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なに食べよう

作者: しゅうきち
掲載日:2026/10/25

長いけど、良かったら読んでください


 

                 

九五歳になる婆さん(実母)を乗せたデイサービスのマイクロバスを見送ると、還暦過ぎた純三は、婆さんから解放されるこれからの半日、どう過ごそうかと思うと、自然に笑みが浮かんでくる。

だいたいやることは決まっている。スーパー銭湯に浸かる。それと昼飯を外で食べるくらいか。

現在、純三は無職で無収入。婆さんの年金頼りに生活を維持している感じか。だから婆さんのお守りが今の仕事。


だから週に一度、婆さんがデイサービスを利用する日は、純三にとって休日なのだ。

純三は出かける準備をしながら、とりあえずスーパー銭湯に浸かり、そこで昼飯を済ますも良し、そこを出てラーメン、牛丼、寿司なんでもその時の気分次第で決めれば良いのだと考える。

スーパー銭湯に浸かりながら純三は、あぁ~、と深呼吸ともため息ともとれる息をする。

婆さんがいないとホントに自由だなと思う。いなければ経済的に困るが、行動が制限されて厄介だなあ、と

感じてしまうのだ。


それはこんな出来事があったからだ。

四年前、娘が東京の大学に進学が決まり、純三夫婦と娘の三人で、下宿探しに一泊の予定で行くことにした。

ところが出発の前夜、婆さんが急に体調をくずし、救急車を呼ぶことになった。幸い、その日のうちに病院から帰ってこられた。しかし本調子ではない年寄りを一人残して、外泊するのはまずいと思い、妻の一恵と娘が先に行くことにした。

それ以来、婆さんが急に体調を悪くするのが怖くて、純三夫婦は、そろって泊まりの外出はしたことがない。


年寄りだから、ちょっとしたことで具合が悪くなるのはありがちだろうが、いつも気にしなければならないと思うと、なんとなく気が晴れない。

それでもうちの婆さんは要支援一で、デイサービスを利用する人達の中では、元気な方らしい。

婆さんのデイサービスの話を聞いていると、誰それさんが急に来なくなったとか、違う施設に移ったとか言っている。細かいことはプライバシーなので知らない。


それを聞くと純三は、梅崎春生の「突堤にて」という小説を思い浮かべるのだ。

この小説は、防波堤に魚釣りをしに日々集まる人達の話だ。彼らは独特な連帯感を持ちつつも、互いに深入りしようとしない。そのうちの一人、日の丸おやじと呼ばれる男が、警察らしき男達に連行されて終わる。

この小説の暇人達が集う防波堤が、なんとなくデイサービスの施設に思えるのだ。


いろんな老人達が施設に来るが、突然来なくなっても、、理由も知らされず、知ろうともしない。

だいたいデイサービスを利用出来なくなった人は、次の段階の施設に行くか、あの世に旅立つに決まっている。


幸い婆さんは、要支援一のまま四・五年デイサービスを利用している。

「もう十分に生きた。もうお迎えに来て貰ってもいいんだけどねえ」とか、ぼやいたりする。

生来婆さん、食べるのが大変遅い。それが長生きの秘訣かも知れない。未だに遅い。いつまで生きたいのだろう。


 でもコロナ禍では、コロナでは死にたくないと言ったり、ちょっとでも体調が悪くなると、純三に病院へ連れて行けという。

 純三は、婆さんに付き合うのが今の仕事だから、言われたとおりに車を出したりしている。それでも彼は、ストレスが溜まってきて、時たま、


「婆さん長生きしてね。あと五秒」

 とか、

「いい人は早死にだって言うねぇ」と純三。

「そうだね」

「婆さん、いくつだっけ」

「――」

などと、他人には絶対言えないことを言って、気を紛らしている。


老化は純三にとっても他人事ではない。

最近では鏡に映った自身の顔を見て、どこの爺さんかと思う。白髪だらけで剃り残しの髭が見苦しい。 

還暦を数年前に超えたから、普通に生きてあと二十年から三十年は生きるかも知れない。そんなに生きた時、この醜い顔はどんなふうに見えるかと思うと、背筋が寒くなる。

この歳まで生きてきてつくづく思うのは、外見の老化には比例せず、自分は精神的に成長してないというこ

と。特に世間の常識が分かっていない。例えば――。


数年前、自分の地区に駐在所が建てられた。その時、地区の役員をしていた純三に、竣工式へ参加するよう通知が来た。その依頼書には、平服でおいで下さいとあった。純三は平服という言葉を普段着だと解釈し、シャツにジャッケトを羽織りネクタイなしで出席した。会場に着いてみると、男性は皆、スーツにネクタイを締めていた。


「お前その格好――」と同じ地区の先輩に言われたが、その時は、ネクタイの持ち合わせなどなく、どうしようもなかった。後日、参加者全員で写った記念写真を送られて来たが、そこにはだらしない顔をした純三が写っている。


 学校では卒業してしまえば、忘れて良いことばかりではなく、実際の生活の中で必要なマナーも教えて欲しいものだ。まあ、そういうことは、社会生活の中で覚えていくものかも知れないが。恥をかかせて習得させる世の中って、ちょっと冷たい。


 もう一つ。自身の未熟さを思い知らされた出来事がある。

 純三の子供の小中学校は中山間地にあり、ほとんど生徒メンバーに変更はなく、小中校で一つのPTAで運営している。そのため子供が小学校のうちから、中学三年の際になるPTA会長を決めてしまうのだ。

