第十五章
「直巳! 起きて! 直巳!」
深夜、直巳は耳元で騒ぐツグミの声と、顔を突かれた痛みで目を覚ました。
「……どうした? なんかあったの?」
直巳が寝ぼけた声でたずねると、カイムはさらに大きな声でわめきだした。
「なんかあったかじゃないよ! 天使教会! 天使教会が襲われてる!」
「なっ――わかった!」
直巳はベッドを飛び出すと、急いで着替えを済ませて部屋を出ようとした。
だが、扉を開けたところで、目の前に大きな人影が立ちふさがった。
「い、伊武? こんな時間にどうしたの? というか、なんで部屋の前に?」
ライダースーツ兼、戦闘服を着た伊武が立っていた。
それだけでは寒いからか、目立つのが嫌だからか、上からロングコートを羽織っている。
慌てている直巳にたいして、伊武は、シーッと口元に手を当てた。
「大声を出すと……つばめさんが……起きちゃう」
「あ、ああ……そうだな……それで、どうしたの?」
直巳が声を潜め、改めてたずねると、伊武は直巳をジッと見つめた。
「カイムの声が……聞こえた……私も……行くから……」
「えっ! なんで聞こえたの? そこまで大きい声だった?」
カイムが驚くが、伊武は特に返事をしなかった。
伊武の部屋は、直巳の部屋からは離れている。それに、カイムが騒いだと言っても、鳥のサイズで騒いでいるだけなので、他の部屋に声が漏れたとは考えにくい。
そして、この時間に戦闘服を着て、起きていたというのだろうか。
色々気になることはあるが、直巳は、こういった伊武の行動に慣れている。
とにかく、伊武は事情もわかっているし、付いてきてくれるという。
感謝はしても、それを断る理由が直巳にはない。
「ありがとう。伊武が一緒だと、心強いよ。その……マルジェラにたいしては色々あると思うけど、助けるために力を貸してほしい」
伊武は微笑みながら、うなずいた。
直巳がお願いしてくれたのだから、それだけで十分。
相手が誰であろうと、関係なかった。
直巳が助けたいというのなら、それが犬でも虫でもマルジェラでも同じだった。
カイムがようやく、直巳に状況を知らせたころ。
高田を先頭にして、男達が天使教会を囲んでいた。
マルジェラは壊れた壁の隙間から外を覗き、相手の人数と武装を確認する。
暗いのと、角度の問題で全ては見えなかったが、男達は20人。それぞれ、ナイフやバットなどの原始的な武器を持っているのが見えると、マルジェラは少し安心した。
わざわざ、そう言った武器を手に持っているとなると、銃火器を持っている可能性は低い。
これならば、アリエラを守りやすい。
「20人ぐらいか……銃はないみたいだ。これなら、上手くやれば」
そう言ったマルジェラの袖を、アリエラが弱々しく引っ張る。
「マルジェラ……警察とかに連絡を……」
「到着するまでの時間で、一暴れされたら面倒だ。それに」
マルジェラは、わざと少し明るい調子を作ってから言った。
「この教会も私達も、電話なんか持ってないだろ」
「あっ……そうでしたね」
アリエラが、ぽんと手を打ってから、少し笑った。
マルジェラは、アリエラの頭に手を置くと、子供に語りかけるように優しく言った。
「すぐに、全員倒してくるから。ここでじっとしていてくれ」
「大丈夫……なのですか?」
「私は天使騎士だよ。あんな卑劣な奴らに負けるものか」
マルジェラが笑顔で言ってみせると、アリエラはマルジェラの胸に額をつけた。
「最初に会った時もそう……マルジェラは、いつも私を守ってくれるのですね」
マルジェラは、アリエラをそっと抱きよせて囁いた。
「私は天使騎士であり――君の騎士だからね」
アリエラは微笑むと、小さくうなずいた。
その可愛らしい表情と仕草を見ると、マルジェラの心は、嬉しさと悲しさで乱れた。
「では、行ってくるよ」
マルジェラは一人、勢いよく教会の外に出た。
突然、現れたマルジェラに、星の鷹の一団はざわめいていた。
「ここは天使教会! 武器を持った集団が、なんの用か!」
マルジェラが気合を込めて叫ぶと、一人の男が前に出てきた。
真っ青なスーツで、武器は何も持っていない。
軽薄そうな男。マルジェラが嫌いなタイプの男だった。
「いやいや、まさかそんな登場するとはね。やられたよね。君、あれだよね? 噂の天使騎士だよね? いやあ、たしかに格好いいねー。女の子達が騒ぐわけだ。ま、僕の方が格好いいんだけどね」
「何の用かと聞いている」
マルジェラが冷たくあしらうと、高田は見た目にもわかるぐらい不機嫌になった。
「僕は、高田陽治。反天使同盟、「星の鷹」の盟主をやっている。天使教会を破壊して、天使騎士を倒して、修道女様をさらうためにやってきました。ああ、別にひどいことはしないよ。ちょっと捕らえた状態の動画撮ったら解放するから。大人しく修道女様を連れてくるのなら、君のことは見逃してあげる。怪我はしたくないでしょ?」
