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7.縮まぬ距離

「お兄ちゃん、行ってらっしゃ~い!!」


 朝、家を出る私に、妹の真凛が笑顔で言う。


「ああ、行ってくる」


 妹の中学より少しだけ登校時間が早い。こうやって彼女に見送られるのが我が家の日課にようになっている。私は玄関でじっとこちらを見つめる彼女に気付き尋ねる。



「どうしたんだ? 真凛」


 茶色の髪は別として、その大きくてくりっとした青い目はまさにマリそのもの。その瞳に見つめられると、どうしても私は感傷的になってしまう。真凛が笑顔で答える。


「えーっとね、真凛のお友達がね、お兄ちゃんのこと『カッコいい!』って言ってたよ」


「そ、そうか。それは嬉しいな」


 髪型や身だしなみ、所作についても『田中玄人』に迷惑をかけぬようよう気を付けている。故にそう言って貰えるのは非常に嬉しいことだ。真凛がのぞき込むようにして尋ねる。


「で~、お兄()はぁ~、どう思ってらっしゃるのですか~??」


 半分揶揄うような声色。そんな質問を楽しむかのように真凛が私を見つめる。



(お前を愛している。……なんて、今はまだ言えないな)


 もし仮に真凛が私の愛する『マリ・アンジェラス』であったのならば、妹とか家族と関係なしに私は彼女と一緒になる。幸い真凛とは血の繋がらない間柄。あらゆる手段を使って私は彼女を手に入れるだろう。だが今、私は彼女の兄。その結論を出すには早すぎる。



「嬉しいさ。でも私が好きなのはお前だよ、真凛」


 そう言って私は、彼女の真っ白な頬に手を添えて優しく答える。目を大きくして驚きながら真凛が答える。


「お、お兄ちゃん。ありがと……」


「うん。じゃあ行ってくるね」


 私は知らない。真凛が腰砕けになってその場に座り込出しまったことなど。






(真凛のことは大好きだ。もし仮に彼女がマリであったとしたら、私は何の躊躇いもなく彼女を愛すことができるだろう。でも今は大事な妹として接したい)


 これが本音だ。今は家族として一緒に過ごしたい。『田中玄人』になったばかりの私にはその時間も必要だ。



「やっほー、玄人~!!」


 朝の涼しい空気の中。駅へ向かう私に後ろから元気な声が掛けられる。


(一ノ瀬マリエ。『田中玄人』の幼馴染か)


 日に焼けた肌に、青髪のポニーテール。とても元気な彼女は、朝からエネルギッシュだ。



「おっは~!! 玄人っ!!」


 そう言って私の背中をドンと叩くマリエ。私は戸惑いながらも彼女の目の下のほくろを見て、そこにマリを感じてしまう。


「おはよう、マリエ」


 静かで、そして知的な挨拶。マリエは私の隣に立ち、顔をまじまじと見て言う。



「ほんとにイメチェンしたね~。もう全然()()()っぽくないじゃん!!」


(オタク? 何だそれは? まさか私はオタクと言う種族だったのか……?)


 初めて聞く言葉。マリエに尋ねる。


「私はオタク……、だったのか?」


 ちょっと驚いた顔でマリエが答える。


「そうだよ! あ、それも忘れちゃったんだ。いっつも『オタクにだって矜持プライドがある!』って言ってたじゃん。本当に大丈夫なの~??」


 そう言ってマリエは私の頭を撫でながら尋ねる。



(オタク……。なるほど、私は誇り高き『オタク族』だったのか……)


