51.不甲斐ない私を許して欲しい
「万里子……」
久しぶりに訪れた読書部の部室。そこに居た万里子は、私の姿を見ると涙を流しながら抱き着いた。甘い女の香り。震える体。私の思考が一瞬停止する。
「もう来てくれないかと思ってました。先輩……」
涙声。肩を震わせて泣く万里子に、私は落ち着かせるように言う。
「そんなことはないよ。私は読書部。ここに来て本を読むのが仕事だ」
そう言いながらドアを閉め、万里子を椅子に座らせる。手にしたハンカチで必死に涙を拭く彼女を見ながら私が言う。
「万里子。伝えなきゃいけないことがある」
小旅行での告白。決して積極的ではない彼女の精一杯の行動。それでも私は告げなければならない。いい加減なことはできない。
「……聞きたくない、です」
涙目の万里子が顔を上げて言う。
「万里子……」
「きっとそれは私にとって……嬉しくないお話です、よね……?」
私はその問いかけに対して無言となる。否定はできない。いや、寧ろその通りであろう。黙り込む私に万里子が真剣な顔で言う。
「私、先輩の運命の人になろうと思って頑張っています……。どんな女性が好きですか? 私、先輩の為ならどんな女にもなって見せます」
マリ以外の女性を知らない私にとって、彼女のこの申し出にどう対処していいのか見当もつかなかった。ただ一つだけ分かることがある。それは辛いがはっきりと断ること。
「すまない、万里子。私の運命の人は、もう見つかったんだ。君達、五人には本当に迷惑をかけた。私はどんな罰でも受ける。それが私の償いだ」
自分のことだけしか考えていなかった。マリを探す為、私はそれ以外のことなど気にする余裕などなかった。それがこの結果。万里子には本当に辛い思いをさせてしまった。
「……だったら、私を愛してください。私を好きになってください。それが先輩の、罰。受けてくれますか?」
再び無言になる。私が愛すのはマリただひとり。辛いが万里子のその気持ちには応えられない。
「先輩」
万里子が涙を流しながら笑みを浮かべる。
「冗談です。冗談ですから、そんな辛そうな顔、しないでください。ううっ……」
そう言いながら万里子が再び涙をぼろぼろと流し始める。掛けていた眼鏡を外し、両手で必死に顔を押さえる。私は思わず万里子を抱きしめた。
「ごめん……」
「謝らないで、ください……」
「うん、でもごめん……」
少しの沈黙の後、万里子が尋ねる。
「藤堂先生、なんですよね……?」
「……ああ」
「どうして気付かなかったんですか……?」
色々理由はある。私の思い込み、万里子ら『マリ候補』の出現。ただひとつ言えることは間違いなく自分が不甲斐なかったと言うこと。
「どうしてかな……、本当に自分でも嫌になってしまう」
万里子が顔を上げ、涙を拭い、そして言う。
「もう行ってあげてください。藤堂先生、まだ目覚めないんですよね?」
「……うん」
万里子は私の背中を押すようにして言う。
「さ、早く! 早く行ってください!!」
「わ、分かったよ。じゃあ、また」
私がそう言うと万里子は部室のドアをゆっくりと閉めた。私は前を向き真っすぐ歩き出す。辛いが、心から辛かったが、背中を押してくれた万里子に感謝して。
「ふう……」
学校を出た私は思わず小さく息を吐いた。『マリ候補』だとして近付いたみんなには、本当に迷惑をかけた。残りあとひとり。私は小鞠がバイトするファミレスへと向かった。
「いらっしゃ!! あ、玄人。待ってたで!!」
事前に小鞠には今日の夕方に店に行くことを伝えてある。内容は伏せてあったが、彼女の笑みを見る限りまだ気付いていないようだ。小鞠は近くのテーブルを指さし私に言う。
「さ、そこ座りな」
「ああ、じゃあ遠慮なく」
私がソファーに座ると同時に、小鞠がお冷を持ってくる。注文を取る振りをして、小声で私に言う。
「そんで、何の用や? ようやく決心がついたんか?」
小鞠とは高校が違う。だから私があの事件以来学校を休んでいることを知らない。私は水をひとくち口に含んでから小鞠に言う。
「運命の人が見つかった。藤堂先生だ」
「……は?」
メニュー表を持った小鞠の手が止まる。そして確かめるように私に聞き返す。
「意味、分からんで。もう一度聞くけど、あれだけ騒いどった【運命の人】が藤堂先生やったと言うんか?」
「ああ、そうだ。みんなには迷惑をかけた」
それを聞いた小鞠が泣きそうな顔で言う。
「嘘や、そんなの嘘や……」
「ごめん。ようやく気付けたんだ」
バン!!
小鞠が持っていたメニュー表をテーブルに叩きつけて叫ぶ。
「そんなの認めへんで!! うちが玄人の運命の人や!! そうやろ!? 違うんか!! うちだと言ってよ……」
最後は嗚咽交じりで座り込み、両手で顔を押さえる小鞠。賑やかだったファミレスが一瞬静かになり、皆の注目が私たち二人に集まる。
「すまない、小鞠。すべて私が悪い」
謝るしかなかった。不甲斐ない私にはもうそんなことしかできなかった。
「謝らんといて!! 謝るんだったら、うちのもんになってや!!」
「……」
答えることができない。私に好意を抱いてくれていた小鞠。辛い決断なのだが、彼女がマリでないと判明した以上、私の気持ちが向くことはない。
「新田さん! 何をしているんだ!! 申し訳ございません、お客様……」
騒ぎを聞きつけて、店の奥から中年の男性が慌てて駆けつけて来た。この店の責任者だろうか。私に向かって何度も頭を下げ謝罪する。
「大変失礼致しました。わたくし店長でございます。心よりお詫び致します」
「違うねん、店長!! 玄人は私の恋人や!!」
他の従業員に腕を掴まれたまま小鞠が叫ぶ。店長はそれを聞かぬふりをして再び私に頭を下げる。
「誠に申し訳ございませんでした」
まだ料理も何も注文していない。私は逆に申し訳なくなって頭を下げる。
「いえ、こちらこそご迷惑をおかけしました。もう帰ります。すみません」
私は店長に会釈してその場を去ろうとする。小鞠は他の従業員に店裏にある控室に連れて行かれる。それを目で見ながら、私が内心思う。
(すまない、小鞠。愚かな私を許して欲しい……)
小鞠にも一礼してから、私はファミレスを後にした。
(お店に行ったのは間違いだったかもしれない。彼女の性格を考えれば取り乱すのは明白……)
ファミレスを出た後、私は病院に向かいながらふと思った。小鞠の性格なら容易に想像できたこと。でもできなかった。そう、それだけ私には余裕がなかったのだ。
(マリ、待ってろ。必ず私がお前を呼び戻してやる!!)
事件以来、昏睡状態が続くマリ。ようやく見つけた最愛の人。私のすべてが今そこに向いていた。




