プロローグ
満月の綺麗な夜だった。
空から降り注ぐ月の光とイルミネーションが笹木市を彩っている。もうすぐクリスマスだという事もあり、道を行く人々は温かそうな格好で身を包んでいる。
そんな街のとある建物、その屋上から冬の景色を眺める人物が一人。
「……本当にこの街にあの人がいるのかしら?」
闇を照らすような金色の髪は、腰の辺りまで伸ばされている。スッと通った鼻筋に、桜色の唇。そして街を見つめる彼女の瞳は、宝石のルビーを彷彿とさせるような赤く美しい光を放っている。
アイリス・クリスフォード。冥術師の間では名の知れている女性だ。
彼女はそんな整った顔を心配そうにして、数日前の出来事を思う。
数日前、世界中にちらばる冥術師に向けて、冥術師の王、オルメス・サザンクロスから発表があった。
魔法じみた奇跡的な事情を引き起こす事の出来る冥術、それを扱う者達の長であるオルメスもそろそろ歳だ。そこで、自分に変わって冥術師の中から新たな王を決めるという発表。
しかし、全世界の冥術師が戦いを行ったら大騒ぎになる。表に存在を秘匿している冥術師にとって、それは望ましくない事だ。
そこで、オルメスは七人の優秀な冥術師を王の候補としてあげた。『夜宴』と称して、この七人が戦い、最後に勝ち残ったものが王の地位を継ぐ事になる。
アイリスもその中に含まれていた。自分の実力を自負してはいたが、それでも候補者に上げられるのには驚いたし、嬉しかった。
だが、そう喜んでもいられなくなる。オルメスから夜宴のルールを知らされた時、アイリスは表情を引きつらせた。
ルール1、候補者の勝ち負けは生死を持って判断される。
ルール2、候補者同士での協定を結ぶ事は可能。だが、最後に残るのはただ一人。
ルール3、候補者以外の冥術師から手をを借りる事を禁ず。
ルール4、夜宴を辞退する事は出来ない。
ルール5、残った者が、冥術師の王となる。
王を決めるために、その他六人もの強力な冥術師を殺せというのか? 王は一体、何を考えている?
アイリスはそう疑問に思ったが、こちらにどうこう言う権利はないのだろうと判断して、王の発表を聞き終えた。
そして三日後の今、夜宴が始まる二日前にアイリスは笹木市へとやってきた。とある人物の元を尋ねるために。
彼の力を借りられれば、夜宴において自分は有利に立てるだろう。そして何より、協定を組んでも彼となら最後に殺し合わずに済む。
ルール的にも問題ない。他の冥術師とは組んではいけないと言っていたが、彼はその範疇に含まれないのだから。
「さて、どう探したものかしらね? これだけ人が多いと、探すのに苦労しそうだわ」
もう少し早くここへ来れば良かった。アイリスは溜息を吐きつつ、眼下に広がる夜景を見つめる。
だけど、昔に滅びたとされる魔術師の生き残りがこの街のどこかにいるのだと思うと、自然と笑みが浮かぶ。
魔術師。冥術師が繁栄する前に存在していた者達。彼らの使う魔術というものは、冥術師の冥術を凌ぐ力があると聞いた事があった。
「まあいいわ。少ないとはいえ時間もあるし、どうにかなるでしょう」
金色の髪を風でなびかせ、アイリスは屋上から飛び降りた。自由落下を開始する直後、その姿は一瞬にして消える。
人々は知らない。この街で、これから七人の候補者による戦いが起ころうとしている事を。