第1話
第1章 『旅立ち』
<1日目 前半>
私の名前は「長月静夜」。
特に覚えて貰う必要も無いけど。
今年で15歳になる。学校には行ってない。理由は・・・まあいいよね。
生まれたときから「とある病気」で学校には行きたくなかったんだとだけ言っておくよ。
幸い、それなりに裕福な家庭に生まれた私は、VR世界の塾で一通りの勉強や礼儀作法、生活に必要な一般知識や様々のことを教わってきた。
ポンコツな体だけど、どうやら頭だけは高性能だったようで、教わったことはすぐに理解したし、覚えたことはそうそう忘れない。
きっと教える側にとっては非常に優秀で扱いやすい子どもだったに違いない。
その事情により、生まれたときから引き籠もりになるだろうと運命づけられていた私は、当然運命に導かれるまま引き籠もった。
ええ、引き籠もりましたとも。
私の欠陥は主に下半身が主なので、上半身と頭を使ってできることといえば、テレビに読書やPC、ゲームと主に室内で楽しめることにならざるを得ない。
するとどうなるか?
立派なオタクに成長しました(笑)
・・・腐ってはいないよ!?
ここ重要だよ!
それと、容姿はそこそこ整ってる方だと思うよ!?
なまっちろくてガリ痩せだけどさ。
今日は土曜日。多分。曜日って何それ美味しいのな生活をしていると忘れがちになる。
天気もここには関係ないし。
8畳ほどの部屋の壁にはぎゅうぎゅうに置かれた本棚と大量の書籍類。
部屋の中央に置かれたベッドが私の居場所。ベッドサイドにはたくさんのPCやテレビ、据え置きゲーム機など。
ちょっと離れた所の物はサポートロボットが音声命令に反応して持ってきてくれたり操作してくれたりする。さすがにゲームの相手はしてくれないんだけどね。
それでも今日は気分がいい。ワクワクが止まらない。胸のトキメキ。
なぜかって?
それは・・・
「お姉ちゃん、入るよ~?」
鈴の鳴るような美しく可愛らしい声で最愛の妹「輝夜」が私に声をかけてくれた。
ああ、輝夜ちゃんマジ天使w
輝夜の声を聞いてるだけで幸せになれる。我ながら安い体質だと思う。
容姿端麗・頭脳明晰・運動神経抜群・性格最高とまさに天使ちゃんな我が妹は、この国の宝だね(割と本気で)。
「頼まれてた物、引き取ってきたよ~。はいこれ。」
「待ってたよ~。ついに開始日だもんね。」
輝夜が持ってきてくれたのは、「VRマシン」。
今さら説明とかいらないかもだけど、要するにヘルメットみたいに頭に被って、ヴァーチャルな世界に私たちを連れて行ってくれる素敵アイテムだ。
たすけてどら○もーん(笑)
次世代型VRマシン「NEXT EDEN」はこれまでのマシンの性能を遙かに超えた素晴らしい性能だと至る所で喧伝されている。我がニッポンの誇る科学技術の粋をこらした素晴らしいものなんだそうだ。
もともとVRマシンは「人の死なない戦争」のために開発されたそうだ。
確かに、仮想現実世界でいくら戦争しようが誰も死なないからね。
考えた人はよほどゲームが好きだったに違いない・・・。あれ?
