巡回
スベルニコフは工場では赤い貴族であった。貴族というのは中央から任命されている人間であったが、ソ連の政治機構の中央委員や執行部の組織図にも入っていない下級の政治局員に過ぎなかった。しかし、この工場では絶対者であり工場長でもあった。彼は工場におけるすべての作業工程をすべて知りつくしていた。そしてすべての指図を出していた。
工員たちが仕事を始めてしばらくした頃にスベルニコフは自分の指図どおりに作業が行われているかどうかを確認するために午前中に一回工場施設の現場を見回ることが日課になっている。
彼は現場で作業をすることもあった。自分が作り上げた作業がどのようなものであるかどの程度肉体に付加をかけるものであるかを自分自身が経験することを重視している。つまり、現場主義である。ある作業は非常に過酷であり、この作業を続けていたら体を壊して廃人になるであろうと思われることもあった。現実に重労働の末に多くの工員が死んだ作業があった。スベルニコフはそのような作業をできるだけ無くす方向で行きたいと思っているが、中央政府からの生産ノルマの要求は厳しく、人間の犠牲無くしてはノルマの達成は不可能であるという現実の前にいつも立たされている。今日も現場を回って一人の老いた工員がゼイゼイと咳をしながら重労働の作業をしているのを見てあの男は今週中に死ぬなあと思うとかわいそうというよりこのような場面をいつも見てきた自分が嫌になってきた。あまり現実を見てはいけないと思いその場を去った。