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45.マリ探し

 何故そんな単純なことに今まで気付かなかったのだろう。

 前世で行使した転生の禁術。それはこちらの世界で『死』に直面した者に転生すると言う術。実際、私も田中玄人と言うトラックに轢かれた高校生へと転生して来た。



 ――ないわ


 紅茶店を出てから、ずっと私の頭の中に百瀬マリナのその言葉が響いている。マリナは死に直面したような経験をしていない。つまりそれは転生者ではないことを意味する。

 私は彼女と別れてから駆け足で自宅へと戻った。




「ただいま帰りました。お義母さん、真凛はいますか?」


 帰宅した私はキッチンにいた義母を見つけ話しかける。


「あら、おかえり。玄人。真凛なら今日お友達と買い物とかで遅くなるって言ってたわ」


 真凛はいない。私はすぐに尋ねる。


「ちょっとお伺いしたいことがありまして」


「なに?」


 義母が料理の手を止めて私の方を見つめる。



「真凛が、ここ最近死ぬような状況になったことはありませんか?」


「……え?」


 我ながら何と突拍子もない質問をしているのだろうと思う。母に向かってその娘が死にそうになったかを聞いている。義母が眉間にしわを寄せて尋ねる。


「どうしてそんなことを聞くの? 真凛に何かあった?」


「いえ。なければないでそれでいいんです。どうですか、ありましたか?」


 義母は軽く腕を組み、首を傾げながら答える。


「私の知る限り、そんなことはないわ。玄人、あなたが死にかけたぐらいよ」


「そう、ですか。ありがとうございます」


 私は義母に軽く頭を下げ、すぐに自室に向かう。



「真凛も黒。兄妹だし、ある程度想像はしていたが……」


 仮にも真凛は妹。その彼女がそんな経験しているなら私も知っているはずであろう。

 これにより百瀬マリナと田中真凛のふたりが候補から消えた。残りは早乙女万里子と一ノ瀬マリエ、そして新田小鞠の3名だ。私はスマホを手にしたが、すぐに机に置き直す。


「いや、直接会って聞こう。それがいい」


 メッセージでは見えない表情の変化、態度、雰囲気を感じたい。これまで名乗り出なかった『マリ』。そう易々と見つかるとは思えない。奇襲ではないが、考える余地を与えずに攻める。強敵攻略のセオリーだ。



「今日はしっかり心の準備をし、明日に備えよう」


 私は夕食前に帰ってきた真凛に敢えてこの件は聞かずに、早めに就寝した。





「お兄ちゃん、いってらっしゃい!」


 翌朝、いつも通り私を見送る真凛。もう分かっている。分かっているのだが、やはり直接聞いてみない訳にはいかない。


「なあ、真凛」


「なに? 私に決めたの?」


 我が妹ながらなんと可愛いことか。だがもう私にそれ以上の感情を持つことはない。


「ちょっと聞きたいんだけど、ここ最近で死ぬような経験したことあるか?」


 いきなりの質問にぽかんとした顔の真凛。だがすぐに答える。



「あるよ!」


(え?)


 私が固まる。ある、だと!? じっと彼女の次の言葉を待つ。



「ほら、お兄ちゃん。あの暴走族の連中だよ! 真凛、本当に死ぬかと思ったんだよ!!」


「あ、ああ……」


 あの発狂した高僧集団に攫われたことか。確かに死ぬような恐怖を感じただろう。だがそれは恐怖。死んだ訳ではない。


「暴僧族か。確かに恐ろしい集団だ。それ以外に何かあるか?」


「えー、ないよ! ある訳ないじゃん。お兄ちゃんも本当に気を付けてよね!!」


「あ、ああ。そうだな」


 真凛からすれば私の方が心配なのだろう。何せ一度死にかけて、いや、死んでいるのだから。



「本当に気を付けてね! じゃ、いってらっしゃーい!!」


「ああ、ありがとう」


 私は再度見送る真凛に手を挙げて応え、高校へと向かう。可愛らしい真凛。私は兄としてずっと彼女を大切にしたいと心に誓った。




「あ、玄人! おっはー!!」


 登校中の道路、その青髪のポニーテールで少し日焼けした女の子は、私を見つけると手を上げて名を呼んだ。


「マリエ」


 遠くから見ても『マリ』を彷彿させるその存在感。私はいつもと違い、やや緊張しながら彼女の方へと歩み出す。


「昨日は楽しかったね。ありがと!」


「ああ、私も楽しかったよ」


 いつも通りの明るいマリエ。私を待っていれくれたのか、合流すると一緒に歩き出す。



「でさ~、それでねー」


 緊張する私とは対照的に、マリエは小旅行のことや部活のことなどを話し始める。いつもの朝。いつもの風景。私は歩きながらマリエの目の下のほくろに自然と目が行く。


(本当にマリのようだ……)


