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確かに私は電車に撥ねられ、死んだと思う。しかし私は白い場所にいた。不思議と動揺はなかった。心は落ち着いていた。まるで私一人だけが会社に残り、残業をしているかのような妙な静けさに近い。
この場所に関して少し考えてみよう。神や天使がいる訳ではないからここが天国という訳ではないだろう。メタトロンに変容させられるという訳ではなさそうだ。
だったら地獄だろうか?いや、それも簡単に否定できる。ヒエロニムス・ボスや、あらゆる画家が描く地獄とは全く異なっているからだ。
———
訂正
天国か地獄か、別の何かかどうかに対しての判断材料には、より重要な検証が必要だ。早急に結果を出すべきではない。
何故なら、そこに”いる”ものがあるからだ。
姿は見えない。だが、確かにいると感じるし、見えている。存在がそのまま空間となっている。
私は苦笑した。
「それではまるで神…じゃないですか」
その存在が神である蓋然性はないが呼称としては相応しいかもしれない。神は返事がない。ただ、大きな圧を感じる。
存在そのものの重さ。私は思わず目を覆いそうになったが、誰の前にいるかを思い出した。
私はつばを飲み込み、次にいうべき言葉を模索した。ここでも仕事の癖を捨てることはできなかった。
「確認させてください」
僅かに神の圧が増した。
「あなたが神だとして、この世界で起きている不幸や理不尽——それらの責任をあなたは取っているのですか」
沈黙。
「とっていないのであれば、私が持ち得る結論は簡単なことです。」
大きく息を吸う。
「存在していても、いないのと同義です」
空間が歪み、刻まれ、崩落した。足元がぐらつく。世界が鼓動する。
蹌踉とした私の頭に、直接言葉が叩きつけられる。
「責任 管理 己の尺度 ――適用を開始」
その瞬間、私は理解した。これは決して神による懲罰でもなく、ましてや報復でもない。これは移譲だ。
ふは、ふはは。やはりそうだ。神は世界に対して責任を取るつもりなんて一切ないんだ。だから私は神を否定している。中指を立ててこうつぶやこう。
「神まじくそったれ」
———
世界が私を掴んだ。再び、落下。落下。自由落下。だが今度は終着点がある。私は落ちながら一つだけ思った。
「…結局これも異動の一つか」
次に目を開けた時、私は自分の手を見ていた。白くて若い、疲れを知らない健康的な体だ。元の体ではない。そして感じる。この体には過去がある。
周囲には人がいた。皆、私の前に跪いている。聞きなれない言葉が自然に理解できた。
「ハイパティア卿、如何しましたか」
その瞬間、私は理解した。やはり神は私を救うつもりもなく、ましてや責任を取るつもりもない。管理者としての私の尺度を世界に適用させようというのだ。
私は、小さく笑った。弱弱しい、管理職らしい笑みだった。
「…それではまず、状況確認から始めましょう」