だから、各国はこぞって自国産のVRマシンの開発と改良にものすごく力を入れた。
当然だよね。
低スペックマシンと高スペックマシンでは映像も処理能力も何から何まで違う。どのくらい違うかというと、高スペックなVRマシンを装備した兵士一人で低スペックマシンを装備した兵士百人をなぎ倒せるほど違うらしい。
まさにVR無双!(苦笑)
そのVR世界大戦によって現在世界の覇権を握っているのが我が祖国ニッポンというわけだね。
ちなみにVR世界大戦は、大昔の「名ばかり国連」と違って、まさに「世界管理者」である「新国連」によって厳正に管理され、四年に一度行われることになっている。何でも昔の『オリンピック』という平和の祭典の名残だそうだ。
そして、各国から選りすぐられたVR兵士百人が争うという、戦争なんだかスポーツなんだか分からない世界大戦によって、戦後四年間の国の順位付けがされる。
その順位によって、ぶっちゃけ貧富の差が生まれるというわけだ。
結局の所、技術が追いつかなければ決して這い上がることのできない、蟻地獄よりも恐ろしいシステムな訳で。
その結果どうなったかというと、這い上がることのできない国は、上位の国に「お願いですからうちの国を貴方の国の一部にして下さい」と這いつくばって請い願うことになった訳だ。
それが幾度か繰り返された結果、現在の世界は
南北アメリカ大陸を統一する「自由アメリカ合衆国」。
ユーラシア大陸の約三分の二を支配する「大ロシア帝国」。
旧ヨーロッパ諸国を統一した「神聖キリスト教国」。
中東とアフリカ大陸をまとめた「イスラム帝国」。
インド・中国が合体してできた「中印共和国」。
日本と東南アジアの連合体「ニッポン皇国」。
オーストラリア・ニュージーランド・南極大陸の「新自由国家連合」。
この六大国がしのぎを削る「平和な」世界が今の世界情勢なのだ!!
以上静夜さんの現代社会講座(初級編)でした。
ご清聴ありがとうございました。
「お姉ちゃん、遠い目してるけど大丈夫?」
「大丈夫! 全然大丈夫だから!!」
「ならいいけど・・・」
早速輝夜に頼んで開封して貰う。
中から出てきたのは白銀色に光る輪だった。
「すごい小型化されてるんだね、新型って」
「我がニッポンの科学力は世界一ぃ・・・だね!」
ちょっと輝夜に引き気味に見られた。
結構傷ついた。いつものことだけど。
ヘッドフォンを横に被ったらこんな形・・・と言ったら想像できるだろうか。
もしくは太めの孫悟空のわっか。
「しかし、この新型VRマシンをまずは『ゲーム機』として国民の手に入るようにするとは、さすがニッポンだね。」
「?」
不思議そうな顔を輝夜がするので、私は続けて言う。
「結局、仮想現実世界で生きるには、才能もだけど慣れも必要だよね。国民がVRマシンに慣れるには娯楽が一番だってことだよねー。そうしてVRマシンに慣れきった国民の中から思わぬ優秀な兵士が見つかるかもしれないし。」
「あ、だから学校でも社会でも基本VRマシンですべてやるんだね。」
さすが輝夜。飲み込みが早い。天才だ。
一応法律で三歳未満児はVRマシンの使用が禁止されている。
もちろん例外もあるけど。なんでも脳のある部分に影響を及ぼすんだそうだ。
「そういうこと。だから、今回の新型も12歳から18歳までの希望者に配布されているんだよね。初等教育で培われたVR世界適応能力が生かされるように。つまり、『兵士』の青田買いってわけだね。」
「お姉ちゃんは・・・もし適正が認められたら『兵士』になるの?」
おそるおそるといった感じで輝夜が私を見つめて聞く。
「うーん、どうかなぁ・・・。でも、こんなダメ人間の私でも、VR適正が認められたら国の代表になれるかもしれないってことだからねぇ・・・。こんな私を育ててくれたお父さん、お母さんへの恩返しにはなるかな。」
現実世界では引き籠もりオタク人生まっしぐらの私だけど、VR世界ならそれこそ世界一にだってなれるかもしれない。現実に、体に障害を抱えながら兵士となって世界大戦に参加した有名人だっているくらいだもの。
「ま、私はそんなのめんどくさいからどうでもいいけどね~。」
苦笑しながら輝夜の柔らかい髪をなでる。
「私が12歳なら、お姉ちゃんと一緒に新しいVR世界にいけるのになぁ。残念。」
口をとがらせる輝夜。そんな表情も愛らしい。
輝夜ちゃんマジ天使w
