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44.ないわ。

 朝、登校中も私はずっと考えていた。


(万里子からの情報。彼女と、そして一緒の部屋だった小鞠も深夜、温泉に行っていない……)


 万里子は正直な女の子だ。普通に考えれば嘘をつくような人間ではない。その言葉を信じるならば万里子と小鞠は『マリ候補』から外れる。

 そして妹の真凛。彼女も兄である私に嘘をつくとは考え辛い。いや、これは真凛には酷な表現となるのだが、温泉で見た『マリ』の後姿。あれは紛れもなく大人のもの。成長著しい真凛とは言えまだ中学生。絶対的な差がそこにある。とすれば真凛と同室だったマリエも除外される。



(残りはマリナ、か……)


 5名のうち、百瀬マリナだけがひとりの個室を利用していた。候補者の中で、唯一確証がない。必然的に彼女の可能性がぐっと高くなる。


(マリナが嘘をついていた? だがなぜそんなことをする……)


 未だ『マリ』が自分を名乗り出ずに潜伏している理由は分からない。だがそれは今ある情報の中で推測するのは困難だ。他の客観的な証拠をもとにマリを探し出す以外ない。



(今日の帰りにでも誘ってみるか)


 そうとなれば積極的にマリナとの時間を増やしたい。もし何らかの理由で私との記憶を失っているのならば、どれだけ時間をかけてでも彼女と過ごし、私を思い出して貰いたい。それが私の望むこと。決定的な証拠が掴めなかったペンションへの小旅行だったが、収穫が皆無だったわけではないようだ。確実に前に進んでいる。そう思いたい。




「おはよう、マリナ。ちょっと話があるのだがいいかな?」


 朝、教室にやって来た百瀬マリナに私が声をかける。赤髪に真っ赤な瞳。それ以外は『マリ』そっくりの彼女。初めて病院で会った時からその印象は薄れることはない。


「な、なにかしら。私は忙しいので……」


「放課後、お茶でも飲みにいかないか? 美味しい紅茶の店を見つけたんだ」


 前世、マリが大好きだった紅茶。私は以前から紅茶の店を探しており、マリを見つけたら一緒に行きたいと思っていた。まだ未確定。だがマリナを誘う理由は十分にある。



「な、なんで私を誘うの?」


「なんでって、マリナのことをもっと知りたいんだ」


「私が、その、()()だって言うの?」


 あれとはもちろん『運命の人』のこと。だがそれはまだ決定ではない。だが彼女の可能性が最も高いことは否めない事実。


「まだ分からない。だが私は君のことを今、最も知りたいと思っている。どうかな」


 マリナは真っ赤な髪をいじりながら目をやや背けて答える。


「べ、別にいいけど……」


「そうか、それはありがたい。では放課後一緒に行こう」


 私は笑顔でマリナにそう言い席に着く。



「おい、田中。お前、ついに堂々と百瀬を誘うようになったんだな!」


 級友が席に着いた私の肩に手を回し、からかい気味に絡んでくる。


「ああ、色々あったが私は私の道を進むことにするよ」


「よく分かんねえけど、すげえ自信だな!」


 自信。他者からはそう見えるのだろうか。自信なんてほとんどない。不安しかないような気持ちだ。それでも私は前に進まなければならない。マリを見つける為。私を思い出して貰う為。私は前を向く。






「じゃあ、行こうか。マリナ」


「え、ええ……」


 放課後、私は読書部の万里子に今日は先に帰る旨を伝え、マリナと共に駅へと向かった。ネットで探したのは電車で数駅先にある住宅街のお店。静かな佇まいの中にも上品さがある紅茶店だ。


