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未来を壊した英雄 〜Sランクの俺が世界を滅ぼすまで〜

作者: アポロ
掲載日:2026/04/29

俺の名前は――リオ。

この国で最年少のSランク冒険者だ。


ギルドに入れば、誰もが俺に道を開ける。

受付嬢は目を輝かせ、冒険者たちは羨望と嫉妬を混ぜた視線を向けてくる。

依頼は俺が受ける前に、わざわざ“リオ様専用”として回されるほどだ。


「リオさん、今日も魔物の討伐、お疲れさまです!」

「さすがSランク……あのオーガを一撃なんて……!」


そんな声を聞くたびに、胸の奥がくすぐったくなる。

俺は強い。

誰よりも強い。

この平和な世界で、俺に敵う者はいない。


……そう、本気で思っていた。


ある日、街角でボロ布をまとった老人が手を伸ばしてきた。


「……少し、恵んでくれんか……」


汚れた手。

濁った目。

弱者の象徴みたいな存在。


俺は思わず鼻で笑った。


「働けよ。俺みたいに努力すれば、こんな惨めな生活しなくて済むだろ」


老人は何も言わず、ただ俺を見つめていた。

その目が妙に気に障った。


「なんだよ、その目。文句あるのか?」


老人は静かに口を開いた。


「……お前は、何も知らんのだな」


「は?俺はSランクだぞ。

 魔王が倒されて50年、平和を守ってるのは俺たち冒険者だ」


老人の目が細くなる。

まるで深い井戸の底を覗き込むような、暗い光。


「……50年前の戦いを知らぬ者が、英雄を名乗るか」


「俺が50年前にいれば、魔王なんて余裕で倒してたさ」


その瞬間、老人の表情が変わった。

怒りでも悲しみでもない。

もっと深くて、もっと冷たい何か。


「……そうか。ならば、見せてやろう」


「は?」


老人が手を伸ばした。

その指先から、黒い光が溢れ出す。


「お前の言葉が、どれほど愚かだったかをな」


「ちょ、待――」


世界が歪んだ。

視界が黒に染まり、足元が消え、俺は底のない闇へと落ちていった。


最後に聞こえたのは、老人の低い呟き。


「未来を壊すのは、いつも傲慢な者だ」


世界が闇に沈んだあと、静寂だけが残った。


街角には、ボロ布をまとった老人――老魔導士ザハードがひとり立っていた。

先ほどまでの弱々しい姿は消え失せ、背筋は伸び、瞳には深い深い闇が宿っている。


「……あれほどの傲慢を、久しく見ていなかった」


ザハードは呟いた。

その声は、五十年前の戦場で仲間を失い続けた男の声だった。


彼はかつて、魔王討伐軍の一員だった。

人間が滅びかけたあの地獄を、誰よりも知っている男。


だが、平和が訪れたあと、彼はすべてを失った。

仲間も、家族も、戦う理由も。

残ったのは、戦争の記憶と、深い深い虚無だけ。


そんな彼の前で、若い冒険者が言い放った。


「俺が50年前にいれば、魔王なんて余裕で倒してたさ」


その言葉は、ザハードの胸に刺さった。

怒りではない。

悲しみでもない。


――絶望だ。


「……平和とは、かくも人を愚かにするものか」


禁術《時渡り》――

本来は未来を守るために作られた魔法。

だが今、ザハードはそれを“罰”として使う。


ザハードは杖を握りしめ、震える声で呟く。


「どうか……あの戦場が、お前の傲慢を砕いてくれることを……」


だがその祈りは、誰にも届かない。

そして彼自身も知らなかった。


――この選択が、五十年後の未来を破壊する引き金になることを。


―息が、できない。


目を開けた瞬間、俺は地面に叩きつけられていた。

土の匂いじゃない。

焦げた肉の匂いだ。


「……どこだ、ここ……?」


立ち上がると、視界の先に広がっていたのは――

俺が知っている“平和な世界”とはまるで違う光景だった。


空は黒煙で覆われ、太陽は赤く濁っている。

地面には無数の死体。

人間も、魔物も、区別がつかないほど焼け焦げていた。


「な、なんだよ……これ……」


足が震える。

Sランクの俺が、震えている。


そのとき――


ドォンッ!!


遠くで爆発が起き、衝撃波が俺の身体を吹き飛ばした。


「ぐっ……!」


地面を転がりながら、俺はようやく理解した。


――ここが、五十年前の戦場。


老人が言っていた“本物の戦争”の世界。


「おい!そこの若造!!」


怒鳴り声が飛んできた。

振り向くと、鎧を血で染めた兵士が俺に駆け寄ってくる。


「何してる!前線は崩壊寸前だ!

 戦えるなら武器を取れ!」


「ぜ、前線……?」


「魔王軍が来るんだ!!

