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第十六章

 マルジェラは起き上がると、そのまま直巳を押し倒して馬乗りになった。

「直巳……伊武……お前ら……お前らは魔術師だったんだな……私を騙していたんだな!」

 マルジェラの言葉に含まれていたのは、怒気ではなく殺気だった。

「どうした! 何か言え! この裏切り者! 異端者! 卑怯者!」

「マルジェラ……俺は……」

 直巳が何も言えないでいると、伊武がやって来て、黙ったまま力尽くでマルジェラを直巳の上からどかした。

 マルジェラは、今度は伊武を罵倒しはじめる。

「伊武……お前のその力も、魔術なんだろう!」

「だったら……何?」

「卑怯者! お前を認めていたのに! そんな汚い力で勝って嬉しいか!」

 伊武は特に言い返すこともせず、指先でマルジェラに、「来い」と挑発した。

「魔術無しで……素手で……相手してあげる……武器……使っていい……から……」

「言ったな――天使騎士を――侮辱したな! 私も素手で相手してやる!」

 マルジェラがボクシングのような構えを取ると、伊武は口元を歪めて笑った。

 アブエル・オフ。

 これで伊武は、アブエルによる身体能力の強化も、天使贄も使えなくなった。

「椿君に……助けてもらって……なのに叩いた……これは……許せない……かな……」

 伊武は、ぼそぼそと呟くと、特に構えることもなくマルジェラに対峙する。

 相手から仕掛けてきたのだから、叩きのめしても文句はないだろう。

「やっと……殴り合える……ね……」

 伊武は、そう言って微笑むと、マルジェラに襲いかかった。

「私はプロだが、手加減はしないぞ! 伊武!」

 飛びかかってきた伊武に、マルジェラが全力でストレートを放つ。

 マルジェラのパンチが、伊武の顔面に綺麗に入った。

 天使贄を使っていない伊武には痛みもダメージもある。だが、伊武はそれを無視して、ウエイト差で押し切ろうとする。

「……軽い……これが……プロ? ………なんのプロ……なの……かな」

 伊武が仕掛けたのはタックルではない。ただ、獣のように飛びかかっただけだ。

 マルジェラは押し倒されるが、器用に体を動かして伊武から逃れる。マルジェラは、当然グラウンドもサブミッションも習得している。

 そして、下から伊武の腕を取り、逆十字に極める。

 マルジェラは折るつもりで力を入れたが、無駄だった。

 伊武は、そのままマルジェラを持ち上げ、地面に思いきり叩きつけたからだ。

「ぐ――はっ!」

 背中を強く打ち、マルジェラは呼吸ができなくなる。

 伊武は追い打ちをかけることもせず、マルジェラを見下ろす。

「練習……技術……それとも……経験……? 何に頼ったの……かな……」

 伊武が、マルジェラの頭を踏みつけた。

「強い方が……勝つ……あなたは……弱い……とても弱い……から……」

 ギリ、っと。頭を踏みつける足に力を入れる。

「私が……勝った……」

 それを伝えると、伊武はマルジェラの頭から足を離した。

「くそっ……どうして……どうしてだっ!」

 ようやく、呼吸を取り戻したマルジェラは泣きながら叫んだ。

 そして、立ち上がると、再び伊武の方を向いた。

「まだだ――まだ、終わってない! 私は戦える!」

 再び構えを取るマルジェラを、伊武は侮蔑した目で見る。

「あなたが……動けるのは……私が……見逃した……だけ……」

 先ほど、伊武がマルジェラの頭を踏んだのは、これで殺しました、という意志表示だ。

 ただ、直巳に殺すなと言われているので、本当には殺さなかっただけで。

 なのに、マルジェラは敗北を認めない。

 そこまで醜いことをするなら、マルジェラのために、本当に殺してやれば良かったと思う。

「もう……勝負は……終わり……私の勝ち……」

「待て、まだ――」

「でも」

 伊武がマルジェラの言葉をさえぎる。

「私を……殺したいなら……くればいい……止めることじゃ……ない……」

「こ、殺す……だと……?」

「……できない……かな……雑魚を安全に倒すプロ……だもんね」

 動揺するマルジェラを、伊武はさらに煽る。

「貴様……どこまで私を……天使騎士を……侮辱するんだ!」

「やめろマルジェラ!」

 直巳の制止も聞かず、マルジェラは伊武に襲いかかった。

「伊武!」

 止む無く、直巳は伊武に声をかけたが、何と言えばいいのか。

 このままマルジェラが襲いかかれば、それは伊武を殺すという意志表示になってしまう。

 伊武に向かって、殺しにきた相手を助けろだとか、手を抜けなどとは言えない。

 だが、直巳の呼びかけを聞くと、伊武は、「わかってる」とでも言うように微笑んだ。

「――アブエル」

 伊武の体に、再びアブエルの力がみなぎる。

「勝負じゃない……から……アブエル……使う……よ……」

 アブエルの実体化こそしていないが、その力はいつでも使える。

