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第九章

 日曜日の朝。いつもより、少し遅めの朝食が終わると、直巳は出かける準備をした。

 伊武がその様子をちらちら見ていると、つばめが少し笑って、直巳に話しかけた。

「なおくん、どこかにお出かけ?」

「うん。買い物ついでに、天使教会の様子でも見に行こうかなと思って」

「天使教会? あの、お友達になってっていう……ええと、アンジェラさん……?」

「アリエラとマルジェラね。混ざってるよ姉さん」

「ああ、そうそう。アリエラさんとマルジェラさんね」

 つばめにも、彼女達のことは話してある。つばめは戦いこそしないが、彼女が危ない目にあうと直巳の士気に関わるので、情報、行動の管理はAが過不足なく行なっている。

 今回の件について、つばめに知らせているのは、失踪事件に注意するようにということ。壊れた天使教会にアリエラとマルジェラが住み込んでいて、直巳は知り合いになった。ぐらいのことだ。監視だのなんだのと、生臭い話は必要がないので伝えていない。

「ねえ、どんな人達なの? 外国の方なんでしょう? 可愛い?」

 つばめは無邪気に聞いてくるが、その瞬間に、いくつかの視線が直巳に刺さった。

 本当に一瞬だけ考えた後、直巳は何事もなかったかのように答えた。

「うん、可愛いよ。マルジェラは可愛いというより、格好いいって感じだけど」

 少しの間をおいて、直巳に刺さる視線が外れた。

 ここで変に気を使って、「別に可愛くないよ」とか、「俺はよくわからないけど」などと言うのは逆効果なのだ。何があろうと、女の子の前で他の女の子の悪口を言ってはいけない。あくまで自然に、素直に感想を述べれば良い。

