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48.本当の名前

「玄人、良かったな! 万里子、大したことなさそうで」


「あ、ああ……」


 早乙女万里子の家を出た私。隣で話す小鞠の言葉など到底耳に入らなかった。



(万里子が候補から消えた。どういうことだ……)


 私の頭は混乱していた。混乱しすぎてもう目の前の景色が直視できないほどだ。



「で、結局何の病気やったんやろうな?」


「……」


 その後、私は小鞠と何を話したか分からないまま自宅へと帰って来た。





「お兄ちゃん、お帰り!!」


「ただいま……」


 玄関で迎えてくれた真凛に挨拶する。


「ん? お兄ちゃん、どうしたの? 何かあった??」


 彼女はこういう時妙に鋭い。女の勘か何か知らないが、下手な隠し事はできないだろう。


「何でもないよ。ちょっと疲れただけ」


 私はそう言ってひとり自室へと籠る。疲れた。体の底からの疲れを感じる。そんな私の頭は今日の出来事で一杯であった。



(五人の候補者すべてが消えた。どうなっている……)


 彼女たちは『マリ』ではないのか。それとも私を警戒してまだ嘘をついているのか。死んだことなどない、私は転生者ではないと。



「分からない……」


 私はベッドの上に横たわり頭を抱える。追い込んだと思った矢先のこの状況。また振り出しに戻った感すら覚える。



「マリ、どうして君は私を避けるんだ……」


 不意に涙が溢れた。

 近くにいるのに、いるはずなのにどうして出て来てくれない。私が分からないのか。記憶を失っているのか。考えれば考えるほど悲しみが私を襲う。


(なんだか、疲れたな……)


 今、心からそう思う。マリを求めてやってきたこの異世界。彼女はきっといる。そう信じてここまで頑張ってきたが、さすがの私も疲れを感じ始めている。会いたい。会って抱きしめたい。マリを想うだけで私の涙腺が熱くなる。届かぬ想い。私は知らぬ間に眠りについていた。






「おはようございます。藤堂先生」


 国立科学研究所。藤堂ライカは朝一番に出会ったその金髪の男を見て、大きくため息をついた。


「竜ヶ崎さん。金輪際、私に関わらないと約束しましたよね?」


 ライカは眼鏡に手をやり、約束を破り話しかけてきた竜ヶ崎相馬に強めの口調で言う。相馬が金色の髪をかき上げながら答える。


「ええ、分かってますよ。分かってます。ただ最後のお別れをしたくてお声を掛けてしまいました」


「最後の別れ?」


 ライカが相馬の顔を見つめる。痩せた。血色の良かった顔は青白く、そして全体がほっそりしているように見える。サラサラだった金色の髪もどこか重く感じる。

 ただそんなことはどうでもいい。ライカは相馬の口にした言葉の意味を確認する。


「どういう意味かしら?」


 相馬が答える。


「所長から地方の研究所への移動を打診されましてね。気分を変え、他の場所で新たな発見をして欲しいって。悩みましたが受け入れましたよ」


「そうなの……」


 ライカは驚いたが、安心する気持ちの方が大きかった。もうこの男の顔を見なくてもいい。それだけで気持ちが軽くなった。


「それで藤堂先生。最後にコーヒーでもいかがですか。お世話になったお礼に、お別れのコーヒーを奢らせてください」


「……いいわ。あなたの新たな門出を祝福をするわ」


 相馬が満面の笑みを浮かべて言う。


「ありがとうございます。じゃあ、早速朝のコーヒーを飲みに行きましょうか」


 相馬とライカは研究所に併設されているカフェへと歩き出した。






(朝か……)


 昨晩は夕食の後、お風呂に入り、そのままベッドで眠ってしまったようだ。精神的疲労。いや、ダメージと言うべきか。手がかりを失った私は、まるで古びた雑巾のように活力を失ってしまっていた。


(いつかマリに会えるのだろうか……)


 そんな弱気が私を覆うようになった。自身でも笑ってしまう。最強魔導士と称えられたこの私がこんな無様な姿になろうとは。カーテンから入る朝日を見つめながらため息ばかり出る。



「みんな嘘はついていない。転生者などいない。誰も死んでもいない……」


 どう考えても彼女らの中で『マリ』だと思える人物がいない。この世界に転生して来た者などいないのか。そこまで考えた私はあることに気付いた。



「転生者……。ちょっと待て。転生者、いるじゃないか、ひとり……」


 半分眠っていた私の頭が急に覚醒する。

『マリ』と定めた条件。転生者であり、そしてこの世界で『死』を経験した人物。私はその可能性を考え、体が震えた。



「電話……」


 私はベッドから起き上がり、すぐに机に置いてあるスマホを手にその人物へと電話する。



 トゥルル……


 出ない。なぜこんな時に限って出ないのか。

 しばらく考えた私はパソコンを開き、小旅行で貰った書類の中から彼女の家の電話番号をチェック。まだ朝ではあるが、すぐに電話を掛けた。



『もしもし、()()ですが……』


 知らない女性の声。家族だろうか。私は震える声に力を込めて尋ねる。


「早朝申し訳ありません。私は田中玄人と申しますが、藤堂ライカ先生はいらっしゃいますか?」


 電話の声が明るくなる。


『あら? あなたが田中さん? 娘が帰って来る度いつもあなたのことを話していてね。嬉しいわ、声が聞けて』


「そうですか、恐縮です。それで藤堂先生は?」


 私は彼女が携帯に出ないことを告げると、ライカの母親が困った声で言った。


『娘はひとり暮らしでここには居ないわ。電話に出ないの? どうしたのかしら? 運転中かしら』


 時刻は午前8時前。確かに運転中でもおかしくない。ただ私は千載一遇のチャンスだと思った。私の推測が正しければこれで判明する。



「ひとつ、お伺いしてもよろしいでしょうか」


『何でしょう?』


「藤堂先生って、『藤堂ライカ』と言う名前は実名じゃないですよね」


『ええ、そうよ。数年前から急に別名を使うって言いだして驚いたんだけど……』


「本名は何と仰るのですか」



『娘ですか? 藤堂()()ですけど』



(!! 見つけた。本当に、本当に、本当にやっと見つけた……)


 私はスマホを持ったままその場に崩れ落ちるように跪き、大粒の涙を流した。

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