高田は一気にまくしたてる。話してるうちに、機嫌が良くなってきたようだった。
彼等が失踪事件の犯人なのだろう。そうに違いない。
きっとそうだ。それならば、全てが丸くおさまる。
彼らは、マルジェラに逃げろという。数に任せて襲ってきて、怪我をしたくなければアリエラを引き渡せと。
「どうしたのー? ええと、マルジェラだっけ? 早く、アリエラちゃん連れてきてよ。じゃないと、本当にやっちゃうよー? ねえ、みんな」
高田が手をあげると、全員が武器を構えて、一歩前に出た。
マルジェラは怒りに震えていたが、冷静に、はっきりと、高田に聞こえるように言った。
「The Riot Act has been read」
「……は? 何言ってんの? なにその、ライオットアクトって」
高田は、わけのわからないことを言われ、面倒くさそうに聞く。
マルジェラは、高田を真っ直ぐに指さしながら、力強く言った。
「ライオットアクト! 騒擾令だ! これは集団で治安を乱すものへの警告! 一分の猶予をやるから、すぐに解散して消え失せろ!」
追い詰めたはずの相手が、自分に向かって猶予をやるから解散しろと言っている。
ようやく意味のわかった高田は、格好つけることも忘れて怒り狂った。
「何かと思えば! 天使騎士様は舐めたことしてくれるね!」
「警告を聞く気はないのだな!」
「当たり前だ! もう許さないよ! みんな、いけ!」
高田のかけ声を合図に、全員が襲いかかってきた。
「Enforce The Riot Act!」
警告は無駄だった。執行開始。
これがただの喧嘩ならば、まずはリーダーである高田を潰すのだが、今回はそういうわけにもいかない。後ろにはアリエラがいるのだ。一人でも、教会に入れるわけにはいかない。
教会が修繕されていれば、扉だけ守ればいいのだが、今は壁の半分以上をシートで覆っているだけなので、近づけさせることすら、許してはいけない。
だから、マルジェラは高田を挑発したのだ。敵の全てが、教会でもアリエラでもなく、自分を攻撃するように。
「死ね! 天使騎士!」
まず、鉄パイプを持った男が、マルジェラに襲いかかってきた。
どこの国でも、バカが襲ってくる時は同じ言葉を言うのだなと、マルジェラは感心する。
「当たらん!」
大ぶりで、さらに遅い武器など、当たるわけがない。
マルジェラは苦も無く攻撃をかわすと、ボディに強烈な一撃いれた。
「ぐあ! ……げほっ!」
呼吸のできなくなった男は、力無く鉄パイプを落とすと、地面に倒れた。
マルジェラは鉄パイプを拾い、重さと長さを確かめる。
なかなかよい。豊かな国は、喧嘩に使う鉄パイプの質も高い。
「次! こい!」
いくら人数が多いとはいえ、相手は素人集団。武器を持ったマルジェラの相手ではない。
次々に倒し続け、ものの数分で、相手の残りは10人。半分だ。
「どうした! 貴様等は弱いのだから、全員で来い!」
獣が威嚇するような声に空気が痺れ、男達はすくみあがった。
最初は勢いで挑みもするが、仲間達が呆気なくやられていくのを見た残りの者は、戦意を喪失するばかりだ。
これでマルジェラに傷でも負わせていれば、やる気にもなるが、マルジェラは無傷どころか、息一つ乱れていない。
「な、なんだよ! この前のでかい女とか! この辺、強い女ばっかじゃねーか!」
「高田さん! どうするんすか!」
「あいつ、マジでやばいっすよ! もう10人やられたんすよ!?」
星の鷹のメンバーが、口々に騒ぎ出す。想定外の事態に、リーダーである高田に八つ当たりをしている。
(優勢だ)
マルジェラは勝つ流れに入ったことを確信した。星の鷹は、もう崩壊している。後は高田が折れれば、マルジェラの勝ちだ。
だが、高田はまだやる気だった。これで折れるような神経なら、そもそも天使教会の襲撃など考えない。
「落ち着け! 僕がやってやろうじゃないか! この、高田陽治が!」
高田の心は、まったく折れていなかった。
そのハートだけはたいしたものだと、マルジェラは小さく笑った。
が、次に高田が取った行動で、マルジェラの余裕は一気に失われる。
「あの生意気な天使騎士にお見舞いしてやろう! この魔術師、高田陽治の炎と氷を!」
そう言って、高田はスーツの内ポケットから、2本の小さな杖を取り出した。
星の鷹のメンバー達は、ため息をついた。高田の魔術は、魔術具を使って炎と氷をぶつけるだけだし、この前の大きな女にはまったく効いていなかった。
高田の魔術が駄目だった瞬間に逃げようと、全員が目配せする。
しかし、マルジェラだけは本気で怯えていた。
(魔術師……? あの男、本当に魔術師なのか?)
