46.見つけた。
「俺は最高だ。俺は、最高の男だ……」
国立科学研究所。その食堂に現れた金髪の男、竜ヶ崎相馬は独り言を口にしながらよろよろと歩いていた。虚ろな目、乱れた金髪。以前のような清潔感は失われ、周りの人達は最近彼が何をしているのかすら分からない。
「あっ……」
そんな彼の虚ろな瞳に、その黒髪の美しい眼鏡をかけた美女が映る。
「藤堂、先生……」
同僚と会話しながら食堂にやって来たライカは、目の前に現れた金髪の男を見ることもなく過ぎ去っていく。
(藤堂先生、藤堂、先生……)
相馬は言葉にならないライカへの想いに体の自由を奪われる。敗北。生まれた時からエリート人生を歩んできた彼ですら、ノーバル賞科学者『藤堂ライカ』はあまりにも高い壁であった。
「竜ヶ崎君」
そんな相馬に背後から初老の男が声をかける。
「所長……?」
国立科学研究所の所長。ぼんやりしていた相馬に真剣な顔で言う。
「ちょっと話がある。所長室まで来てくれないか」
「はい……」
虚ろなまま所長の後に続く相馬。皆の視線を受けながら歩く廊下。所長が雑談っぽく言う。
「最近調子はどうかね?」
「え? ああ、大丈夫です……」
所長に聞かれているのに、頭はライカのことばかり。上の空で答えていた相馬に、所長が前を向きながら言う。
「最近、ちょっと疲れているように見えてね。どうだろう、竜ヶ崎君。一度、気分転換を兼ねて地方で働いてみないか?」
ある意味、親のコネでやってきた国立科学研究所。それでも最初の頃は真面目に、真摯に研究に取り組んできたが、藤堂ライカと出会ってから彼は一変してしまった。
(左遷……)
ぼんやりした頭がようやくその重い言葉によってはっきりと覚醒する。所長室に着いた後も、会話はほぼ相馬の退所の話ばかりであった。自然の多い地方でリフレッシュするとか、最新の研究を広めて欲しいとか、所長は真面目に彼に説明していたが相馬自身は全く別のことを考えていた。
――藤堂先生に会えなくなる
後にこれがその犯行の原因だったと本人も認めている。それほどプライドの高い彼にとっては、今のこの状況は救いようのない状態であった。
珍しく私は走っていた。
早乙女万里子が休み、見舞いに行く。いや、見舞いを理由にした聞き取り調査が本当の目的かもしれない。私は校舎を出ると一直線に駅へと向かった。
「よっ、玄人!」
学校最寄りの駅、我が校の生徒が群を作る中、その茶色の制服を着た彼女は人一倍目立っていた。
「小鞠……?」
新田小鞠。なぜ彼女がここに居る!? 私は居るはずのない人物を前に、しばし口を開け立ち尽くす。
「なんや、えらい急いどるな。どうしたん?」
ゼイゼイと肩で息をする私を見て小鞠が尋ねる。
「万里子が、早乙女万里子が体調不良でこれからお見舞いに……」
「体調不良? 昨日の疲れが出たんかな? 車酔いもしとったしな」
帰りの車の中でも静かだった万里子。確かに疲れが原因だと言うことも考えられる。
「で、なんでそんなに急いどるの? そんなに具合が悪いとか?」
「い、いや、それほどでもないが……」
早く事情聴取がしたいとは言えない。ただここ小鞠が来たことはある意味幸運なこと。会いに行く手間が省ける。
「それで小鞠はどうしてここに?」
当然の質問。小鞠が少し顔を赤らめて答える。
「会いたくなったから会いに来たんや。いかんか?」
金色の美しい髪。他校の制服、美少女。否が応でも私と小鞠に周りからの視線が集まる。
「ちょうど良かった。私も小鞠に用事があったんだ」
「そうなんか? 愛の告白か? ええで、今から抱かれたるわ!」
「なんでそうなる……」
私はとりあえず小鞠と一緒に電車に乗り込み、万里子の家へと向かう。
「今から万里子の家へ向かうんか? うちも一緒に行っていい?」
できれば他者に邪魔されずに万里子への反応を見たかったのだが、断る理由も見当たらないので私は黙って頷く。
「それより小鞠、ひとつ聞きたいことがある?」
夕方の電車。たくさんの生徒が乗る電車内。私の言葉に小鞠が笑顔で答える。
「なんや? やっとうちに決めてくれたんか?」
「小鞠、変なことを聞いてしまって申し訳ないのだが、ここ最近死ぬような経験をしたことはあるか?」
「……はあ?」
質問の意味が理解できなかったのか、小鞠が口を開けて呆然とする。
「突拍子もない質問で悪いと思う。だが教えて欲しい。事故でも病気でもいい。小鞠自身に何か死に直面するような出来事はなかったか?」
「……なに言うてんのかよく分からんけど、思い当たる節はないかな。それが何か関係あるの?」
(小鞠も、違うか。だとすると後は万里子。彼女が、『マリ』なのか!?)
