第1話:コスモ荘の朝は、いつだって熱すぎる
午前六時。次元の狭間に佇む「コスモ荘」に、今日も容赦のない光が差し込む。
正確には、差し込むのではない。二階の角部屋から、物理的な熱源が這い出してくるのだ。
「よっしゃあ! 燃えてきたぁあ!!」
サンの叫びと共に、目覚まし時計がドロリと形を失った。今月で三台目だ。
金髪を常に逆立たせた男、サン。銀河系エネルギー供給会社に勤める彼は、文字通り「朝の化身」である。彼が起きることは、この家、ひいてはこの近傍銀河に朝が来ることを意味していた。
「……暑苦しいわね」
一階のキッチンで、銀色の髪を揺らしながらルナが溜息をついた。夜間警備の仕事を終えて帰宅したばかりの彼女は、新月期に近いせいか、いつも以上に気だるげだ。
「お、ルナ! おかえり! 今日もいい夜空だったか?」
階段を駆け下りてきたサンが、満面の笑みでルナの肩を叩こうとする。その瞬間、ルナの周囲の空気が一瞬で凍りついた。
「触らないで。今の私は『新月』に向かっているの。あなたの熱に当てられたら、影も形もなくなってしまうわ」
「おっと、すまねぇ! ついつい出力が上がっちまって」
サンが慌てて手を引くが、彼が通った後のフローリングには、うっすらと焦げた足跡が残っている。
サンは悪びれる様子もなく、焦げた食パンをトースターから取り出した。彼が触れるだけでパンは完璧な(あるいは過剰な)焼き色を帯びる。
「おいホクト! スバル! ヒカリ! 朝飯だぞ、起きろー!」
「……朝からデシベルが高すぎます。効率が悪い」
二階の相部屋から、マッシュヘアのホクトが眠そうな目を擦りながら降りてくる。その後ろでは、長男のスバルが「よっしゃあ、朝飯!」とサンと同じテンションで空回りし、次女のヒカリが「あら、サン、また天井が少し焦げてますよ?」と、にこやかに毒を吐いている。
これが、築138億年のシェアハウスの日常だ。
「じゃあ、俺は行ってくるわ! ルナ、ゆっくり寝ろよ!」
「……言われなくてもそうするわよ」
サンが玄関のドアを開けると、一瞬だけ外の次元が真っ白に輝いた。
彼が仕事(エネルギー供給)に行かなければ、世界は始まらない。だが、彼が家にいると、この家はいつも少しだけ騒がしくて、熱すぎる。
バタン、とドアが閉まり、コスモ荘に束の間の静寂が訪れる。
ルナは遮光カーテンをきっちりと閉め、サンが残していった「熱気」の余韻を、少しだけ名残惜しそうに、けれど全力で追い出すように、深い溜息と一緒に吐き出した。
「……さて、不器用な太陽がいないうちに、少し眠らせてもらうわ」
銀河の端っこ。今日もこの場所から、壮大で矮小な一日が始まっていく。
(第1話 完)