 まあ、本当の所は聞かれた時点でアウト。ベストの回答などないのだが。

 そんな直巳の葛藤も知らず、つばめはさらに、アリエラ達への関心を深めていた。

「へえー! 可愛いんだ! あ、写真撮ってきて! 姉さんも見てみたい!」

「撮れたら、ね」

 直巳が苦笑して部屋を出ようとすると、つばめに呼び止められた。

「なおくん、待ってまって。ねえ、希衣ちゃんは、これからお暇なの?」

「え……あ、はい……暇……です」

 突然、つばめに話かけられた伊武が萎縮する。直巳以外は天使も悪魔も恐れぬという伊武だが、つばめと話す時だけは緊張した。

 つばめは直巳が一番大切にしている人間であり、姉なのだ。もし、つばめに嫌われでもしたら、伊武は生きていくのが難しくなってしまうと、深刻に考えていた。

 つばめは簡単に人を嫌うようなことはないし、伊武のことを気にいっているので、そんな心配は一切ないのだが。

 伊武が、やや目をそらしながら返事をすると、つばめは、パンと手を叩いた。

「なら、なおくんと一緒に、天使教会に行ってきたらどうかしら?」

「え……私も……? えっと……椿君が……いいなら……」

 伊武が、大きな身体をもじもじさせながら答えると、横で聞いていたアイシャも助け船を出した。

「いいんじゃないの? 彼女達の顔、覚えておいて損はないだろうし」

 何かあった時、顔がわかった方がいい、ということだろう。

 直巳はアイシャが反対しないことがわかると、安心して返事をした。

 アイシャの言う「何か」がどんなことを想定しているのかは気になったけれど。

「なら、伊武も一緒に行こうか。俺、少し買い物もしたいんだけど、いいかな?」

「う……うん……もちろん」

 休みの日に、直巳と一緒に出かける。伊武は近年希に見るほどのハイテンションになっているのだが、元のテンションがあまりにも低すぎるため、周りからはわかりにくい。

「い、急いで……準備……してくる……」

 自分の部屋へと走って向かう伊武を、つばめは優しい眼差しで見送った。

「よかったわ。希衣ちゃんも、お出かけ出来て嬉しいでしょうし。アル……アルジェルさん達も、女の子の知り合いが増えた方が楽しいだろうし」

「アリエラとマルジェラだよ姉さん。どっちを間違えたのかもわからないよ」

 つばめは外国人の名前を覚えるのが異常に苦手なようだった。もしかしたら、最初の方はアイシャの名前を覚えるのも怪しかったのかもしれない。

 直巳が伊武を待っていると、服の裾をBに引っ張られた。

「なお……おそと……?」

「そうだよ」

「おー……おそと……」

「うん……そうだけど……」

「お……」

 Bは納得したようにうなずくと、トタトタと部屋を出て、すぐに戻ってきた。

「なお……これ……」

「ん? なに?」

 Bが差し出してきたのは、ガムテープだった。

「……うん。ガムテープだね」

「……お?」

 Bは首をかしげると、ガムテープを持って、どこかへ行ってしまった。

「……え? 今の何?」

「何かと勘違いしているのでしょう。もう忘れているでしょうから、お気になさらず」

 呆然としている直巳に声をかけたのはAだった。

「何かとって、何と間違えたら外出のためにガムテープを持ってくるんだ」

「さあ? もう本人も忘れてるでしょうから、聞いても無駄ですよ」

 アイシャ曰く、「ハムよりバカなメイド」は、今日も絶好調だった。

 それから、5分ほどして伊武が戻ってきた。

「お……おまたせ……」

 着飾っているわけではないが、いつもより小綺麗な服を着ている。なお、伊武は背が高いのもあるが、似合わないと思っており、同年代の女子が着るような服は持っていない。下着以外は男物を身につけることが多い。

 今日もシンプルな黒のニットに、男性用のロングコートを着ていた。おかしいことはないが、年頃の女子がする格好にしては、すっきりしすぎている。

 それでも、背が高くスタイルが良いので、格好は良いと直巳は思う。

 自分より格好良いのが、ちょっと悔しい。

「それじゃあ、行こうか」

「あ、ちょっと待って。希衣ちゃん、こっちに来てもらえる?」

 直巳達がリビングから出ようとすると、つばめが伊武を呼び止めた。

「は……はい」

 何を言われるのかと、伊武がビクビクしながら、つばめの側へ行く。

 つばめは膝にかけているブランケットの下から、黒い毛糸の手袋を取り出し、伊武に渡した。

「寒いからね。よかったら、それ着けて?」

 手袋を受け取った伊武は、状況が理解できずに硬直していたが、つばめからプレゼントをもらったのだとわかると、嬉しさと恥ずかしさで、一気に顔を赤くした。

「あ、ありが……とう……ござい……ます……」

 不器用にお礼を言う伊武に、つばめは、「いいのよー」と笑顔で答える。

「女の子に黒っていうのも、どうかと思ったんだけどね。Aさんに相談したら、希衣ちゃんの服装なら黒がいいって言われたから。よかったら、使ってね」

「は、はい! だ、大事に……し、します!」

 伊武が慌てて手袋をはめると、紳士用なのでサイズもピッタリだった。これもAの、「希衣様はバカみたいに手が大きいですから。ゴリラですゴリラ」というアドバイスのおかげだ。

 黒い紳士用の手袋とは、あまり可愛げのあるプレゼントではないが、伊武は嬉しかった。

 まだ興奮している伊武を連れて直巳が玄関に向かうと、Aが見送りのためにやってくる。

「何かあれば、すぐに連絡を」

「わかった。じゃあ、行ってくるよ」

 Bが廊下の向こうからパイナップルを持って走ってきたが、Aに首根っこを掴まれてリビングへと引きずられていった。




 直巳は伊武と二人で、冬の町を歩く。風は冷たく、木々の様子も大分寂しい。冬の町には、空気に灰色のフィルターがかかっているようだと直巳は思っている。もう少しすると、町はクリスマスや年末を迎えるための準備を始めるだろう。

