戦記 十三
隆景は口を真一文字に引き締めたかと思うと、
「触れを出す。金子元宅は討たぬ、と触れてまわるのだ」
民は元宅を慕い、元宅のために戦っているわけで。土佐のためではない。ならば、元宅が討たれないとわかれば、ある程度の理解を示してくれるのではないか。
(ただ、元宅はどうか)
それが一番の心配事である。伊予人ながら土佐の長宗我部側につき、圧倒的な兵数の上方の軍勢と渡り合おうというのだから、よほど義理堅い人物であるのはいやでもわかる。
ともあれ、戦を長引かせるのはよくない。阿波からは羽柴秀長、讃岐からは黒田官兵衛が上陸し三方から侵攻している。そのうちの一方でもてこずれば三方作戦に狂いが生じる。
狂いが生じれば戦は長引き、四国に兵数を割いてもいることで、その間に反羽柴勢力がなにをするのかわかったものではない。ゆえに、この戦は早く終わらせなければならない。
「わかりました。さっそく人をやって金子元宅は討たぬと触れてまわりましょう」
側近の言葉に隆景はうなずきながら、
「元長には、沙汰あるまで動くなと伝えよ」
と、使者も送った。陸路は危険なので、海路で。
それから小早川勢はその場で野営し一夜を明かした。
翌朝から領民の間で、
「金子の殿様は討たねえって話があるぞ」
と、口々に語られていた。
領民はその話に安堵をおぼえるのだった。
彼らが戦うのはあくまでも金子元宅のためであって、土佐のためではない。
「ならばよ、上方の軍勢を受け入れて、にっくき土佐者をこてんぱんにやっつけてもった方がいいんじゃないか?」
と言う者まであった。
この話は金子領内にまたたく間に広がり、元宅と、義光の耳に届くにいたる。
金子城の広間の上座で、義光は歯ぎしりしながら居並ぶ元宅ら金子郎党を睨んでいた。
「で、おれを毛利に売るか」
あからさまな態度で皮肉を言う。伊予にて自分らがいかに嫌われているどころか憎まれていることを思い知らされて、その心境、穏やかではない。
元宅は鋭くも冷たい視線を受けながら、学者のような穏やかさで義光の言葉を聞いていた。その一方で、弟の元春や他の郎党らは、
(そうしてやりたい)
と心の中で叫んでいた。
元宅が土佐側につくというので、一緒についているわけで。そうでなければ、隆景と一緒に義光をなぶり殺しにしてやるところだ。
「いえ」
元宅は身を平伏させながら顔を上げて義光を見やった。
「それがしはあくまでも、元親公のために戦います」
目と目が合い。元宅は柔和に微笑んだ。




