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敬愛冬童話参加作品

夢堕ち

作者: 敬愛

 伯父が自殺した。

 病苦、大腸がんだったらしい。


 僕は泣いたね。凄く良くしてくれた人だったから。

 寿司屋を営んでいて色々な握りの技を見せてくれたのを今でも鮮明に覚えている。


 棺桶の中の伯父の顔はあまり見続けるのには辛い物だった。

 恐らく苦しんで逝ったのだろうなと想像に難くないそんな顔。

 伯父は首つり自殺だったから。


 知ってるかい?死刑囚は首に縄を掛けて足元の地面がバタンと開いて頸椎が折れて即死するようになっている。そんな死に方を選びたくて犯罪を犯す者も居ないとは限らない。


 泣いて泣いて従兄弟の胸の中であまりにも無念だったから相手の気持ちなんて考えてなかったけど彼は意外に冷静だった。どちらにしても余命二カ月と通告されていたのでこういう事態が起こっても気丈に「泣いてくれるだけで嬉しいよ」と優しい声で僕に言った。


 僕はその日夢を見た。悪魔の夢だ。そいつが言うには「お前の伯父は大罪を犯した。仏様の与えた命を自ら絶った。地獄行きである。決行日は明日の火葬前までだ。救いたければ……」それだけ聞いて僕はまた違う夢に移行してそれでも起きてあれは悪魔だよなぁと確かに感じるオーラがあった。


 翌日お葬式、祖母ちゃんが取り乱して号泣していた。息子が自殺したショックはそりゃ計り知れないだろう。孫たちはキョトンとしていた。


 僕はそこで突然意識を失った。夢を一瞬見ていたような気がする。「私は天使です。昨日悪魔が来ましたね?悪魔は必ずや自殺した者を地獄へと連れて行きます。正確には閻魔大王が決めるのですが。何故自殺した者が地獄に行くか聞きたいですか?それは輪廻転生した時呪いが解除されないため来世でも自殺を行ってしまうからです。仏様は……」それだけ聞いて意識を取り戻した。


 何とも無茶苦茶な宗教観の夢だったが、僕には何やらそれは夢のような気がしなかった。伯父の遺体の手はお腹の前で組ませられており、それはまるで寿司を握っているかのようにも見えた。


 一瞬伯父の手が動いたような気がした。気がしただけかもしれない。しかしむくっと起き上がったので周りの一同の驚き様と言えば言語に尽くしがたかった。「俺はまだ死んでない!後二カ月あるはずだ」しかも喋った!


 日本では遺体は死後24時間を経過しないと火葬とはしない。世界には色々な埋葬法がある。まず「土葬」これなんかは西洋の映画でモチーフにされている物も多いかも知れない。蘇りは大抵これだ。日本独特なのは「屈葬」これは縄文時代まではされていたとされている。これもまた死者が蘇ってくるのを恐れた事による埋葬法なのだ。世界には他にも死人の埋葬法があるが、まさか首吊りした人間が蘇る筈も無い。


 話によれば何だか伯父さんの死を聞いたショックで僕は倒れて入院していたらしい。全部夢だったのかしら。その頃には僕はとっくに成人していたのであるからそんな夢物語みたいな話、信じる方がおかしいだろうと、いろんな人に言われた、が僕はあれは確かにしっかりした記憶で幻とは思えない。


 悪魔がまた僕の夢の中に出てきた。「だから言ったろう。お前の伯父は大罪を犯したのだから地獄で責苦を受けるのだ」と。


 そんなはずない! そして僕はその夢物語を強く信じた。伯父さんは生きている。何処か遠くで星になったとかそんな話では無く何者かの力によって自殺という「罪」を贖う為に復活したのだと。でも誰に言っても信じてもらえる筈も無い。


 天使が言った「貴方に試練が与えられているのです。別れ難い人との別離は混乱をもたらします。死とは混沌なのです。だから天国と地獄があるのです。強く信じなさい。伯父は生き返ったのだと。さすれば夢は現実に、いえ貴方が見たのは確かな現実なのです」


 そう聞こえた時僕は病院のベッドの上にいた。しかし何かおかしい。伯父が死んだのは○月×日。今日はそれより一週間前だ。病室のカレンダーがそれを証明している。


 身体中が痛い。疼痛だ。気付けば僕の頭髪はまるでお坊さんのように抜け落ちている。病室の外でナース二人の会話がやけに鮮明に聞こえる。「可哀そうにねぇ。まだ若いのに」「全くだわ。せめて安らかにと願うしかないわね」と。僕は立ち上がり鏡を探した。身体中の計器、点滴が外れ意識が朦朧とする。

 

