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50.説明行脚

 国の最高峰である国立科学研究所でのその事件は、連日テレビを賑わすニュースとなった。


【ノーバル賞科学者藤堂ライカが同僚に薬物を飲まされる!!】

【原因は恋愛のもつれ!? 美人科学者とイケメン御曹司の裏事情】


 テレビや雑誌は連日このニュースを派手に伝え、皆の興味を引いた。

 ただ犯行を行った竜ヶ崎相馬の動機は不明。何せ本人も薬物を服用し、廃人同様になってしまったからだ。記事では研究所内での左遷や、最近藤堂ライカから冷たくされていたことが面白おかしく書かれているが、もうその真意は誰も分からなかった。



(マリ……)


 私は『藤堂マリ』が横たわる病院のベッドの傍でずっとその寝顔を見ていた。事件から一週間、幸い命に別状はなかったもののずっと昏睡状態が続いている。私はマリの命を救ってくれたこの世界の医療、そして病院の先生方に心から感謝した。


「田中さん、無理はなさらないでね」


 そう私に声を掛けてくれたのは藤堂マリの母親。彼女が倒れて以来ずっと病室で寝泊まりしている。


「お母さんこそご無理をなさってはいけません。一度家に戻られてはどうですか?」


 藤堂マリの家は母子家庭。女手一つで育てて来て、ついに娘の才能が開花したと喜んでいた矢先の出来事であった。顔はやつれ、目の下にクマができたマリの母親が答える。



「そうね……、お洋服の替えも欲しいし、今晩だけお願いしてもいいかしら?」


「はい、お任せください!」


 私はさすがに寝泊りはしていなかったが、毎日学校を休んでマリのお見舞いに来ていた。今日は宿泊。いつも万全の準備はしてある。全てにおいて。だから、そう一日だけ学校に登校したあの日。私は『マリ候補者』全員にきちんと話をして来た。



「お兄ちゃん、いってらっしゃい!!」


 朝、真凛が送り出してくれるその時、私は真剣な顔で言った。


「真凛、ちょっと話が……」


 だが彼女はそんな私の言葉を遮るようにして言う。


「言わなくても分かってるよ。真凛は、真凛はずっと可愛いお兄ちゃんの()だよ!!」


 そう言って珍しく彼女が私に抱き着いてきた。中学生は子供などと思っていたが、私が思うよりずっと彼女は大人だったのかもしれない。私は無言で真凛の頭を撫で、頷いて言う。


「うん、じゃあ行ってくる」


「頑張ってね、お兄ちゃん!!」


 真っ赤な目。涙で目を滲ませる真凛を見て、私は彼女に色々辛い思いをさせていたのだと気付いた。




「おはよー、玄人! 久しぶりだね!!」


 そして一ノ瀬マリエ。青髪のポニーテールの似合う元気な幼馴染。私は久しぶりに会ったマリエに軽く手を振り一緒に歩き出す。


「今日は病院行かないんだ。それで藤堂先生はどう?」


 皆、私が毎日病院に行っていることを知っている。数日ぶりの登校。約束もしていないのにこうして朝一緒になれることはもう偶然じゃない。


「相変わらずだ。ずっと眠ったまま」


 静かに答える私にマリエが尋ねる。



「藤堂先生なんでしょ? 玄人の探していた人って」


(!!)


 私は思わず歩みを止め、マリエを見つめる。


「どうしてそう思う!?」


 マリエがポニーテールに手をやりながら答える。


「どうしてって、そりゃ見ていたら分かるよ。二人の仲の良さとかさ」


「……そうか」


 事件前、私はもちろん彼女を『マリ』ではなく『藤堂ライカ』として接していた。マリを感じたことなど一度もない。それなのにマリエは気付いていたと言う。


「早く回復するといいね!」


「ああ……」


 にこっと笑うマリエ。そして言う。


「あっ、でも再来週は陸上の大会があるんだ。それだけは絶対来てよ!」


「もちろんだ。約束するよ」


 マリエの笑顔。私はその応援に是非、マリと一緒に行けたらどれだけ嬉しいのだろうと思った。





「あら、おはよう。今日は登校してきたのね。さすがに私に会いたくなったのかしら?」


 そして久しぶりにやって来た教室。私の姿を見て赤髪のマリナが真っ先にやって来た。クラスメートが私に群がる中、マリナが前に出て言う。


「今日はたくさんお昼を作って来たので、ちゃんと食べなさいよ」


「あ、ああ。分かった」


 もうこの教室でマリナの手作り弁当を私が食べることはルーチンのようになっている。今更驚きもないのだが、周りからはなぜか小さな拍手が沸き起こる。



(思えばこの世界に慣れない私を、彼女はいつも助けてくれた)


 特に学校。孤立しそうな私をいつも気にかけてくれいた。本当に感謝してもしきれない。だから伝える。きちんと伝えなければならない。




「さ、食べなさい。遠慮は要らないわ」


 お昼。マリナが作って来てくれた弁当を前に私は思わず感嘆の声を上げた。


「おお、すごい。美味しそうだ」


 マリナの料理の腕は確実に進歩していた。最初の頃の弁当に比べて明らかに見違えている。私は卵焼きを口にして答える。


「美味い! 本当に美味いな」


 心からの言葉。どれだけ感謝してもしきれない。


「と、当然だわ。この程度大したことないわ」


 そう言いながらも嬉しさを隠しきれないマリナ。私が意を決して話し出す。



「マリナ、伝えたいことがある」


 箸を持っていた彼女の手が止まる。


「なに、かしら……?」


 そして私の顔を見つめその箸をゆっくり置く。



「見つかったんだ。運命の人が」


 変化はなかった。マリナには何の変化も起きなかった。


「誰、なの?」


 ただその発せられた言葉が少しだけ震えていることに気付いた。



「藤堂先生、だ」


 沈黙。教室で楽しそうに昼食を食べるクラスメートの声だけがふたりの耳に響く。マリナは置いた箸を手にし、髪をかき上げながらお弁当を食べ始める。


「そう、良かったわね。見つかって」


「あ、ああ。ありがとう」


 私は気付いていない彼女のその変化を。



「お、お弁当は別にあなたの為に作っているんじゃないわよ。作りすぎたからあげているだけ。勘違いしないでよね」


 そう言って顔を上げたマリナの目には涙が溢れていた。私は今更ながら気づいた。マリナや他のみんなに対して『マリ候補』だと言ってかき回していたことを。


「ごめん……」


「何で謝るのよ! 作りすぎただけって言ってるでしょ」


「そうだな。そうだったな。ありがとう、それでも私にとっては嬉しいことだよ」


「ふん! せいぜい感謝することね。それから……」


 マリナは、そう彼女が初めて見せるような優しい表情になって言う。



「藤堂先生、早く回復するといいわね」


「ああ、ありがとう」


 涙目でそう口にしたマリナ。私は心からそんな彼女を美しいと思った。






 放課後、私はこれまた久しぶりに訪れる読書部の部室へと足を運んだ。


「先輩、ううっ、うっ……」


 ドアを開けると、そこには涙を流す後輩の早乙女万里子の姿。そう、彼女と会うのも久しぶり。そして万里子は私に告白をして来た女の子。


「会いたかったです。先輩……」


 そう言って彼女は部室に入ってきた私に、いきなり抱き着いた。



「万里子……」


 早乙女万里子と新田小鞠。残り二人となった私の説明行脚。ここから想定外の苦戦を強いられることとなる。

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