 会長にならないためには、割と重い役を子供が低学年のうちにやっておくのが鉄則だが、純三はそのレースに出遅れてしまい、自分が会長という獲物にされるのではないかと、危惧していた。

 そして会長を決める少し前、先生との謝恩会があり、ほとんどの家庭では母親が出席していたが、純三は

会長拒否宣言をするべく、男性一人で参加した。

 

 その時は、良かれと思って参加し、

「僕は絶対、会長とかの重い役は出来ません」と言った。

それは見方を変えれば、会長候補と意識しているのを、表明しているとも理解できる行為だ。

 その結果、哀れな純三は群れから離れた子供の草食動物にされ、他の保護者という肉食動物たちの餌食(会長)になった。


あの時、ノコノコ謝恩会に出かけて行かなければ、状況は変わったのかな、と思ったりする。

 人って誰でもホンネと立て前みたいなのがあって、それを使い分けて、自分に有利な方向へ持って行こうとしているんじゃないか。右手では握手を求め左手にはナイフを隠し持つ、そんな気がする。

 そう考えるようになっただけでも、老化というか成長かも知れないが。


 老化についてこんな話を思い出した。

 ある老人が温泉の大浴場に浸かり、湯から上がり服を着ようとしたら、パンツが無くなっていた。結局、認知症の男性が彼のパンツを履いていたというのだが。


 純三は、この話を思い出す度、大げさだが人間の尊厳という言葉を思い浮かぶ。俺には他人のパンツを履くなんて出来ないと思った。認知症の人だから誤って履いたに過ぎないのだろうが、そもそも他人のパンツを履ける精神状態って、なんなんだと思う。


 人は老化していくと、身体が若い頃みたく動かなくなったり、認知症になったりしていく。

 六十年以上生きてきて、所帯を持ち一人娘はこの春、大学を卒業の見込みだ。親としての務めを果たしヤレヤレといったところ。今までの人生を振り返ると、あまり楽しいこともなかったし、この先、明るい見通しもない。そうかといって自身で、人生のピリオドを打つかというと、そんな気持ちもない。つまりは死ぬまでダラダラ生きているしかないかと思っている。


 人生百年時代だそうだ。そんなに長く生きていたくもないし、また身体がきかなくなり、認知症にもなるかも知れない。

 それに確実なことは、近い将来貰う年金だけでは生活が成り立たないということだ。そのため資産運用を考えているのだが、なかなか思うようには行かない。

純三は、長い間、父と自営の畳屋を営み、その間は国民年金。その後、パートだったので、厚生年金だが給料は少なかった。

 

 健康で九十歳まで生きられたら嬉しいが、ずっと貧乏に耐えなければならない。もし長患いになったら、どうなるんだろうと思う。

 年賀状の決まり文句に、明けましておめでとう、というのがあるが、腹の底からそう思う奴の頭の中が、おめでたいんじゃないか、そんな気がする。

 年賀といえば、正月ネタに一休宗純がこう詠んでいると伝えられている。


 門松や冥土の旅の一里塚 

めでたくもありめでたくもなし


 還暦を過ぎた純三がつくづく思うのは、自身が無知無能で、安易な人生の選択をしていたということ。しかし、それはそれでここまで生きてきたのだから、良いんじゃないかと思っているのだが。

世の中には、老後、他にする事がないので働いている人がいるが、そういう人には純三みたいな考えは受け入れられないだろう。物とか金の豊かさでしか、幸福を感じられない人になにを言っても無駄だ。


以前、純三は無職になってから知人に、

「なにか働けよ」と言われた。 

その時、純三はその人に、

「俺はあなたに金をくれとか言ったことあるか。ほっといてくれ」と言い返したことがある。すると相手は黙ったままだった。 

 そして純三は、高齢の身でいくら働いても儲からない仕事で、無理して身体を壊してはいけないだろうと

思うのた。


 要は金銭や健康面において、バランスを取れた生活をすれば良いんじゃないか、そんな風に考えている。

 これまでの人生を振り返ると、世の中とか人間とか自分も含めて、分からない分からない、なにがなんだか分からない、というのが実感だ。


 いずれにしろ明白なのは、誰もが皆いつかは死ぬ。今朝、新聞のお悔やみ欄を見ていたら、高校の同級生の名前があった。六十ちょい過ぎで逝ってしまうなんて、ちょっと早すぎる感じだが、彼には彼なりの事情があったのだろう。合掌。


 いつかは死ぬんだから、身体を壊さない程度に焼酎を飲み、家族や周りの人から温かく見送られたいもんだ。――なんてカッコイイことを思いつつも、いざその時が来ると、生きることに執着する自分だったりして、などと想像しニヤける純三だった。


 まあ、それまでは出来るだけ目立たないようにして、余計な役員などにならぬよう、息を殺して生きていく。しかしそうかといって、やるべき役をせず好き勝手なことばかり言って、あいつは狡いと、後ろ指を指されないようにしたい。

 


 純三は、スーパー銭湯の風呂から上がり、休憩室でノンアルコールビールを飲み干し、ゴロ寝をする。しばらくして目が覚め、まず頭に浮かんだのは、腹が減っただ。良し今日の昼飯は、ここを出て回転寿司しかないように思った。マグロ、サーモン、イカ。鉄火巻きを忘れてはいけない。

彼の頭の中で、いろんな寿司が巡って、もはや、一切の雑念は彼の脳から飛び散った。





ありがとうございましたm(__)m

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― 新着の感想 ―
読みやすく、面白かったです。生き方は人それぞれ、純三さん在り方はいっそ清々しく思えます。
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