
それでも、天使騎士になれるかもしれないと希望を抱いて、一人、異国の地へと旅立った。
この時はまさか、アリエラという存在に出会うなんて思ってもいなかった。
いつも笑顔で、元気で可憐なアリエラ――可愛くて柔らかなアリエラに。
そして、高田や伊武という敵に出会って敗北することや、アリエラを見捨てて、魔力暴走を抱えながら逃げ回ることになるなんて――思ってもいなかった。
マルジェラは逃げながら、どうしてこんなことになったのか、あらゆるものを恨んだ。
自分の弱さと伊武の強さを。高田ですら、そして直巳までが魔術師であることを。
それから、自分の願いを聞き届けてくれない天使のことを。
遠くの方に、天使降臨の光が見えた。
隣りの町か、それとも、もっともっと遠くのどこかだろうか。
夜の闇を切り裂く天使降臨の光は美しく、マルジェラは跪き、涙を流して手を伸ばした。
「どうして……どうして私には力がない! 当たり前のものがない! 努力もした! バカにされても耐え続けた! それでも! 全てを捧げても、天使にお仕えすることもできない! たった一人の大切な人を守ることすらできない! 天使は私のことがお嫌いなのですか!」
しかし、マルジェラの願いをあざ笑うかのように、光はすぐに消えた。
マルジェラの願いは、いつだって届かない――人にも、天使にも。
だからだろうか。
だから、呼んでしまったのだろうか。
マルジェラの前に、いつの間にか立っている人影があった。
「おや、どうしました? こんな所で犬のように這いつくばって。汚れてしまいますよ?」
マルジェラは声をかけてきた、その人物を見る。
格好は男だが、作り物のように美しい顔立ちは女性のもの。
完璧な笑顔は、とても魅力的なのだが、どことなく嘘っぽい。
一番気になる点は、派手な装飾のほどこされた眼帯を付けていることだった。
「魔力暴走を起こしていますね。私は魔術の心得があります。お困りなら、お役に立ちたい」
Aが、にこりと笑って、マルジェラに手を差し出した。
彼女の願いは、悪魔にだけ届いた。