「まぁ、一足お先に待ってるよ。二年後に『次代の楽園』で会おう!ふはは!」
「悪役笑いやめてよー。じゃあ、晩ご飯くらいに様子見に来るからね。何かあったらコールしてよ?」
「はーい、了解了解。」
にこりと微笑みながら輝夜は部屋を出て行った。
「さて、早速起動してみますか。サーバが開くのは2時間後。それまでにセットアップとフルスキャンを終わらせておかないと出遅れることになりかねないからねぇ・・・」
VR以前のMMORPGも出遅れは御法度。
仮に一週間出遅れたとすると、個人差はあるが取り返すのには三週間はかかると言われていた。
白銀色の輪っかを頭にはめる。事前申告したサイズの通りにオーダーされているので、ピッタリとはまる。見た目は金属っぽいが、素材としてはシリコンのようなものらしい。抜群のフィット感だ。
ベッドに横になると、側頭部に指を当て、指紋認証。
その後、網膜認証を経て、起動コマンド。
「『NEXT EDEN』起動!」
様々な色の光が視界を埋め尽くす。
【指紋認証・網膜認証完了。音声コマンドを受け付けました。よって、以後長月静夜様以外の方がこのマシンを起動することは不可能になりました。】
女性の機械音声が聞こえてくる。
【それでは、これよりキャラクターメイキングのためにフルスキャンを開始します。フルスキャンには通常5分程度の時間を要しますので、激しく体を動かしたり、複雑な思考をすることは避けて下さい。5秒後に開始します。】
フルスキャンというのは、対象者の脳波や身体データをマシンに取り込んで登録するための準備作業。この作業の段階で、VR世界に適応できない人ははじかれるようになっている。
フルスキャンそのものは既に慣れっこだ。しかも、私は適正が高い部類に入るらしい。
15年もVR世界に引き籠もってればそりゃそうか。
思考しないように思考することで思考の閉鎖回路を作り、心身ともに真っ白な状態になる。
【フルスキャンを完了しました。『完全適合者』と判明したため、専用サーバに転送します。転送後、自動的にキャラクターメイキングがスタートしますので、指示に従ってキャラクターを作成して下さい。】
完全適合者?
なにそれ?
そうしているうちにも、どうやら専用サーバとやらに転送されたようだ。
視界を埋め尽くしていた色とりどりの光が収まって、真っ黒な画面にウィンドウが展開される。
【キャラクターメイキングを開始します。まず、VRモデルを作成します。モデルの基礎データに使用したい画像ファイルがあれば指定して下さい。必要なければ、フルスキャンデータからご本人の外見モデルを作成します。】
「当然これだよ!」
外見に使うなんてこれしか考えられない。
最愛の妹輝夜の、まさに輝かんばかりの笑顔を納めたデータを展開する。
【画像ファイルを展開。VRモデルをデザインします。】
【モデルを表示します。追加・修正を行って下さい。】
現在の輝夜の年齢は10歳なので、基礎モデルを元に15歳程度に見えるように各種身体データを修正していく。
髪の色などもいじれるが、あえてそのままで。黒髪黒瞳。
ファンタジーならむしろ珍しいはず!
満足行くVRモデルを完成させたときには、すでに40分以上が経過していた。
【このモデルを使用します。よろしいですか?】
「おっけー!」
【では、キャラクターのステータス作成フェイズに移行します。】
【必要な項目を作成して下さい。作成が完了したら、視界右下の完了ボタンを選択して下さい。】
いわゆるステータス画面に切り替わる。
「名前は『カグヤ』。性別は女。年齢は15歳・・・っと。」
「種族は・・・うーん、人間でいっか。妖精とか獣人とかあるみたいだけど・・・」
一通り基礎モデルを眺める。
「猫耳輝夜とか想像するだけで・・・ハァハァ。・・・おっとっと、いけないいけない。」
その下の各種ステータス。筋力(STR)・敏捷度(AGI)・器用度(DEX)・知力(INT)・生命力(VIT)・精神力(MEN)・幸運度(LUC)の7項目にHPとMP。オーソドックスな能力値だね。
現在は全ての数値が10/256になっている。どうやら最大値は256のようだ。
「ボーナスポイントとか無いのかな・・・」
FPS視点なので、自分の指でステータス画面をタッチする。数値が選択できるようだ。
「可能なところまで選択できる系なのかな?」
256まであげれました。
何これチート?