 俺たちに逃げ場なんかないぞ!!」


魔王軍。

その言葉を聞いた瞬間、背筋が凍った。


俺はSランクだ。

魔物なんて余裕で倒せる。

そう思っていた。


だが――


地響きがした。


大地が震え、空気が震え、俺の心臓が震えた。


前線の向こうから、黒い影が無数に迫ってくる。


「な、なんだよ……あれ……」


兵士が叫ぶ。


「魔王軍の先鋒だ!! 構えろ!!」


影が近づくにつれ、その正体が見えてきた。


――巨大な魔物。

――黒い鎧をまとった魔族。

――空を飛ぶ悪魔。

――炎を吐く獣。


どれも、俺が知っている魔物とは“別物”だった。


「嘘だろ……こんなの……勝てるわけ……」


その瞬間、魔族の一体が地面に着地した。

地面が砕け、土煙が舞う。


身の丈三メートル。

全身が黒い甲殻で覆われ、目は血のように赤い。


そいつが、俺を見た。


「……弱い」


その一言で、俺の膝が崩れた。


次の瞬間、魔族が腕を振るった。


ズバッ!!


俺の横にいた兵士の身体が、上半身と下半身に分かれた。


血が噴き出し、俺の顔にかかる。


「ひっ……!」


俺は後ずさった。

Sランクの俺が、逃げていた。


魔族はゆっくりと近づいてくる。


「平和の時代の人間か……弱すぎる」


「ま、待て……俺は……Sランクだぞ……!」


魔族は鼻で笑った。


「その程度で誇れるとは……五十年後は随分とぬるい世界らしい」


その言葉に、俺の心臓が止まりそうになった。


――俺の記憶を読んでいる?


「な、なんで……俺のことを……」


魔族は爪を伸ばし、俺の首元に当てた。


「お前のような弱者が英雄を名乗る世界……興味深い」


その瞬間、俺は理解した。


この世界では、俺は“最弱”だ。


逃げようとした。

だが、足が動かない。

身体が震えて、呼吸が乱れて、視界が揺れる。


魔族が腕を振り上げた。


「終わりだ、人間」


俺は叫んだ。


「た、助けて……誰か……!」


その声は、戦場の轟音にかき消された。


そして――


俺の意識は闇に沈んだ。


意識が戻ったとき、俺は冷たい石の床に転がされていた。


身体が動かない。

腕も、足も、指先すら。


「……っ……!」


声も出ない。

喉に何かが詰まったように、息だけが荒く漏れる。


暗い部屋。

湿った空気。

鉄の匂い。


そして――


「目を覚ましたか、人間」


低い声が響いた。


視線だけを動かすと、そこには黒いローブをまとった魔族が立っていた。

先ほど戦場で見た“兵士”とは違う。

知性の光を宿した、研究者のような魔族。


「お前は興味深い存在だ。五十年後の世界から来た……そうだな?」


俺の心臓が跳ねた。


――なぜ知っている?


魔族は笑った。


「お前の記憶を覗いたからだ」


その言葉に、背筋が凍った。


「人間の脳は脆い。少し魔力を流し込めば、簡単に開く」


魔族は俺の額に手をかざした。


ズンッ……!