「寒いね。伊武は、冬と夏のどっちが好き?」

「ええと……冬……かな?」

「暑いのが苦手?」

「それもあるけど……夏は……うるさい感じが……する……から」

「うるさいって、虫とか?」

「……人も」

「なるほど。たしかにうるさいかもしれない」

 直巳は伊武の答えを、らしいと思って少し笑った。伊武もつられて、照れたように笑う。

「椿君は……夏と冬……どっちが……好き?」

「どっちも……苦手かな。夏は暑いし、冬は寒いし」

「それは……そうだよ……」

 伊武は、直巳の子供っぽい答えが、可愛らしくてたまらなかった。

 他の人間がそう答えても、無視以前に耳に入らないが、直巳が答えたのなら別だ。

「でも、今は冬の方が好きかな。温かい部屋で、みんなでご飯を食べてると、賑やかで楽しいなって思う。あ、伊武にはうるさいかな」

「ううん……そんなこと……ないよ……」

「そっか。それならよかった」

 にこりと笑う直巳。その愛らしさ満点の笑顔に(伊武にだけそう見える)伊武はもう、胸も脳も蕩けそうになっていた。

「じゃあ……今日は……お鍋にしようか……」

「ああ、いいね。どんな鍋にしようか」

 それから、二人は鍋のスープだとか、具材について話をしながら歩いた。

 気になるのは、夕食のメニューだけ。

 寒くて、穏やかで、幸せな時間だった。



 二人は、修復中の天使教会に到着すると、意外な状況に驚いた。

「え……? なんで?」

 人。とにかく人が多い。それも、女子学生と子供達ばかりだ。何かのイベントでもやっているのかというぐらいに人が多い。

 人混みと子供が苦手な伊武は、その様子を見ただけで酔いはじめていた。

 さて、何をしているのかと直巳が観察してみると、人は大きく二つに分かれていた。

 一つは、アリエラを中心とした子供達の輪。

 アリエラは子供達と一緒に、元気に走り回って遊んでいる。

 もう一つは、マルジェラを中心とした女子学生の輪。

 マルジェラはキャーキャーと騒ぐ女子学生に、顔を引きつらせながら応対している。

「なるほど……地域に定着したってことなのかな」

 直巳が感想をつぶやくと、伊武は真っ青な顔をして、冷や汗を流していた。

「い、伊武!? どうしたの!? 気分でも悪い?」

 ふらつく伊武を、直巳が慌てて支える。

「こ、子供と……女の子の……高い声が……苦手で……」

「そんなに!?」

 子供のはしゃぐ声と、女の子の嬌声が、冷や汗を流すほど苦手らしい。

「ちょっと、ここで休んでなよ」

「だ、大丈夫……気持ちの問題……攻撃を受けている……わけじゃ……ない……」

 伊武はよろよろになりながらも、直巳の側にぴったりとくっついていた。

 直巳が伊武を気遣いながら天使教会に近づいていくと、アリエラが気づいてくれた。

「あ! ナオミさん!」

 アリエラが走りよってくると、一緒に子供達もついてくる。

「ひっ……」

 押し寄せてくる子供達を見て、伊武が恐怖の声をあげる。余程嫌いらしい。

「こんにちは、アリエラ。今日は賑やかだね」

「はい! みんな、遊びにきてくれました! 隣りの方は、ナオミさんのお友達ですか?」

「うん。伊武希衣って言うんだ。伊武、こちらがアリエラ。天使教会の修道女様」

「よろしく……」

 かぼそい声で、伊武が挨拶をすると、アリエラは伊武の手を奪い取るように握手をした。

「アリエラです! よろしくお願いします! ナオミにはお世話になっています!」

 握った伊武の手を、ぶんぶんと上下に振るアリエラ。

 その間にも、伊武に興味を持った子供達が好き勝手なことを言っている。

 でけー。おっきいー。おっぱいすごーい。でけー。おっぱいでけー。でけー。つよそー。