マルジェラの顔から血の気が引き、背中を冷たい汗がつたう。
マルジェラは星の鷹を、反天使同盟を名乗る、ただの犯罪集団だと思っていた。
教会の中から彼らを観察している時から、魔術や魔力の気配はなかったし、だから安い武装をして、人数に任せて取り囲んでいるのだと思っていた。
絶対に魔術師はいないと、マルジェラは思い込んでいた。
高田は、仲間やマルジェラの気持ちも知らず、意気揚々と杖を構える。
「さあ、食らえ! 僕の魔術を!」
高田が杖を振り上げる。下ろせば、魔術が飛んでくるだろう。
その瞬間、マルジェラは逃げようとしたが、すぐに背後にいるアリエラのことをを思い出す。
相手はまだ、10人残っている。もし、自分が逃げれば、アリエラが捕まってしまう。
ただ、アリエラを思う気持ちだけで、その場に踏みとどまった。
「食らえ! 天使騎士!」
高田が振り下ろした2本の杖から、炎と氷が飛び出す。伊武に使ったのと、まったく同じ。
別に伊武でなくとも、普通の人間なら、これを食らっても熱い、痛いで済む。
マルジェラは動くこともできないまま、炎と氷をその身に受けた。
「ぐ……うあ……うああああああ!!」
マルジェラが叫び、地面を転げ回る。
「――え?」
驚いたのは、高田本人だった。まさか、こんなに効くとは自分でも思っていなかった。
星の鷹のメンバーは、何が起こったのかを理解するまで、しばらくマルジェラを見ていた。
しかし、いつまでたってもマルジェラは苦しみ、地面を転がっている。
そして、ざわざわと声が大きくなっていき、ついには勝利を確信した。
「やった!」「高田さんすげえ!」「魔術師だ!」
騒ぐメンバーを見て、驚きで固まっていた高田が、ようやく状況を理解する。
「――どうだ! これが僕の力だ! 魔術師高田が、天使騎士を倒したぞ!」
そういうと、高田はマルジェラの元に駆け寄り、次々と炎と氷を浴びせかける。
「食らえ! 天使騎士め! これが仲間の分だ!」
高田が魔術具を発動させるたびに、マルジェラは激しいうめぎ声をあげて苦しんだ。
これは、痛みや熱さで苦しんでいるような声ではない。
高田もそれには気がついていたが、倒せれば良いので気にしなかった。
そのうちに、マルジェラにやられた連中も目を覚まし、状況を理解した。
自分を倒したマルジェラが、高田にやられて転がっている。
そうなれば、やることは一つだ。
星の鷹の全員が、武器を持ってマルジェラに近づいていく。
「ちょっとボコるぐらいで考えてたけどよお……お返しはしないとなあ……」
「高田さん、こいつもさらっちゃいましょうよ。色々、ヤりたいことあるんで」
集団心理で強気になった男達が騒ぎ出す。
「――ああ、みんなの好きにしなよ」
高田は、あまり品の無いことはしたくなかったのだが、みんなが望むなら仕方がない。
ここで綺麗ごとを言って、せっかく得た信頼を失うのが嫌だった。
「とにかく、まずは修道女を捕まえるよ。天使騎士への仕返しは、帰ってからにしよう」
高田が何人かを連れて、天使教会に入ろうとした。
「うおおお!」
一人の少年が、叫びながら高田に向かって突っ込んでくる。
「な、なんだ!?」
天使教会の裏手から。誰も高田を守れない方向からの襲撃。
高田は動揺したが、すぐに魔術の杖を持ち、襲ってきた少年に振りかざした。
「食らえ!」
少年は両腕で炎と氷を受け止める。熱いし痛いが、覚悟していたので耐えられる。
「マルジェラに――何する気だ!」
そのままの勢いで、高田の顔面を殴りつけた。
「うぶふぁ!」
高田が口と鼻から変な声を出してうめく。
そして、そのまま高田の杖を奪い取ると、両方とも左手に握った。
「神秘呼吸――吸収!」
魔術具の杖から魔力が奪われ、あっという間に、ただの短い木の杖になる。
高田を倒したのは、直巳だった。
カイムに偵察をさせて、手薄な方向から高田に接近していた。
伊武は危ないと止めたが、高田だけは、どうしても自分で倒したかった。
