第2話:満月は、お節介のシグナル
「……はぁ。またこの時期が来てしまったわ」
夜間警備の仕事へ向かう前、ルナは鏡の前で溜息をついた。
数日前までの新月期には、影のように静かに過ごせていたというのに。今、鏡に映る彼女の銀髪は内側から発光し、瞳には隠しきれないエネルギーが宿っている。
満月期——それは、知的でクールなルナが「超絶お節介な世話焼き」に変貌してしまう、魔の三日間だ。
「ルナさん、お出かけですか?」
リビングを通ると、星の三兄弟の次女・ヒカリがのんびりとハーブティーを飲んでいた。普段なら「ええ、行ってくるわ」と一言返すだけのルナだが、今日は違う。
「あらヒカリ、そのお茶、蒸らし時間が3秒足りないわ。あと、その服の裾、0.5ミリほつれているわね。貸しなさい、今すぐ直してあげる」
「えっ、あ、はい……?」
戸惑うヒカリを尻目に、ルナは超高速で裁縫セットを取り出し、ついでにリビングの棚の埃を指先でなぞった。
「ダメよ、ここは宇宙の縮図なんだから。不純物一つ許されないわ。……そうだ、二階のスバルとホクトの部屋もついでに除菌してこなくちゃ!」
「あ、ルナさん! あの二人の部屋はブラックホールより危険な領域ですから……!」
ヒカリの制止も虚しく、満月モードのルナは一階と二階を往復し、猛烈な勢いで家事を片付けていく。
「ホクト、その家計簿の計算、1円単位で四捨五入しなさい。効率が悪すぎるわ! スバル、あんたは靴を並べなさい。並びがプレアデス星団の形になっていないじゃない!」
「うわぁぁ! ルナさん、今日テンション高すぎだって!」
「非効率です! 誰かこの衛星を止めてください!」
コスモ荘がルナの放つ銀色の光と、怒涛のアドバイスで埋め尽くされていく。彼女自身、心の中では「(やめなさい私、余計なお世話よ!)」と叫んでいるのだが、天体の本能が体を動かしてしまうのだ。
そこへ、仕事から帰宅したサンが玄関を開けた。
「よお、ただいま……って、なんだこの光!? 眩しくて家に入れねえぞ!」
「あらサン、おかえりなさい。顔色が0.2パーセント暗いわね。私が今すぐ特製プロテインスープを作ってあげるわ。いいからそこに座りなさい、この暑苦しい恒星!」
「おい、ルナ! 落ち着けって、お前これ完全に『満月ハイ』だろ!」
サンが慌ててルナの両肩を掴む。サンの体温が、ルナの過熱した情緒を少しだけ中和していく。
「……っ。……そう、そうね。少し、光りすぎたかしら」
ルナはハッとして動きを止めた。銀色の輝きが少しだけ落ち着き、いつものクールな表情が戻ってくる。けれど、頬は少しだけ赤い。
「……ごめんなさい。満ち欠けには逆らえないの。……でも、スープは本当に作るから。……サン、あんた、ちゃんと食べなさいよね」
ツンとして顔を背けるルナ。
サンは頭を掻きながら、「おう、楽しみにしてるわ」と笑った。
翌朝、サンが出勤する頃。
ルナはキッチンに「栄養満点スープ(メモ:完食すること)」という置き手紙を残して、逃げるように自室の遮光カーテンに潜り込んだ。
不器用な月は、明るすぎても、暗すぎても、結局は誰かのことを気にかけてしまうのだ。
(第2話 完)