完全適合者ってやつの恩恵かしらん?
とりあえず全部の能力値が256/256まで設定できることがわかりました。
なにこれこわい。
七種類の能力値を設定すると、自動的にHPとMPが変動する。
基本パラメータから計算式で算出する方式らしい。
全部の能力値がMAXの256なのでHPとMPも自動的に256/256になった。
「称号・・・?」
タッチすると称号の所に【完全適合者】とある。
「よくわかんないけどこれで。次はスキル?」
スキル枠には【共通語】だけが表示されている。
1/11と表示されているので、【共通語】の他に10種類は取得できるみたいだ。
「カグヤはやっぱり美少女魔法使いよねぇ~」
事前情報として知っていたので、火・水・風・地・光・闇の魔法6系統を習得。
それに加えて、小剣・杖・薬学・回避を選択。
何せこの『NEXT EDEN』、レベル制とスキル制の併用で、特殊なスキルまで含めると総スキル数は何と2000種類というから驚きだ。
だから、『職業』という概念はないんだそうだ。
つまり、ステ上昇はレベルアップで。行動はスキルでということなんだろう。
運営によれば「キリのいい数のスキルを取得すると何かいいことが起こりますから、色々なスキルを探して習得してみて下さい。」とのことなので、「目指せスキルマスター!」なんて盛り上がってる人達もいたくらいだ。
その膨大なスキルから初期スキルを選ぶのは大変なので、公式で公開されていた「職業をイメージした初期スキルテンプレ」を見ながら、魔法特化キャラを作れるよう事前に準備しておいたのだ!
ちょっと六系統全ては魔法特化過ぎるかな~と思わないでもないが。
「次は・・・EXアイテムかな?」
枠の下に17/99ptと表示されているので、17ポイント分のアイテムを選択するのかなと判断。
EXアイテム欄をタッチすると様々な強力装備の数々。
消費アイテムのことじゃないんだね、このアイテム欄。
それぞれに5ptとか30ptとか取得に必要なポイントが表示されてるので、ポイントを消費して手に入れるんだろうと思われる。
「ん、待てよ・・・?」
思いついて試しにやってみるとやっぱりできたよ、99/99ポイントに。
何これチート?
「まぁ、意図しないバグはバグじゃなくて『裏技』って格言もあることだしね~」
99ポイント消費して【月女神の神杖】という片手装備を選択。
【月女神の神杖】
種別:片手杖
OBJ属性:EXアイテム
パラメータ上昇:ATK+48 DEF+90 INT+100 MEN+60 MP+100
付加スキル①:消費MP減少LV10(-50%)
付加スキル②:魔法威力上昇LV10(+50%)
付加スキル③:自動回復LV10(5%)
「うわー、規格外。ぶっ壊れだねー」
初期装備のショートソードがATK+2のみだから、どれだけか想像できる・・・かな?
補正とスキルがハンパない。
「うーん、防具の方が良かったかなぁ・・・。まぁいいか。」
続いてEXスキルの取得。
ここには31/99ポイントの表示。
ん、もしかしてポイントってランダム?
じゃあ、当たり引かないとショボいアイテムとかスキルになっちゃうんだ・・・。
とはいえ、多分さっきと一緒で・・・。・・・。
やっぱり99/99ポイントにできました。
何これチート?
・・・そろそろ言ってて疲れてきたよ、私。
さすがに2000種類はないようだけど、それでも50近いスキルがあったので、ざっとではあるけど時間を使って把握していく。自分が取らなかったスキルを他のプレイヤーが取得するのだから、対抗策として情報は持っておくに限る。
PKも場合によってはありらしいから。
その中から私が選んだのは・・・
【魔導神の加護】
テキスト:魔法を司る神の祝福。魔法を扱う者なら誰もがうらやむほどのEXスキル。
パラメータ上昇:INT+100 MEN+100 HP+50 MP+100
追加獲得スキル①:消費MP減少LV10(-50%)
追加獲得スキル②:魔法威力上昇LV10(+50%)
追加獲得スキル③:MP自動回復LV10(5%)
うわ、これもぶっ壊れスキルじゃない?
