4
最初に立ち上がったのは、王国教会大司教、モーリーだった。
「魔素は神の恩寵である!」
断定的な声が天井に叩きつけられる。彼の着るカソックの赤紫が、議場に色を指す。
「その恩寵が薄れているという事は、人の側に問題があるという事に他ならない!
信仰の乱れ、秩序の崩壊、日々の怠慢、祈りの形骸化。神よ、民にお許しを!!私たちに救いを!!」
その言葉を受け、平民議長、バイイが席を立つ。
声は静かだが、迷いはない。
「それは因果に基づいてですか?」
その一言と同時に聖職者席と貴族席からは不満の声が上がる。
バイイは続ける。
「もし因果が示せていないのであれば、それはあなたの憶測です。憶測で発言するのが議会の本位なのですか?」
平民席からは称賛の声が数多く上がる。
対立が、はっきりと形をとった。
「信仰により、神は我々に最適な結果を告げてくださる!人の理屈で神の御業を測ろうとすることこそ、傲慢である!」
「ではーー」
バイイは声を荒げない。それがかえって、場の対立を深めている事に彼は気づいていない。
「その最適な結果とは、誰にとっての最適ですか?」
ざわめき。
「神にとってだ!」
モーリーは即答する。
「それはそうですか。私は敬虔な信者ではないので、一つ言わせていただきます。ここは、王国三部会です。人の議会です。神の議会ではない。」
聖職者席から怒号が飛び交う。
「冒涜だ!神を議会に持ち込まずして何を語る!」
その熱狂を破ったのは、聖職者でありながら第三身分に立つもの、シエイエスだった。
「問題は、神か否かではないのでは?」
穏やかな声だった。だからこそ、よく通った。そして議場は驚きから静かになった。
「魔素は私達王国の人間全員に必要なものです。魔素なしでは私たちは魔法を行使することができません。」
シエイエスは一拍置いた。覚悟を示すかのように。
「にもかかわらず、協会及び均衡保全院による魔素使用料、分配基準、その内実は国民には公開されていません」
聖職者席から、貴族席から、平民席から、私と王を除くほとんど全ての席からざわめきが走った。
王国協会教皇、タレーランがゆっくりと重い腰を上げ、杖を突き立ち上がった。
「管理されていることに関しては…否定しない」
空気が凍る。
「王国の均衡を保つため、専門機関が魔素を管理しているのは事実である。であるな?王よ」
王はただ悲しそうな目で「そうだ」と答えた。
「しかし、全てを即時に公開することは、王国の安定を著しく損なうであろう。それは国民も望んでいない。感情が先行すると秩序は崩れるぞ」
老獪なタレーランは視線を議場全体に巡らせる。
「段階的な公開は検討の余地があるだろう。だが、いまではないじゃろうて」
肯定と否定を同時に刺す発言だった。
バイイは苦い顔をしながら絞り出すように発言した。それもそうだ。教皇が直々に先送りにすると宣言した。この議会において、国民派は既に遅れをとった。
「しかし、秩序の前に、国民が崩壊してしまいます」
そこへ、荒い、野太い声が割り込む。
「無知なものに、国家運営を任せようとするからこうなるのだ!」
貴族席、モンモランシーからだった。
「国民が議場に踏み入ることは許可したが、運営を行おうだなどと思わぬことだ!」
嘲るような笑み。
「魔素が足りないのであれば、民が我慢をすればいい。それが秩序だ」
議場の温度が確実に下がった。王ですら目元に皺を寄せた。
「無知であると自覚せずにいる方が愚かな事さ」
低く力のある声。貴族席ミラボーが立ちもせず発言する。
「何を言うかと思ったら、つい最近、たまたま商売が上手く行ったからと貴族になられたミラボー殿ではないか。あなたはまだ貴族とはなんたるかを知らないだけでは?」
「何が貴族だ、くだらん。少し学んだ程度で馬鹿な事を。」
彼は議場を見回した。
「魔素が足りないのは事実だ。だが、俺たちはその不足の責任を誰が引き受けるかも話し合わず、くだらない議論ばかり語っている。打開案も解決策も無く、貴重な時間を浪費しているだけだ」
正論だった。だがそれだけでは解決策までは踏み込むことができていない。
沈黙。
そして、王が口を開いた。
「ハイパティア卿…貴殿はどう思っている?」
全ての視線が、私に向く。
「ハイパティア卿」
王が再度口にする。逃げ場はなかった。
責任が下りてくる。いつもの会議と同じだ。誰もが責任を取りたがらず、好きなように発言した後、他人が責任を取ってくれることを望む。嫌な空気だ。私は一拍だけ考えた。そして前に出た。
「議論は十分です。私が、教会及び均衡保全院について実態を調査し、報告を行います」
聖職者席から露骨な嫌悪が走る。
「なぜ、閣下がー」
「これは、私の宰相による権限に基づくものです。王の承認のもと実行します。問題はないですね?」
王が、ゆっくりと頷いた。
「…承認する。本日の王国三部会はこれにて終了する。ハイパティア卿は後、王室は来るように」
こうして王国三部会は、無事保たれた。今日だけは。




