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伊予天正の陣戦記  作者: 赤城康彦
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戦記 十四

 鬼のような形相の義光と菩薩のように微笑む元宅の目が合い、視線がまじわる。

 周囲には緊張の糸が張り巡らされていた。

 その糸が首筋に触れるような感覚を義光はにわかにおぼえて。

 ぎくり、とする。

 鋭く冷たい眼光を、元宅は意に介さず穏やかな瀬戸内海のように受け止め、受け流していた。

 瀬戸内海は見た目は穏やかなれど潮流は早い。義光の複雑な心境は、まるで瀬戸内海に浮かぶ舟に乗せられてどこぞへと流されているかのようであった。

「むむむ」

 思わず義光は口ごもった。なんと言っていいのか、とっさに言葉が浮かばない。

 なにより元宅の視線を受けているうちに、目をそらしたくなり、あるいは心の奥底から己を恥じる気持ちも芽生えるではないか。

「元親公が伊予に援軍を送られる。それまでもちこたえればよい……」

 と言った時であった。元親からの使者が来たというので、義光は慌てて上座を下りて平伏し。使者を上座に上げて、元親からの伝言を聞いた。

「援軍は来たらず。おのおのら、我とともに死して鬼となれ。とのことでございます」

 皆声を出したいのをこらえて、使者の言葉を聞いた。

 折りを見て援軍を送るから、ここで踏ん張ってもちこたえろ。と聞いていたが、話が違うではないか。

(戦況は思わしくないのか)

 ということが察せられた。

 黒田官兵衛は讃岐をおさえ、羽柴秀長は防衛戦の本拠地で元親のいる阿波白地(現徳島県三好市池田町)まで迫って。援軍を送る余裕がないのだという。

 それで、元親は死を覚悟し。義光らにも「一緒に死ね」と言うのだ。金子郎党はもちろん、義光の心に動揺が広がる。

(いっそこいつらを殺して、小早川隆景に引き渡してやろうか)

 元春や金子郎党の心に殺意が芽生える。

「あいわかりもうした。我ら四国者の意地を上方にとくと見せてやりましょう」

 叫びが突然轟く。それは金子元宅の叫びであった。

 決意に満ち満ちて、さきほどまで微笑んでいたのがうそのように鋭い顔つきになっていて。使者に義光は思わず心が圧されるのを感じてしまった。

「承知した。このこと元親公にお伝えしよう」

 言うや使者はそそくさと立ち上がって、城から出て行った。あとに残された義光ら和田の郎党に元宅ら金子郎党は広間で対峙する。

 その間に元宅は立って周りを見回す。

「無理をすることはない。逃げたい者は逃げよ。死ぬのはわしひとりでよかろう」

 援軍の望みが絶たれて、圧倒的な兵力さで勝てる見込みは万に一つもない。戦意の喪失は免れなかった。それを元宅はそれを見抜いたうえで、そう言った。

 元春ら金子郎党はいたたまれない気持ちで元宅を見つめていた。

「それにな」

「兄者……」

「領民まで巻き添えにするのは、心苦しい。わしひとり隆景殿の面前にて腹を斬ろう」

「兄者、なにを言う」

「いや、ただ腹を斬るだけではつまらぬな。介錯は隆景殿にしてもらおう」

「兄者!」

 元春は元宅に勢いよくつめよる。

「兄者にその覚悟があるなら、わしも共をするぞ!」

 そう言うや、金子郎党らもそれに続けとばかりに、

「お供」

「お供」

「お供」

 と口々に叫び。義光や和田の郎党を唖然とさせた。

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