直巳は倒れた高田に杖を投げつけると、残った男達へと向き合い、睨み付ける。
男達は呆気に取られていたが、すぐに我を取り戻して直巳を囲む。
「てめえ……誰が知らねえが……よくも高田さんを! ぶっ殺してやる!」
男が直巳に鉄パイプを振り下ろす。
鉄パイプは派手な音を立てて、勢いよく命中した。
直巳の前に割り込んだ、伊武の額に。
「……椿君を……殺す?」
伊武は怪我どころか、頭が揺れることすらなかった。逆に、殴った側の手が痺れる。
伊武は、自分についている人造天使アブエルに、「天使贄」という魔術でダメージを転送している。これぐらいではビクともしない。
相手からしてみたら、コンクリートの壁を殴ったのと大差がない。
「お……お前……あの時の……スクーター女!」
鉄パイプで伊武を殴ったのは、先日、伊武にやられた男のうちの一人だった。
当然、伊武は相手のことなど、まったく覚えていない。
伊武は直巳の方を向いて話かけた。なんの警戒もせず、敵に背を向けている。
「椿君……あいつら……本当は……殺したい……けど……駄目……だよね?」
直巳は黙ってうなずく。
「そっか……うん……わかった……と、思う……」
最後、ちょっと不安な言葉が聞こえたが、直巳が注意する前に伊武は暴れ出した。
たいした武器も持たず、魔術も使えない星の鷹が、伊武にあらがう術はなかった。
ものの数十秒で、星の鷹は伊武に鎮圧される。半分は逃げ出したのだが。
高田はその様子を、座り込んだまま、呆然と見つめていた。
直巳は倒れている高田に近づくと、腕を掴んで無理矢理引き起こした。
「高田、質問がある」
「な、なんだ!」
「最近の魔術師失踪事件……本当にお前が犯人なのか?」
「あ、当たり前だ! 全部、星の鷹が……」
明らかに嘘をつく高田にたいして、直巳はゆっくりと首を横に振った。
「伊武、代わってもらえるかな。高田は伊武と話したいんだって」
伊武がうなずき、ゆっくりと直巳達の方へと歩いてくる。
「わかった! 話す! ちゃんと話す! 嘘はつかない!」
それだけで高田は落ちた。よほど、伊武が怖いらしい。
「なら、もう一度だけ聞く。魔術師失踪事件の犯人は、本当にお前達なのか?」
直巳に尋ねられると、高田は悔しそうな表情をしながらも、はっきりと答えた。
「……違う……僕達は、騒ぎに便乗しただけだ……実際にやったのは、神父誘拐の一度だけで……それも、そこにいる大きな女に邪魔された……だから、犯人は僕達じゃない……」
「本当だな? 本当に、お前達じゃないんだな?」
直巳が念押しすると、高田は開き直ったかのように、大声で騒ぎ出した。
「本当だよ! 絶対に本当だ! 便乗して名前を売って、いずれは本当の犯人と手を組むつもりだったんだ! だけど、いつもその大きな女に邪魔をされる! 計画は……台無しだ……」
言い終わると、高田は憑き物が落ちたようにぐったりとした。全部口に出して認めてしまっては、虚勢の張りようもない。
高田の言葉は嘘ではないだろう。元々、直巳達は高田が犯人だという話を疑っていた。高田本人から、違うという言葉を聞きたかっただけだ。
直巳が高田から手を離す。高田は地面にうずくまり、ゲホゲホと苦しそうに咳き込んだ。
「もう、余計なことはするな」
「……しないよ」
「なら、全員を連れて帰ってくれ」
高田は何度もうなずくと、動ける者を使って、仲間達を引きずって消えていった。
全員がいなくなるのを見て、直巳はマルジェラの側に寄る。
「マルジェラ、大丈夫?」
マルジェラは、ようやく苦しみから解放されようとしていた。
特に大きな外傷もないようだが、何をされたのだろうか。直巳がマルジェラを助け起こそうと、彼女に触れた瞬間、それがわかった。
(これは――魔力暴走?)
「なあ、マルジェラ――」
声をかけようとした瞬間。
パン、と。マルジェラが、直巳の頬を思いきり叩いた。
「え――」
唖然とする直巳が、マルジェラを見る。
マルジェラの目は、怒りと憎しみに溢れていた。