 子供は素直なので、背にも胸にも容赦がない。強そうが混ざっているせいで、伊武に対する感想が、巨乳の巨大ロボットみたいになっている。

 伊武はアリエラの手を振りほどく気力もなく、されるがままになっていた。

「ほらほら、みんな。そんなことを言ってはいけませんよー。このお姉ちゃんは、伊武さんと言います。美人さんですよー」

 ほんとだー。きれー。かっこいー。でけー。びじんー。おっぱいでけー。こえー。つよそー。

 アリエラのおかげで、ややマシにはなったが、子供は素直なので怖いが混ざっている。

 伊武がいい加減に限界なので、直巳はこの場を離れることにした。

「ちょっと、マルジェラの様子見てくるよ」

「はい。きっとマルジェラも喜びます。それでは」

 アリエラは、子供達を先導して直巳達から離れていった。ばいばーい、と手を振ってくるので、直巳も振り返した。伊武の目には入っていないようだったが。

 子供達がいなくなってから、少し離れた場所のマルジェラの方に行ってみる。

 マルジェラは女の子に囲まれて、腕や肩を触られまくっていた。

 鍛えて絞られているが、やはり女性の身体と肌。男のごつくて暑苦しい筋肉には触りたくないだろうが、マルジェラの筋肉ならば美しいということか。

 直巳が声をかけようか迷っていると、マルジェラが直巳に気づいた。

 助かったと言わんばかりに、直巳の方へとやってくる。

「直巳、来てくれたのか」

「ちょっと、様子を見に。大人気だね」

 直巳が冗談っぽくいうと、マルジェラは少しだけ眉をしかめた。

「まあ……天使教会の修復にも協力的だからな……私にはよくわからないが、これで彼女達へのお返しになるのなら付き合うさ。ところで、そちらの女性は?」

 マルジェラがたずねると、伊武は自分から口を開いた。

「伊武……と……いいます……椿君の……友達……です」

 伊武が乗り気ではないが、直巳のために手を差し出した。

「マルジェラだ。天使騎士をやっている。よろしく――」

 マルジェラが伊武の手を取ると、一瞬だけ驚いた表情をした。

 マルジェラも手は大きいし、鍛えているので皮膚も硬い。だが、伊武の手はマルジェラよりも大きく、分厚く、硬かった。

「伊武。君は、スポーツとかやっているのか? ケンドーとか」

「……何も」

「な、何もしていないで……この手なのか?」

「背……高いから……」

 伊武は馬鹿にしているわけではない。ただ、嘘を考えるのが面倒くさいだけだ。

「そ、そうか」

 伊武の雑な答えにマルジェラは納得いってなかったようだが、初対面の相手に、それ以上追求するわけにもいかず、引き下がった。

 こうして、直巳達とマルジェラが話していると、女の子達が徐々に集まってきた。

 それを見ると、伊武は、「向こうで休んでる」と言って逃げ出した。

 直巳がどうしたものかと思っているうちに、女の子に囲まれてしまった。

「マルジェラさーん。この人は誰ですかー?」

 直巳は、この時点でやばいなと思っていた。

 女の子の話し方に、明らかに棘がある。

 彼女達は、マルジェラが男である直巳と親しくしているのが気に入らないようだった。

「ああ。彼は直巳と言って、私やアリエラの恩人であり、友人なんだ」

 マルジェラは、その辺がよくわかっていないので素直に答えてしまう。

「彼は勇敢なんだ。悪漢に絡まれているアリエラを助けようとしたんだぞ」

 マルジェラは良かれと思って言うが、女の子達の直巳を見る目は、さらに冷たくなる。

 修道女のアリエラを守るのは騎士のマルジェラ様。それが彼女達の描くイメージであり、特に強そうでも、飛び抜けたイケメンでもない男が、彼女達の妄想に割り込む余地はない。