でも、どうやら追加ステは+100が限界なのかな。スキルポイント99のスキルで+100な訳だし。
これで一通り設定完了かな。
うーん我ながら素晴らしい性能だw
これも【完全適合者】とやらの恩恵だろうか。
「VR世界の申し子よ!!」的な。
・・・まだなんか隠されてるんじゃないかな。
完了押す前に色々いじってみよっと、ステ画面。
能力値はどうやっても256のまま。もちろん装備品のパラメータ上昇で追加されるけど。
「うーん、MAXが256だからねぇ・・・。んっ、ちょっとまって・・・?」
ピンときたので試してみる。
やっぱりできました。最大値の方もいじれました。1000まで。
でも、現在値の方は256以上にはならないようなので、レベルアップの楽しみに取っておくことにしようっと。
ちなみにレベルは1/1000のままでどうにもなりませんでした。さすがにいきなりレベルマックスは無理らしい。半端なチート性能だなぁ。
まぁ、私にはお似合いかもだけど。
そして何よりもびっくりしたのが、EXアイテムとスキル。
なんともう一回99/99にできちゃったんだな、これが。
何これチー・・・はぁ・・・。
ため息出ちゃう。でも、当然取得しますけどなにか?
【月女神のケープ】
種別:追加装備
OBJ属性:EXアイテム
パラメータ上昇:DEF+50 AGI+50 INT+100 MEN+50 MP+100
付加スキル①:消費MP減少LV10(-50%)
付加スキル②:魔法威力上昇LV10(+50%)
付加スキル③:自動回復LV10(5%)
【識 別】
テキスト:任意の対象のネーム、レベル等の情報を読み取る。読み取れる事柄は、
使用者のレベル・パラメータに依存する。
追加獲得スキル:世界知識LV10
【運命神の加護】
テキスト:運命を司る神の祝福。スキルの持ち主に運命を切り開く力を与えると言われている。
パラメータ上昇:VIT+20 MEN+20 LUC+100 HP+20 MP+20
追加獲得スキル①:幸運
追加獲得スキル②:九死に一生
追加獲得スキル③:運命の選択
何回でもポイント増やせるかと思ったけど、そうは問屋が卸さなかった。
まぁ、これに気がついて追加のアイテムやスキルをゲットできたのはラッキーだった。
大量に貯めこんだオタク知識が役立ったぞ!
言ってて空しくなった・・・。
さて、これでホントに準備が整った。どこの最強モノラノベのテンプレ主人公だって感じだけど。
時間もほぼピッタリ。いよいよゲーム開始だね!
【プレイヤーの皆様にお知らせします。『NEXT EDEN』開始まで1分を切りました。
ご準備はよろしいでしょうか?】
ワクワクしながらそのときをじっと待つ。
新世代マシンの実力やいかに?
【開始30秒前。カウントダウンを開始します。30,29,28…】
【3,2,1,0。『NEXT EDEN』起動】
独特の浮遊感とともに私は仮想世界へとダイブする。
それが『楽園』ではなく『地獄』への一歩とも知らずに。
side:輝夜
午後6時。日が傾いて薄暗くなってきた頃。
「おねえちゃ~ん、ご飯だよ~」
カチャリと音を立ててドアが開く。
ホント機械に埋め尽くされた静夜お姉ちゃんの部屋。見慣れた光景だ。
「おねえちゃん、布団に潜り込んでるの?」
VRマシン起動中は外部と遮断されたような状態になるので、私の声も聞こえないはず。
えいっとばかりに布団をめくり上げてみると、そこには、白銀色に輝くVRマシンがぽつんと。
様々な色の光が点滅している。
「おねえちゃん・・・?」
返事がない。
私が10年一緒に過ごしてきた静夜お姉ちゃんは。
この日を境に姿を消してしまった。