「いや、あまり気にしないでくれ」
私はできる限り平静を装い小鞠に答える。
「いやいや、気になるやろ。それともなんや、うちが死にかけたらその『運命の人』になれるんか?」
私は首を振って答える。
「そういう訳ではない。ただちょっと確認したいことがあって聞いたのだ」
「何の確認?」
「それは秘密」
「うちと玄人の間に秘密なんて要らんやろ。教えてよ」
私の秘密など山のようにある。話している相手が異世界からやって来た者だと知ったらどれだけ驚くことやら。それより早く万里子に会いたい。まだ確証はないが、彼女がマリの可能性がぐっと高まった。
「本当に君は掴みどころのない奴やなあ。こんなに可愛い女の子が『好きにして良い』って言ってるのに」
小鞠にしては珍しい発言。だが私は変わらない。
「運命の人を探している最中だ。ただそれだけだよ」
「うちのどこが気に入らへんのや。なんか悲しくなってくるわ」
申し訳ない気持ちと同時に、何かひとつステップを上がれた気持ちになる。
「それでどうする? 万里子の家へは一緒に行くのか?」
小鞠がややむっとした顔で私に答える。
「行くわ。玄人がおかしなことするかもしれんし、それに万里子とは友達になったからな」
私はそれに黙って頷く。揺れる電車。流れる風景。私は高まる感情を抑えるのにとても苦労した。
ピンポーン
電車を乗り継ぎ、万里子の住む家へと辿り着いた。以前島で一泊し、翌朝ライカの車で送ってきたことがあるので実はここに来るのは二度目になる。
閑静な住宅街にある立派な家。インターフォンを押すと明るい女性の声が響いた。
『はーい、早乙女です』
私はやや戸惑いながらもそれに答える。
「田中と言います。読書部の部長で早乙女さんのお見舞いに来ました」
『あ、田中玄人君ね? 万里子から聞いてるわ。ちょっと待って……』
既に万里子から話がされているらしい。話していたのは彼女の母親だろうか。
ガチャ……
開かれたドアから艶のある美しい黒髪の女性が現れる。私は頭を下げ自己紹介をする。
「初めまして。田中と言います。突然のご訪問、ご迷惑をおかけします」
「あら~、礼儀正しいわね! 私は万里子の母親です。さ、どうぞ」
小鞠も軽く挨拶し、私達は二階にある万里子の部屋へと案内された。
「万里子にお友達が来るなんて嬉しいわ」
「体調はどうなんですか。何かの病気でしょうか」
母親は少し笑って答える。
「さあ~、何でしょう。熱も咳もない。田中君、診てあげてくれるかしら」
(??)
私と小鞠は首を傾げてそれに答える。そして万里子の部屋のドアが開けられた。
「……先輩」
ピンクが多く使われた部屋。ぬいぐるみ等も置かれ、まさに女の子の部屋って感じがする。ベッドの中で横になっていた万里子が半身起き上がりこちらを見る。
「うわ~、めっちゃ可愛い部屋やな! 万里子、可愛いで!!」
「小鞠さん?」
ピンクのパジャマを着た万里子。彼女は私だけが来るものだと思っていたのだろうか。小鞠の姿を見てやや驚きの顔をする。
「じゃ、ごゆっくり~」
母親はそう言うと笑顔で部屋を出て行く。私は万里子に小鞠と一緒に来た経緯を説明し、彼女を連れてきたことに特段意味がないことを伝えた。
「玄人ひとりじゃ何するか分からへんやろ? 危ない危ない」
そう話す小鞠の言葉を聞いて万里子が頬を赤らめる。
「それで万里子、体調はどうなんだ?」
学校を休むほどのこと。心配する私に万里子がやや苦笑して答える。
「大丈夫です。ごめんなさい、心配かけて……」
母親の話では特に病気と言う訳ではなさそうだ。見ていても元気そう。私は安堵する共に、一番重要な質問を投げかける。
「万里子、ひとつ聞きたいことがある」
「はい? 何でしょうか……?」
「分かる範囲でいい。何か死にかけたような経験をしたことはあるか?」
小鞠がやや呆れた顔をする。万里子にも同じ質問。意味不明の質問だが、しばらく考えた万里子が私に言った。
「死にかけた……。はい、ありますけど……」
私は、私はついに見つけた。




