6.ツンデレ族のマリナ
(田中、玄人……)
百瀬マリナは自宅に帰って来てからずっと自室のベッドの上で抱き枕を抱え、顔を赤くしていた。今まであまり気にならなかったクラスメイトの田中玄人。突然自分にとってドストライクのイケメンに変わってしまっていた。
(好き!!)
考えや気持ち、雑念や配慮などすべて置き去りにして彼女を支配した言葉。中学からモテている認識はあった。何度も告白もされた。でもすべて断った。見た目だけの男。言葉だけのチャラい男。くどい男。しつこい男。すべて拒絶してきた。だけど彼は違った。
「体にまるで電撃が走ったみたい……」
衝撃的だった。教室で彼と会った時、形容しがたい運命のような衝撃を感じた。
「病院でも会ったな。知られちゃったかな……」
マリナはとにかく田中玄人のことで頭がいっぱいになっていた。明日会うのが楽しみ。同時に怖い。自分が素直になれるのか。この気持ちをしっかりと彼に伝えられるのか。マリナはギュッと抱き枕を抱きしめた。
『マリ活』
そう、それは私『田中玄人』がマリに近付き、マリを懇意にし、マリを愛で、マリを知り、マリに寄り添い、マリを愛すること。五人のマリ。同時に彼女らを愛することはできないが、それでも彼女らを理解し『私のマリ』を見つける。そう、もう戦は始まっているのだ。
(私も、ことマリに関しては十分変態なのかもしれないな)
藤堂ライカは生粋の変態だが、マリのことになると私もそれは否めない。心から愛する女性を前にすれば、男など皆変態になってしまうものだ。
「おはよう、田中。記憶は戻ったか?」
朝の教室。いつも通りに登校した私を見つけ、級友が声をかける。
「ありがとう。体調はすこぶる良い。ただ記憶は無理かな」
「そうか。分からないことがあったら聞けよ」
「ああ、感謝する」
優しい級友たちだ。私を気遣って声をかけてくれる。とりわけその半数以上が女子生徒だ。生前の『田中玄人』はとてもモテたのだろう。
「あっ」
そんな朝の空気が漂う中、私の目に教室に入ってきた赤髪の女子生徒の姿が映る。百瀬マリナ。真っ赤な瞳と赤髪以外、すべてがマリに似た女性。同時に『マリ活』の最初の目標。
私はすっと席を立ち、登校してきたマリナへ向かって歩き出す。
「おはよう、マリナ。今日もとても綺麗だね!」
爽やかな笑み。王国貴族の中で培ってきた紳士のマナー。相手の尊厳を傷つけず、褒め、警戒心を解き自然な会話へと繋げる。勇者パーティの一員であり、最強魔導士と呼ばれた私の洗練された振る舞い。そこに何の疑いもなかった。
(え?)
教室中の視線が私に向けられる。それは尊敬や賛同と言ったものではなく、どちらかと言うと『引いた』ものに近い。
椅子に座ったまま私を見上げるようにしてみていたマリナが、立ち上がり、その赤髪と同じぐらい顔を赤くして言う。
「バ、バカじゃないの!? ふざけないで!!」
「あっ、ちょっと待て……」
マリナは私にそう怒鳴りつけると、ひとり教室を出て行った。その後クラス中からささやかれる言葉。何を言っているのか私には聞こえなかったが、ひとりの男子生徒が私の肩に腕を回し驚いた顔で言う。
「田中~、お前すげえな」
意味が分からない。私はただ朝の挨拶をしただけ。
「どういう意味だ? 私はただ挨拶を……」
「あの男嫌いの百瀬に、『綺麗』だなんて。ぷぷっ、そりゃ、ああなるよな」
(男嫌い?)
私は百瀬マリナが男嫌いなのだと初めて知った。もし仮にマリが転生しているのならば、私に好意を抱いてくれるはず。違うのか? いや、そう考えるのはまだ早計だ。もう少し実験や行動を重ね、そこから検証、考察をしなければならない。
私は級友に礼を言い、席に戻る。苦難は承知の上。私はマリを決して諦めない。
(な、な、な、なに!? 綺麗って……)
百瀬マリナは顔を真っ赤にしながら女子トイレの個室に逃げ込んだ。気になって気になって昨夜もほとんど眠れなかった。ようやく長い夜を乗り越え会えたと言うのに、いきなり『綺麗』とは。
(びっくりした。びっくりした。ちょー恥ずかしい……、でも、好き!!!)
想いが確信に変わる。いきなり慣れない言葉を投げ掛けられあんな塩対応してしまったが、本当はもっとあの甘美な言葉に酔いしれていたい。『田中玄人』と見つめ合い、二人だけの甘い時間を共有したい。もっと絡み合いたい。マリナはひとりトイレの中で妄想に耽った。
(意外であった。あの百瀬マリナが男嫌いだとは……)
確かに前世でも男嫌いの令嬢は稀に存在した。ただ貴族の社交界。最低限のマナーを持って皆が接してくれた。ただ諦める訳にはいかない。彼女がマリの転生者ならばきっと私のことを思い出してくれるはず。どうすればいい? 私は真剣に考える。
(そう言えば彼女は『ツンデレ族』と言う種族だと聞いた。その族の長に会うことができれば、何か解決の糸口が掴めるかもしれない……)
素晴らしい考えだ。族長に会って彼女を理解する。ツンデレ族について学ぶ必要もあるだろう。教室の前の方で座って授業を受けるマリナの赤い髪を見つめながら、私は次の作戦を練った。
「ちょっと聞きたい。ツンデレ族の族長に会いたいのだが……」
お昼時間。私はよく話をする級友に質問した。いつも気遣ってくれる彼。きっと問題解決につながる答えを期待した。だが、それは大きく期待に反するものであった。
「は? ツンデレ族の族長? 田中……、お前、頭、大丈夫か??」
想定外の言葉。意味が通じないのか。彼は決してふざけているようには見えない。
「ツンデレ族、知らないのか?」
「知るか! 何の話だよ、それ? ゲーム?? って言うか、もう一度病院行った方がいいぞ?」
「そ、そうか。すまない……」
私は落ち込んだ。ツンデレ族に関する情報は規制されているのか。それとも何か秘密結社的な組織なのだろうか。とにかくツンデレ族の族長に会うことはとても困難なことだと分かった。
(無力だ。今の私は『田中玄人』であり、クロード・マジシャスではない)
魔力も不安定。地位も名誉も金もない。情けない。自分がこんなに小さく思えるのは随分久しぶりのことだ。
(マリナ……)
そんな私の目に友人と楽しそうにお昼を食べる百瀬マリナの横顔が映る。美しい。笑った顔も生前のマリにそっくりだ。私は思った。
(何をしている。こんなことでマリを諦めるなど有り得ないだろ!!)
まだ始まったばかり。考えろ。考察しろ。思い出せ。彼女に繋がる何かを。
――病院
(あっ)
私の脳裏に、病院のロビーで会ったマリナの姿が思い出される。
(病院と言うことは、何かの病気なのだろうか?)
私が目覚めた病院はそれなりの規模であった。風邪や擦り傷などの軽傷ではないはず。決まった。私は『百瀬マリナ攻略』の糸口がそこにあると確信した。