脳の奥に、何かが無理やり入り込んでくる感覚。

痛みではない。

もっと嫌な、もっと深い侵入。


「やめ……やめろ……!」


声にならない声が漏れる。


魔族は淡々と呟く。


「ふむ……五十年後の世界はこうも平和か。魔王様は倒され、人間は繁栄し、そして弱体化……」


俺の記憶が、勝手に引きずり出されていく。


ギルド。

街。

人々の笑顔。

俺が“英雄”として扱われていた日々。


魔族は鼻で笑った。


「なるほど。五十年後の世界は……随分とぬるいな」


胸が締め付けられる。


「お前のような弱者が英雄を名乗れるほどに、な」


その言葉は、戦場で聞いたものと同じだった。

だが今は、逃げ場がない。


魔族はさらに続ける。


「興味深いのは……お前がどうやって五十年後から来たか、だ」


俺の心臓が止まりそうになる。


魔族は俺の記憶を覗きながら、ゆっくりと結論に辿り着いた。


「……ふむ。人間の魔導士が禁術を使ったのか」


ザハードの顔が脳裏に浮かぶ。


魔族は笑った。


「ならば――我らも使えるはずだ」


その瞬間、俺の呼吸が止まった。


「五十年後の世界に行けるのなら……征服は容易だ」


魔族の目が赤く光る。


「魔王軍が全盛期のまま、五十年後の弱体化した世界へ侵攻する。抵抗などあるまい」


俺は必死に首を振ろうとした。

だが身体は動かない。


魔族は俺の顔を覗き込み、冷たく言った。


「安心しろ。お前には“役目”がある」


その手が俺の首元に触れた。


「未来へ行く際、お前にも同行してもらう。もちろん……身体は不要だがな」


そして――


俺の意識は、再び闇に沈んだ。


――意識が戻った。


だが、身体の感覚がない。


腕も、足も、胸も、腹も……

何も、ない。


あるのは、冷たい空気が頬を撫でる感覚だけ。


「……っ……!」


声を出そうとしたが、喉が動かない。

いや、喉そのものが存在しない。


視界の端に、黒い影が揺れた。


「目覚めたか、人間」


魔族の研究者――あの冷たい目の男が、俺を見下ろしていた。


「安心しろ。お前は死んでいない」


その言葉が、最悪の意味を持つことを、俺はすぐに理解した。


魔族が手を伸ばし、俺の“視界”を持ち上げる。


その瞬間、俺は見た。


自分の身体が、ない。


床に転がっているのは――

血に濡れた、俺の“首”だけだった。


「ひっ……ひ……!」


声にならない悲鳴が、心の中で響く。


魔族は淡々と説明した。


「お前の身体は不要だ。未来へ行くのに、脳と意識だけあれば十分だからな」


俺の首の断面には、黒い魔法陣が刻まれていた。

そこから魔力が流れ込み、俺の意識を無理やり繋ぎ止めている。


「死なせて……くれ……」


心の中で叫ぶ。

だが魔族には届かない。


「さて、人間。お前の記憶のおかげで、未来への道が開けた」


魔族は部屋の中央に立ち、巨大な魔法陣を展開した。


黒い光が渦を巻き、空間が歪む。


「五十年後の世界……征服する価値があるか、確かめに行こう」


魔族たちが次々と魔法陣に入っていく。

俺の首も、魔力で宙に浮かされ、その中心へと運ばれる。


逃げられない。

目を閉じることすらできない。


「やめろ……やめてくれ……!」


心の叫びは虚空に消える。


魔族の将が俺を見下ろし、薄く笑った。


「安心しろ、人間。お前は“証人”として連れていく。未来が滅ぶ瞬間を、その目で見届けるのだ」


黒い光が爆ぜた。


世界が歪み、空間が裂け、俺の視界は白に染まった。


そして――


俺たちは、五十年後へ飛んだ。


光が収まったとき、俺の視界はゆっくりと焦点を取り戻した。


最初に見えたのは――灰色の空だった。


雲ではない。

煙だ。

街全体を覆い尽くすほどの、濃く、重い煙。


魔族の将が俺の首を掴んだまま、ゆっくりと歩き出す。


「ここが……五十年後の世界か」


その声は、満足げだった。


俺の視界が揺れ、地面が見える。

瓦礫。

崩れた建物。

焼け焦げた木材。

黒く固まった血の跡。


ここは……俺が知っている街だ。


冒険者ギルドがあった場所。

子どもたちが走り回っていた広場。

商人が店を並べていた通り。


そのすべてが、跡形もなく壊れていた。


「……嘘だ……」


声は出ない。

喉がないから。

でも心の中で叫んだ。


魔族の将は、俺の首を高く掲げた。


「抵抗の痕跡は……ほとんどないな」


研究者の魔族が瓦礫を踏みながら言う。


「当然だ。五十年後の人間は弱い。

 魔王様が倒された後、戦う理由を失った。

 鍛錬も、技術も、魔法も衰えた」


魔族の将は笑った。


「お前の記憶通りだ、人間。ぬるい世界だった」


俺の胸が締め付けられる。


俺が……

俺が連れてきたんだ。


魔族はさらに歩く。

俺の視界が左右に揺れ、破壊された街の全貌が見えてくる。


家はすべて崩れ、黒焦げになり、骨のように折れ曲がっている。

地面には巨大な爪痕が刻まれ、魔族の旗が突き立てられている。


人の姿はない。

生きている者も、死体すらも。


「……誰も……いない……」


心の中で呟く。


魔族の研究者が淡々と言う。


「人間は逃げたのだろう。だが、どこへ逃げようと同じことだ。魔王軍の前では無意味だ」


魔族の将は俺の首を地面に向けた。


「見ろ、人間。これが五十年後の世界だ」


俺の視界に、崩れた冒険者ギルドが映る。


俺が毎日のように出入りしていた場所。

受付嬢が笑顔で迎えてくれた場所。

子どもたちが俺を見て憧れの目を向けていた場所。


その建物は、半分が崩れ、残りは黒く焼け落ちていた。


風が吹き、灰が舞う。


その灰の中に――

焦げたギルドカードが落ちていた。


名前は読めない。

でも、形は見覚えがある。


俺と同じように、ここで冒険者として生きていた誰かのカード。


「……やめろ……やめてくれ……」


心の叫びは、誰にも届かない。


魔族の将が俺の首を地面に置いた。


「人間。お前の記憶は役に立った。未来を征服する道を開いてくれたこと、感謝する」


その声は、皮肉でも嘲笑でもない。

ただの事実を述べる声。


だからこそ、余計に残酷だった。


俺の視界に、崩れた街が広がる。


平和だった世界。

俺が守るはずだった世界。

俺が“英雄”として生きていた世界。


そのすべてが、俺のせいで滅んだ。


魔族たちは背を向け、街の奥へと歩いていく。


俺は、首だけのまま、置き去りにされた。


動けない。

死ねない。

目を閉じることすらできない。


ただ、滅びた未来を見続けるしかない。


灰が降る。

静かに、ゆっくりと。


その灰の中で、俺は涙を流した。


頬を伝う涙は、地面に落ちて消える。


俺は呟いた。


「……こんなはずじゃなかった……」


その言葉を最後に、俺の意識は深い闇へ沈んでいった。

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