「へえー。それじゃあ、あなたも強いんですねぇーきっとぉー」

 直巳は女の子達のプレッシャーに気圧され、愛想笑いをするしかなかった。

 マルジェラも気がつけばいいものを、まだ空気が読めていない。

「うん、きっと強いんじゃないか?」

「いや、俺は――」

 マルジェラが呑気なことを言い出したので、直巳が慌てて訂正しようとしたが、遅かった。

「えー、すごーい! 見てみたぁーい! でも、ケンカはまずいですよねぇ? あ! 腕相撲とか、どうですかぁ?」

「う、腕相撲?」

 直巳の声がうわずるのを聞くと、女の子は逃がさないとばかりに言葉を続けた。

「マルジェラさん、すごく鍛えてますからぁ。男の人にも勝てるのかなって、ちょっと気になるじゃないですかぁ。男の人相手だから、難しいと思うんですけどぉ」

 なるほど。彼女達は、直巳がマルジェラに負ける所が見たいのだ。みんなの前で直巳に恥をかかせて、マルジェラを持ち上げるのが目的なのだろう。

 いくら男の直巳が憎いからと言って、この仕打ちはひどい。マルジェラも女の子達の魂胆に気がついてくれるだろう、断ってくれるだろうと直巳は信じてマルジェラを見た。

 が、マルジェラは離れた場所にあるドラム缶を、こちらへ転がしてきた。

「面白い! やろう! 直巳!」

 ここまで空気が読めないものかと、直巳は深くため息をついた。

 ちなみに、ドラム缶は風呂代わりにしようと、アリエラがどこかから貰ってきたものだ。

 直巳は断りたかったが、女の子達はすっかりその気というか、直巳を煽り立てて逃げられないようにしている。

「……わかったよ」

 直巳は腕相撲に自信などない。いくら男だからとはいえ、天使騎士として鍛えているマルジェラに勝てるとは思えない。

 それでも、ここで断るのは負けるより恥ずかしいと思った。

 直巳が、ドラム缶に上で構えているマルジェラの手を握る。

(ああ、負けるな)

 手の大きさ、力強さ。触れて一瞬でわかるぐらい、マルジェラは強かった。

「直巳、本気で来い!」

 マルジェラは、ひたすらに楽しそうだった。悪気はないのだろう。

 準備が出来ると、女の子の一人が審判役として、両手で二人の手を包んだ。

「それじゃあ、いきますよー。レディー……ゴー!」

「フンッ!」

 直巳は全力を出すが、マルジェラはびくともしなかった。

「どうした直巳! それが本気か?」

 マルジェラは楽しそうに煽ってくる。悪気はない。彼女の中では、さわやかなスポーツ交流ぐらいの認識なのだろう。

「くっ……そ……」

 直巳が全体重をかけるが、マルジェラの腕は揺るぎもしなかった。

 女の子達は、好き勝手にマルジェラを応援している。

 直巳は、ただの晒しものになっていた。

「残念だな直巳! それではアリエラは守れないぞ!」

 そういうと、マルジェラは少し力を入れて、直巳を完全に倒した。

「マルジェラさんの勝ちー!」

 審判役の子が、マルジェラの手を取り、高々と掲げる。

 他の子達は、さすが、かっこいい、強い、素敵など、勝ったマルジェラを賛美している。

 直巳には何も言わない。健闘を称えもしなければ、罵声を浴びせることもない。

 いるのに、いないことになっている。負けた引き立て役をカメラに写す必要はない。

 痛くはないが、直巳は腕を押さえて、苦笑いするしかなかった。

「直巳、またやろう! 君も強かったが、もっと鍛えないとな!」

 マルジェラが、すっと手を差し出す。敗者を称える、当然の行為だ。この場で直巳を無視しないのは、マルジェラだけ。悪いことは何もしていない。

 マルジェラは、ただ無神経なだけだ。

 直巳は、無理矢理に笑顔を作ってマルジェラの手を――取れなかった。

 二人の間に割り込んできた人物が、直巳の代わりにマルジェラの手を握った。

「私と……やろう……」

 伊武だった。

 伊武は、すべてを見ていた。

 怒りに燃えている。

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