 愛すべきマリ。私の生きる理由。だから聞く。



「なあ、マリエ……」


 私の口調がいつもと違ったのか、それとも何かしらのオーラを感じたのか、マリエがやや目を大きくして私と見つめ答える。


「なに? どうしたの??」


 逃してはならない。彼女の一挙手一投足を。



「ちょっと変なこと聞くんだけど、ここ最近で死ぬような経験ってしたことあるか?」


「……え?」


 さすがに驚いたのだろう。荒唐無稽な質問に。


「死ぬような、経験? 何それ??」


「文字通りだ。事故でも病気でも何でもいい。そんな危険な目に遭ったことはないか?」


 じっと私の顔を見ていたマリエが小さく首を傾げて答える。



「そんな経験、ないかな……。玄人じゃあるまし」


 目に焼き付けるように彼女を凝視した。そして結論を出した。



(マリエは嘘をついていない)


 安堵とは違う、何とも言い表せない気持ちになる。


「何でそんなこと聞くの?? やっぱ玄人って、事故してから絶対おかしいよ!!」


 唐突な私の質問の意味が分からないマリエが私に色々と尋ねて来る。それに答えながら私が考える。



(マリエが候補から消えた。となると、残りは万里子と小鞠のふたり……)


 そう、そのどちらかが私の愛する『マリ』なのだ。どちらかなんて分からない。ただ私の決めたその人を私は愛する。



「ちゃんと病院行かなきゃだめだよ! じゃあ、またね!!」


「ああ」


 結局マリエは、私が事故のせいで頭のどこかがおかしくなっていると思ったようで、精密検査を受けるよう何度も話をして来た。頭がおかしい? まあ、こと『マリ』に関しては私は頭のおかしい人間なのだろう。何せ彼女のため、この異世界にまでやって来たのだから。





「あ、あら、おはよう。今日も私に会えてあなた幸せですわね」


 教室に入ると、真っ赤な髪を靡かせてマリナが私の前へと現れた。


「ああ、おはよう。今日も綺麗だよ」


 いつもの会話。いつもの笑顔。ただ決定的に違うことがある。



(彼女は『マリ』ではない……)


 心に決めた。そう判断した。だが赤髪と瞳以外、すべてがマリそっくりな彼女を前にすると、そんな私の決意もどこか揺らいでしまう。



「今日は午前1時に起きてお弁当を作ってきましたわ。自信作ですの。仕方ないからあなたにも分けてあげますわ!」


「ありがとう」


 私は彼女がちゃんと寝ているのかどうか少し心配になった。






 放課後、私はやや緊張した面持ちで教室を出る。


「ふう……」


 自分を落ち着かせるように小さく深呼吸する。そして私は『読書部』と書かれた部屋の入口の前に立つ。


(早乙女万里子、彼女に確かめる)


 万里子への質問も皆と同じだ。その答え、反応を見て私は判断する。



 ガラガラガラ……


 静かな廊下にドアを開ける音が響く。


「あれ?」


 誰もいない。たった二人だけの部活。万里子がいなければ誰もいないのは当たり前なのだが、私はその光景にやや戸惑いを感じた。

 すぐにスマホを見るも彼女から何の連絡も来ていない。私はすぐに数えるほどしか会ったことのない読書部の顧問に会う為に職員室へと向かった。



「ああ、早乙女さんなら体調不良でお休みしているそうよ」


 眼鏡をかけた中年の女性教師が答える。体調不良? 昨日の小旅行の疲れでも出たのか。



(どうする……?)


 体調不良ならそっと家で休養していた方がいいに決まっている。ただ、もし昨日の旅行のせいならばその原因は私にもある。何より早く万里子に会って聞いてみたい。


「ん?」


 そんな私のスマホに万里子からメッセージが届く。



【ごめんなさい、先輩。今日学校休んでいて部活も行けないです……】


 私を気遣ったメッセージだ。すぐに彼女の体調を心配する言葉と、そしてあるお願いを彼女に送った。



【お見舞いに行きたい。無理強いはしない。いいだろうか?】


 考えたのだろうか、しばらく経ってから返事が届いた。



【大丈夫ですけど、本当に大したことないです。心配かけてごめんなさい】


 心優しい万里子らしい返事。私は住所を教えて貰い、すぐに彼女の家へと向かった。

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