47.私じゃない
(恥ずかしい……)
早乙女万里子はペンションからの帰りの車の中で、ずっと下を向き顔を赤らめていた。
美人ばかりの好敵手。行きの車でこそ気分がすぐれなかったが、ペンションに着いてからは自分でも驚くほど積極的に行動できた。きっとみんなと一緒に居るのが楽しかったのだろう。基本ぼっち。こんなお出かけは生まれて初めてだった。
(だからって全裸で先輩に告白って、有り得ないでしょ……)
なぜあんな大胆な行動に出たのか自分自身全く理解できない。こんな小旅行を計画した先輩のことはよく分からないが、自分を愛してくれていることは感じる。保健室での彼の告白。何度思い出しても胸がきゅんきゅん締め付けられる。
「万里子、大丈夫か~?」
大型SUVの中列に座った万里子。隣の小鞠が心配そうに声をかける。
「……大丈夫、です」
恥ずかしくて顔を上げられない。誰にも見られたくない。結局そのまま家へと送り届けられた。
「お母さん、今日学校休むね……」
夜、ほとんど眠れなかった。
先輩を思うだけで胸が張り裂けそうになる。会いたい。だけど恥ずかしくてどんな顔をして会えばいいのか分からない。無機質に時計の針が時を刻む。どんどん学校へ行く時間が迫って来る。
(熱い。顔が火照る……)
先輩のことを考えるだけで体が熱く、顔が火照ってしまう。どうすればいい? 心臓の鼓動は速くなり体はぐったりと重い。会話を、何か会話を考えなきゃ。結局一睡もできないまま朝を迎えた。
「え? 休む? どうしたの!?」
母が驚くのは当然だろう。昨日まで元気に課外学習に出かけていたのだから。
「ううん。大したことないよ。ちょっと気分が悪いだけ」
「そうなの? 分かったわ。無理しないでね」
母は私のおでこに手を当て熱がないことを確認すると、私の頭を撫でながらそう言った。
(学校、休んじゃった……)
母がパートに出かけて静かになった自宅。私はベッドの中の布団に包まり、ある意味『ずる休み』をしたこの背徳感に体を丸める。
「恥ずかしい!!」
そして思い出す昨晩の出来事。温泉、全裸。告白。
もうどう頑張っても取り返しのつかない事実。みんなの前でははっきり言わないが、先輩も自分のことを好きでいてくれるはず。会いたい。だけど恥ずかしい。私は再び布団の中に頭を埋めた。
(先輩に、お休みのこと伝えなきゃ……)
ベッドの中で何度も手にしたスマホ。今日私は休んでいる。部活に行けない。先輩、心配するかな。私が休んでいると知ったら驚くかな。連絡しなきゃいけないけど、なんだか怖くてメッセージが打てない。先輩のことを考えるだけで全身が焼かれるように熱くなる。
そして何もできないまま放課後の時間となった。
「じゃあ、送信、っと……」
何度も推敲して考えた文章。私は今日休みだと言うことだけ、先輩に伝えた。
「え?」
すぐに返ってきたメッセージ。それを見て私は驚いた。
「わ、私の家に来る……」
お見舞いに来たいと言う。先輩が来る。私の部屋に来る。私に会いに来る。どんな顔をして会えばいいのか。何の話をすればいいのか。服は? 着替える? ううん、このままパジャマでいい。いつもと違った私を先輩に見てもらいたい。興奮状態のまま私は住所を先輩に送った。
「小鞠さん……」
だから私は驚きと共に、やや落胆した。先輩がひとりでやって来ると思ったのに、どういう訳か小鞠さんも一緒に来たのだ。
「玄人に会ってな。それで万里子のことを聞いて心配で来たんや」
嘘だと思った。ううん、私を心配してくれたのは本当だと思うけど、着いて来たのは先輩と二人きりにさせない為。
「玄人ひとりじゃ何するか分からへんやろ? 危ない危ない」
私はその言葉を聞いて顔を真っ赤にした。不思議と心を読まれているような気がして恥ずかしくなった。
「それで万里子、体調はどうなんだ?」
先輩が居る。あの先輩が私の部屋にいる。私は質問に答えながら、目の前に現れた憧れの先輩を見て胸の鼓動が抑えられなくなっていた。顔が火照る。心配されるかな。だって今日は体調不良で休んだのだから。
だけど、その後の質問を聞いて私は彼の真意が何だか理解できなかった。
「分かる範囲でいい。何か死にかけたような経験をしたことはあるか?」
死にかけた経験? 一体何の話だろう。そんなことをこの場で聞く必要があるのか。話の真意が分からない。だけどある。聞かれたなら答える。先輩に聞かれたなら何でも答える。
「死にかけた……。はい、ありますけど……」
この時の先輩の表情は忘れない。嬉しさと安堵。そしてうっすらと目に涙を溜めたあの顔。
「詳しく、教えてくれないか?」
身を乗り出してそう私に尋ねる先輩。なぜそんなことを聞くのだろうと思いつつも、私は子供の頃のその体験を話すことにした。
「子供の頃、家の階段から落ちて、その……、頭を強く打っちゃってぐったりしたんです」
黙って聞く先輩。小鞠さんも私の話を隣で聞く。
「すぐにお母さんが来て布団に寝かせてくれたんだけど、その、ずっと頭がぼうっとしていて……、お母さんに言うには私、死ぬんじゃないかって……」
「意識は、あったのか?」
「はい、ぼうっとしていたけど意識はありました。お母さんが話しかける内容もうっすら聞こえていましたから」
私はその後病院へ行って精密検査を受けたことを話した。ただ最初興奮気味に聞いていた先輩は終いの方になるとやや落胆したような表情になっていた。よく分からない。そして私の話を聞き終えた先輩の問いかけはもっと意味が分からなかった。
「マリ!! 俺だ、クロード・マジシャスだ!! もういいだろ、いい加減答えてくれ!!」
先輩は私の手を握り涙目になってそう言った。マリ? クロード・マジシャス? 私には一体何のことだかさっぱり分からない。
「こらー、玄人!! どさくさに紛れてなに手握ってんの!!」
小鞠さんの声が響く。ただ私は理解できない状況と、先輩に握られた手を見て全身が焼けるほど熱くなった。
「……違う、のか」
がっくりと肩を落とし、そう俯き小さく呟いた先輩。何と言ったのかはっきり聞こえなかった。だけど私の直感が告げた。
――私じゃない
理屈はない。ただただ純粋に先輩の求める『運命の人』が私ではないと思えた。それは隣にいる小鞠さんも同じ。私は無言のまま涙が溢れそうになった。
「お大事に、万里子」
「美味しいもん、たくさん食べなあかんで!」
その後、二人は私と他愛ない会話をして帰って行った。
初めて男の人が部屋に来た。憧れの先輩が部屋に来た。だけど今は強い脱力感で体が重い。
「私じゃ、ないんだ……」
あれから先輩は何も言わなかった。だけど分かる。私じゃない。彼の求める人は私じゃない。私は再び布団に潜り込むと、ひとり声を殺して泣いた。




