お嬢様について その17
「イノリ様、私こんなところにいて宜しいのでしょうか?」
ここは、会合が行われているホールのソファー前
私は、イノリ様に声をかけられてからここいた。
「…ヒノエ、違うでしょ!」
「イノリ姉さん、でも、目立ちますしっ…」
「平気よ、私が隣にいるんだから、嫌なら消してあげようか?」
「い、いいです。間に合ってます」
「そーぉお、こんな人ばっかりで、少しは減らしても問題ないでしょ」
「減らしたら、困ります」
「…誰が、困るのかしら」
「私がです」
「ヒノエが?」
「はい」
「…ふふ」
「イノリ姉さん?」
二人は、よく噛み合っていない話を展開させていた。
ホントに面白い子。
私が、ヒノエにあったのは随分前の話だ。
私は、毎日退屈していた。
もうすでに私を教育していた母には、父とは別に恋人がいた。
二人とも仲がよくないことはよくわかっていた。
母は別のファミリー出身者。
祖母祖父に言いくるめられてここに嫁いで来たのだと散々語った挙句、私とミノアを乳母に任せ遊び歩いていた。
母と呼ばれるようなことをしてくれた記憶などない。
父は、私にこう言った。
「俺は、お前たちの母を愛することが出来なかった。すまない。だが、お前たちは私の娘だ」
なんてバカな人だとも思ったが、母とは違い嫌な気持ちにはならなかった。
後から知ったことだが、母は女児でなく男児を望んでいたこと。
それは、母の両親も望んでいたことだった。
しかし、私もミノアも女児。
父は、何とも思っていなかったらしいが、母は毎日イライラしていた。
発散させるが如く外へ遊び回っていたらしいことを私は知っている。
あれは、私が6歳にミノアが5歳になった頃の話だ。
「別邸に女を囲っているそうですね」
「ああ、だからなんだ」
「私に対する嫌みですか?」
「そのようなこと、思っている筈もない。私は、彼女に惚れたから妻にしただけだ」
「そうですか、どうぞご自由になさって下さい。わたしは、ドンナとしてこの地位にいるだけです。実家になど帰るつもりもございません」
「かまわない。妻はすべて知っている」
あの2人が、顔を合わせている事を聞きつけ珍しく思い盗み聞きした。
その時聞いた衝撃的な事実に驚いた事を覚えている。
その後どうやって別宅に向かったのかは覚えていないが、島の奥の屋敷の前にいた。
笑い声と赤子の声が屋敷の庭から響いている。
「ヒノエが笑った」
「あっああ♪」
小さな女の人と赤子だった。
2人とも黒い髪黒い眼、違う国の人間だった。
「…あら、可愛いお嬢さん。どうしてこんなところに?」
「……」
「…あなた、イノリちゃん?」
私は、コクリと喉を鳴らした。
「私は、藤と申します。この子はヒノエ。…通じているかしら?」
拙い言葉だったが、やさしい笑顔だった。
「イノリよ。はじめまして」
「あなたの妹になるの、嫌でなければ可愛がって下さい」
「…いいの?」
「…ええ、わたしはあなたの本物の母ではないけど、家族になれるといいわ」
それから、あの屋敷に通うに様になってすぐ父にも見つかった。
けれど、あの時から何となく家族の意味がわかった気がしている。
確かにあの瞬間から、藤は私の家族だった。
母の代わりだったのかもしれない。
2年にも満たない短い幸福だったように思う。
あの屋敷自体揺り籠のように暖かい場所だったせいだ。
藤がいなくなった後、私たち姉妹を再教育すると現れたドンナがくるまでは…。
母を哀れには思ったことはあれど憎む事はできなかった。
寂しい人だ。
「イノリ、ミノア、ヒノエの事を頼んだわ。可愛がってあげて。あなた達に会えて幸福だったわ」
藤が私に言った最期の言葉だった。
「イノリ姉さん?」
「何でもないわ。…ヒノエ何か嫌な予感がするらしいわね。今日」
「…なんでそれを御存じなのですか?」
「…私が知らないことなんてなくてよ」
「……そうなのですか?」
「ええ、私はこう見えても暗殺部隊の隊長ですもの」
「…あ、隊長ですか…そうですね」
「ええ、そうなのよ」
ヒノエは下駄を脱ぎ、ソファの上で正座をする。
「よく痛くないわね、その姿勢」
「この方が落ち着きます」
「…ふふ」
(何に突っ込みを入れたらいいのかぁぁぁ)
ヒノエお嬢様の姉イノリは、暗殺を得意としている。