 「ちょ、ちょっと荒木さん、こ、困ります!」「どうしたんですか?」「荒木さんが意識を取り戻して歩き出しているんです!」「早くドクター呼んで!」「はい!」とりあえず床頭台に鏡が置いてあったのでそれで自分の顔を見つめた。


 土気色で頬はこけて目に精気が無い。「痛っい……」そこにドクターがびっくりした形相で「おい、モルヒネだ。荒木さん大丈夫ですか!何で起き上がられる力があったのか……」


 僕は何かの病気なのだろうか? 「すいません。僕は一体?痛い、痛い、痛い!!」「大丈夫ですよ。抗がん剤を投与していますからね。必ず治りますからね。今は痛みを抑える注射をしましょうねー」医師が笑顔で言う。抗がん剤? 僕が…… ガン?


 「あのどちらが夢でどちらが現実なのですか?」先生に聞く僕に悲しそうな憐みの目を向ける先生。

 その時来客があった。何か話している。「本来は面会謝絶なんですが……貴方が来ると腫瘍マーカーが好転するというデータと疼痛が消えるというデータがありますから特別処置ですよ」「分かってますって!」 ニコニコした顔で入ってきたのは伯父さんだった。元気そうだ。


 ケン大丈夫そうだなぁ。もうすぐ死ぬなんて見えないなぁ。そして僕の手を強く握った。痛い! その時伯父さんの背中に悪魔が見えた。「これがお前の望んだ世界、そうだろう?」「僕は伯父さんに再び会いたい、ただそれだけだ。命のやり取りは望んでいない」「だがこれでお前が悲しむ事は無くなったんだし、いいではないか。苦しみを引き受けてやりたい、そう思っていたんだろう?」「だけど……」


 僕はその二週間後死んだ。「痛かったな、苦しかったな。伯父さんこんな思いをしていたのか……弱い人だったもんな。死にたくもなるよ」「これこれ待ちなさい」「え?」「私は仏だ」「え、仏様?」命を司る仏様らしい。何の用ですか? 死んだ僕に。地獄へ連れて行くんですか? 尊大な願い事をしたものだから…… 仏様は言った。「本来死後地獄などと言う物は無いのじゃ。人は皆平等にこの暗黒の世界、黒界で輪廻転生を待つ。今回はお前の悲しみと思いが余りにも強かったので天使を派遣して試したんじゃ。」「試した?」「そうじゃ。人はいつか死ぬ。そして残された人々は強い悲しみを覚えながら忘れていってしまうものなんじゃ。その瞬間、死を。お前は自ら望んで死の追体験をしたいと願った。だから一週間過去に戻して試したんじゃ。」そして光を放ち始め「お前はまだ死ぬ時ではない。お前の伯父の苦しみを伝導していくのじゃ。いつまでも忘れないように。そうさなぁお前の様に死に対して積極的な者は見た事が無い。だから五年やろう。その間に伯父さんに孝行するんじゃな。頑張れ」そう言って仏様は姿をお消しになった。


 う、うーん何か今日の夢はハードだったなぁ。あの元気が取り柄の伯父さんが死ぬ夢を見るなんて。そこでチャイムが鳴った。「ケンいるかー! 今日は日曜日だから寿司握ってやるから家に来いよ」「え、ホント? 嬉しい」「俺さぁ夢見てさぁ。健康の為に今日からタバコ止めるんだ。何か急に思いついてね」「僕は吸いますけどね」「そうかぁ? 体には良くないんだけどなー。止めてくれないか」何故そんなに推すのかと疑問に思ったけれど跡継ぎがいないので僕にそれを任せたいらしい。そういう事なら引き受けるか!


 僕はその時禍々しい悪魔と見目麗しい天使がそこら中にいるような幻覚を見た。 

舎利の意味 1.2.3を参考に物語を創作しました。


《〈梵〉śarīraの音写。身骨と訳す》

1 仏や聖者の遺骨。特に釈迦(しゃか)の遺骨をさし、塔に納めて供養する。仏舎利。

2 火葬にしたあとの遺骨。

3 《形が1に似ているところから》白い米粒。また、米飯。白飯。「すし種も―もいい」「銀―」

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― 新着の感想 ―
[一言] 読ませてもらいました。 少し不思議なSFっぽくて面白かったです。 とりあえず人が死なずに?すんでよかったです(笑)
[一言]  敬愛さん、夢堕ち、作品よませてもらいました。  天国と地獄、悪魔と天使。  夢の中というおぼろげな世界を借りて、  実は、言葉の魔力を物語って居ると感じました。  苦しみを代わってあげたい…
2014/12/18 19:44 退会済み
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