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カタリナとは別れ、長い長い石の回廊を抜け、王室へと続く扉の前で足が止められた。
「宰相閣下。王がお待ちです」
衛兵の声には敬意があった。忠誠的ではないが、職務的なものだ。
「あなたは王に関してどう思っていますか?」
衛兵は質問されると思っていなかったのだろう。顎に手を当て考え込む仕草をした。
「そうですね…王はとても優しき方だと思います。常に民のことを考えてくださっている。王が怒っているところは一度も見たことがありません。」
「優しさだけでは王に向いていません」
「えぇ、そうかもしれません。しかし、怖い王よりも優しい王の方が私は好きです」
「ありがとうございます」
確かに、王には優しさが必要だ。しかし、それと同じだけ厳しさも必要になる。王は全ての決断を迫られる。時には厳しい決断をする必要があるが、優しいだけではそれができない。そして決断から逃げる事になる。
扉が開く。王室は驚くほど静かだった。謁見の間ではなく、王が長い時間を過ごすための居間に近い。火の落ちた華美な暖炉。磨かれて黄金に輝く調度品。それらと距離を置いた静かな窓辺に王は立っていた。外を見ているが、決して景色を見ているわけではない。
王妃はテーブルの側にいた。書類を整えながら、私が入ってきたのを見て、歓喜の笑みを浮かべる。
「ほら、早く入って。お疲れでしょう。ティア。一緒にお茶でも飲みましょう。エルフの村で育てられた茶葉が手に入ったの。」
その声は柔らかい。議場では決して聞くことができなかった声だ。王妃は私の前にティーカップを置き、お茶を注いだ。
私が何も答えず、ティーカップを眺めていることに王妃は少し戸惑っていたが、理解したのか声の調子を落とした。
「三部会は…荒れましたか?オーギュストは戻ってきてからこの調子ですし…」
「想定通りです。特に問題はありませんでした」
王が振り返り、苦笑する。
「皆、よく喋る。だが、何も決まらなかった。決まったのは君に責任を押し付けるという事だけだ」
王は目を伏せた。
「…すまない」
一体、その謝罪に何の意味があるのだろうか?謝罪を貰ったところで何かが覆るわけでもない。事がうまく運ぶようにもならない。ただ謝罪によって、相手に申し訳ないとアピールできるだけでしかない。
「問題ないです。それが私の、管理職として、宰相としての責任です」
王は何も答えない。答えれない。王にとって荷が重すぎるからだ。王妃はその空気管に耐え切れず、別の話題に切り替えた。
「私も最初はびっくりしたんですよ?ティアが宰相になりたいなんて言うなんて。まだ貴方はそこまで大きくないし…貴方の頭の良さは理解していますよ?宰相でもやっていける。でも、ねぇ…」
王妃は言葉を探すように、ティーカップを持ち上げ、また置いた。
「責任は、頭の良さや覚悟だけで背負えるものではないのよ?」
その声は決して責めてはいない。私に対して最大限の愛情によるものだ。
「しかし、誰かが責任を取らないといけません」
「貴方は、私たちを憎んでいるのでしょうね。民の前では善き王オーギュストだ、善き王妃ヨハンナだといい顔をしておいて、魔素減少の責任も取ろうとしないし、解決も見つけようとしていない」
王妃は、ゆっくりと息を吸う。
「私は、あなたに憎まれても構わないと思っているの」
王が、はっと顔をあげ、王妃を見つめる。
「誰かが、汚れ役を引き受けなければならないでしょう?」
一体、誰のことを言っているのだろうか?責任を引き受けた私の事か、それとも王と王妃自身の事なのか。
「協会と均衡保全院へ行くのだな」
黙って聞いていた王が口を開いた。
「はい」
「そこで見た光景に対し、ハイパティア卿が行う全行為に対し、私は承認する」
「ありがとうございます」
既に歯車は回っている。決して逃げることは叶わない。
私はティーカップに一度も口を付けず、その場を後にした。
「はぁ、ティアは既に私たちの手を離れてしまったのですね」
「ティアは賢い。私たちが出来損ないであるが故に彼女に負担を背負わせてしまった」
王はそう告げると、先ほどまでハイパティアが座っていた席に寄り、背もたれをそっと撫でた。既にさってしまった熱を、王は感じ取れなかった。
「ティアを拾った時からそうでしたね。彼女は困った事があるとなんでも一人で解決していた。私たちも彼女を見習うべきでしたね」
「ヨハンナよ。もし、最悪の事態になったら私はどうしたらいいと思う?」
王妃はその質問に対し、さも当然のように告げた。
「言わなくてもわかっているでしょう。何もしないことです。それが、王にできる最善です」
「ティアに何かあってもか?」
「えぇ、出来ることは既にありません」
「それは…難しいな」
「ええ、本当に」