「唄え……アブエル……今は……弱く……ひそやかに……」

 伊武が命じると、あたりの空気が揺れ始めた。

 伊武は、本当に小さな力で、アブエルに魔術を使わせた。

 魔術というような立派なものでもない。ただ、アブエルに魔力を放出させているだけだ。

 これぐらいの力では、魔術はなんの効果も発揮しない。微量な魔力を放出しているだけに等しい。

 だが、伊武の狙いはそれだった。

 マルジェラがアブエルの放った魔力に触れると、その瞬間に苦しみ出した。

「ぐ……あああああ!!!」

 先ほど、高田の攻撃を受けた時と同じで、異常な苦しみ方をする。

 それでも、今度は倒れなかった。

「伊武……伊武希衣! その力! その邪悪さ! 私は……私は忘れない!」

 そう言い残すと、何度も転びながら逃げていった。

 マルジェラの姿が見えなくなると、 伊武が直巳の元へ戻ってきた。

「殺さなかった……よ……あれで……十分……」

 マルジェラの様子と、伊武の言葉を聞いて、直巳は確信した。

「やっぱり――魔力暴走か」

 本来、魔力暴走は、自身の体で耐えられないほどの魔力を蓄えた時に発生する。一番多いのが、天使降臨で発生する、膨大な魔力に襲われた時だ。

 だが、マルジェラは魔力に少し触れるだけで魔力暴走を起こす。高田の攻撃に、あれだけ苦しんでいたのも、炎や氷のせいではない。微量の魔力に反応して、魔力暴走を起こした。

 珍しい体質で、魔力拒絶体質、などと呼ばれている。普通は、天使や魔術に触れないことが多いので、自分が魔力拒絶体質であるかを知らない人間も多い。

「伊武は、気づいていたのか?」

「うん……きっと……そうかな……って……」

「高田にやられるのを、見ただけで?」

「それと……椿君を……卑怯者って……言った時に……確信……した」

「そっか……天使教会は、魔術師を異端者とは言うけど、卑怯者とは言わないもんな」

 直巳の言葉に、伊武が黙ってうなずいた。

 いくらマルジェラが天使騎士として鍛え抜いていたとしても、魔力拒絶体質である限り、相手が一つ魔術が使えるだけで勝てない。

「だから、あれだけ魔術師を嫌っていたんだな……」

 せめて魔力暴走を治してやればよかったと、直巳はマルジェラの去っていった方を見ながら思った。それで、少しでも話が出来れば――いや、しない方がいい。神秘呼吸のことだって知られない方が良いに決まっている。

 これでよかったんだ。こうするしかなかったんだと、直巳は自分に言い聞かせた。

 これでもう、マルジェラと会うことはないのだろうか。

(アリエラ、寂しがるよな。なんて言えばいいのかな)

 直巳はアリエラと話をしに、天使教会の中へ入った。

 しかし、誰もいない。

 どこかに隠れているのかと、伊武と一緒に探したが、やはりどこにもいなかった。

 直巳達は、戦闘中にアリエラが教会から出てきた所を見ていない。

「戦いが始まる前に、マルジェラが逃がしてたのかな」

 直巳がそう言うと、伊武は困ったような表情で、首をかしげる。

「襲ってくることが……わかってた……って……こと?」

「ううん……それも、なんか変な話だな……」

 伊武は上手く言えないが、襲撃を知っていたという話には違和感を覚える。直巳も、なんとなくそれはわかった。

 しかし、いないものは仕方が無いし、なぜかを確認することもできない。

 何かしらの方法で逃げたのだろうと結論付けるしかなかった。

「とりあえず……帰ってアイシャに報告するか」

 直巳が言うと、どこからともなくカイムが飛んできて、直巳の肩にとまった。

「それなら、僕が先に戻ってアイシャ様に報告しておくよ」

「カイム! お前、どこ行ってたんだ?」

 そういえば、教会に到着してから、カイムはいつの間にかいなくなっていた。

 直巳も伊武も、今のいままで、カイムのことはすっかり忘れていた。

「ちょっと、他にやることがあって。あ、今の戦いに関係あることだよ? 本当だよ?」

「いや、何にも言ってないけど……」

「言いたそうな顔してた! ま、とにかく先に戻ってるね! アイシャ様への報告は任せて!」

 カイムはそう言うと、さっさと飛び去ってしまった。

 飛び去っていくカイムを見送ると、直巳は伊武と顔を見合わせた。

「俺達も帰ろうか――伊武? どうしたの?」

「うん……ちょっと……」

 伊武は気になることがあるようで、辺りを見回す。

 しかし、何も見つからなかったようで、首をかしげていた。

「気のせい……かな……帰ろう……か」

 伊武は、天使教会から完全に離れるまで警戒を続け、直巳から離れようとしなかった。

 伊武の予感は当たっていた。

 戦いが終わってからも、二人を見ている視線が、たしかにあったのだから。

 天使教会から少し離れた場所。高い木の上から、アリエラはすべてを見ていた。

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