 少しずつこの世界が分かってきた。ツンデレ族にギャル族、そして私はオタク族。やや名称は異なるが、この世界にも多種多様な種族がいるようだ。歩き出したマリエが尋ねる。



「それでもう体は大丈夫なの?」


 そう尋ねるマリエ。艶のある青髪のポニーテールより、やはり目の下のほくろに私の視線が向く。


「ああ、心配ない。今度検査に行かなければならないが」


「ふ~ん、でも怪我とかなくて良かったよ。ちょっと、いや、だいぶ雰囲気、話し方とかも変わっちゃったけどね!」


「そんなに変わったのか?」


「変わったよ!! 幼馴染の私が二度見してやっと『玄人』だと分かるレベルでね!!」


「そうか……」


 確かに『田中玄人』はあまり身だしなみに気を遣わない人物だったかもしれない。私が言う。


「よければ記憶を失う前の『私』のことについて教えてくれないか?」


 マリエはちょっと驚いた顔をしてから、笑顔になって元気に答える。


「うん。いいよ!! じゃあね……」


 駅に向かいながらマリエが話し始める。私はそんな彼女の美しい横顔を見つめながら話を聞く。



(マリ……)


 一生懸命話してくれたマリエ。ただ私は時々笑ったりする彼女を見て元気だった頃のマリを思い出してしまい、その話の内容などほとんど頭に入って来なかった。






「おはよー!!」

「あ、おはよう!!」


 高校に着いた私はマリエと別れ、教室へと向かう。朝の澄んだ空気が漂う校舎。世界は違えど学び舎の雰囲気と言うのはどこも似たようなものである。



(あっ)


 私は階段の先に現れた赤髪の少女の後姿を見て体に電気が走る。


(マリナ……、百瀬マリナ)


 赤い目と赤髪以外のすべてがマリそっくりな彼女。姿を見るだけで、もう細胞レベルで私の体が反応する。


(さて。どう声をかけるべきか……)


 ただ残念なことに、私は彼女にその細胞レベルで嫌われてしまっている。生前の『田中玄人』が一体彼女に何をしたのだろうか。これほど嫌われる何か特別なことをしたのだろうか。それともツンデレ族とオタク族は、そりが合わないのだろうか。



「あっ」


 階段を上り切ったマリナが私の存在に気付き小さく声を出す。


「お、おはよ……」


 紳士たる私が何と言う消極的な声の挨拶。そんな気持ちを見透かしてか、マリナはやや驚いた表情を浮かべ、ぷいと顔を背けて走り去っていく。



「……」


 何と言うことであろう。マリナとは会話すら許されないのか。私はこんな関係にしていた生前の『田中玄人』を恨めしく思った。





(どうしよ、どうしよ、どうしよーーっ!! いきなり後ろから奇襲だなんて!!!)


 マリナは真っ赤に染まった顔を両手で押さえながら廊下を駆ける。突然の玄人の出現。最近彼のことが気になってあまり眠れず、寝不足の頭で油断していた先の襲撃。

 マリナはいつも通りトイレの個室に入り、鍵をして何度も深呼吸する。


(何で逃げちゃうの!! 何でもっと話さないの。なんで挨拶の返事もできないの!!)


 マリナは態度とは真逆の自分の行動に頭を抱えて落ち込む。今まで全く気にならなかったクラスメイトの田中玄人。だが彼の存在が突然自分の胸を撃ち抜き、未だその心地よい余韻が体を包み込んでいる。



(カッコいい、カッコいい、カッコいい、超カッコいい……)


 マリナはトイレの個室で一人自分を抱きしめながら内心叫ぶ。



(好きっ!!!!!)


 終いにはトイレの壁に頭を何度も叩きつけ、その気持ちを新たにした。






(どうすればいいのだ。会話すらできないようではマリナを知ることすらできない……)


 私は悩んだ。百瀬マリナは間違いなく『マリ』の候補の一人。しっかりと仲良くなり、検証を重ね結果を導き出さねばならない。最強魔導士と呼ばれた私でも、そのほとんどが攻撃魔法ばかり。回復、特に精神系魔法については全くの専門外。改めて自分の未熟さを痛感する。



(そう言えば明日の土曜日は、病院の再診だな……)


 私は不意に明日、トラックに撥ねられ入院した病院への再診を思い出した。中々縮まらないマリナとの距離。私は学校で全然彼女と話せないことを憂いながら授業の準備をする。

 ただ明日の再診。そこで一気にマリナとの距離が縮むことになろうなど想像もしていなかった。

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