「中々雰囲気のいいお店だわ。あなたにしては上出来よね」


 紅茶に興味があるのだろうか。マリナも私が見つけたお店を気に入ってくれたようだ。



「いらっしゃいませ」


 夕方前。店内は若い女性や主婦らで静かに賑わっていた。上品な内装。可憐な花や可愛らしい花瓶、お洒落なカーテンなどが入店者の目を引く。


「予約していた田中です」


「はい、お待ちしておりました。田中様。こちらへどうぞ」


 私とマリナは窓際の眺めの良い席へと案内される。窓からは英国風の庭園が眺められ、そこにも季節の花々が美しく咲いている。


「予約していたの? 素敵なお店ね」


 マリナも満足そうに椅子へ座る。マリが元気だった頃、同棲を始める前はよくこうやってお店にやって来た。私は全く興味がなかったのだが、彼女の希望で紅茶を飲む機会が多かった。あの頃は無関心だった紅茶。だが滑稽なことに、今私はその紅茶について学んでいる。



「そ、それで私に何か用があったんでしょ? 今日は機嫌がいいから特別に聞いてあげるわ」


 運ばれてきた紅茶を口にしながらマリナが言う。今日の用事。それはあるようでないようなもの。彼女と同じ時を過ごし、同じ物を口にし、同じ景色を見る。それが今の私達にとって必要なこと。とは言え何かを話さなければならない。


「そうだな。体調はどうだい? 副作用はもう平気なのか」


 私はとりあえず彼女の難病について聞いてみた。


「大丈夫よ。あなたと、藤堂先生のお陰で順調だわ。副作用ももう心配ないわ」


 ライカから貰った副作用の薬は常時携帯している。私はマリナが元気にそう言ってくれるのを聞いて改めて安堵した。マリナが尋ねる。



「そんな話じゃないのでしょ? 私を呼んだのは別の理由じゃないの?」


 私は一瞬言葉が詰まった。なんて答えればいい。確かにその通りだが、まだ確信の話題を振るわけにはいかない。


「なぜそう思う?」


「なぜって当然でしょ? あんな旅行に誘っておいて、それで今日私を呼んだのだから。見つかったの? あなたの探している人」


 私は静かに紅茶を口にした。やや冷めかけてきた紅茶。それが逆に、私の舌が味を脳に正確に伝える。


「まだ、正直分からない部分もある。だけど近付いている気がする」


 マリナは口にしたティーカップを皿に置くと呆れた顔で言う。


「まだそんなこと言っているの? いい加減決めたら。こうやって色んな女性に声かけるのも良くないと思うわ」


「そうだな。マリナの言う通りだ。では聞くが……」


 私は心を決めた。深夜の温泉のこと、前世のこと、私『クロード・マジシャス』のこと。



 ドン……


 そんな私の耳に、外から低く何かがぶつかる音が響いた。


「何かしら?」


 マリナもその大きな衝撃音のような音を聞き不安げな表情となる。店員のひとりが外に出て行き、すぐに戻って来て言った。



「外の交差点でトラックと車がぶつかったようです。幸い怪我人などはないようです」


 事故か。私は裏の者による襲撃を一瞬考えたが、そうではないことに安堵した。マリナが言う。


「怖いわね。歩いていていきなり()()()()()こともあるんだから」


(!!)


 マリナの言葉が強い衝撃を持って私を揺さぶる。



【トラックに轢かれた高校生が死亡しました】



 昨晩のニュース。トラックと高校生の事故。自動車との衝突。私の脳が急速に回転し始める。この世界に転生してきて体験した様々な出来事。慣れない世界。生活。新たな環境。マリを彷彿させる候補者たち。ただその()()にあることを私は忘れていた。



 ――あの禁術はこの世界で『死去した者』に転生させるようです



 初めてライカに会った時に彼女から聞いた言葉。

 そう、この世界に転生して来た者は『死』を経験している。私、『田中玄人』もトラックに轢かれ外傷こそなかったものの、死を経験している。私は震える声で目の前に座るマリナに尋ねる。



「ひとつ聞きたいことがあるのだが、いいか?」


「何かしら?」



「マリナ。君はここ最近、病気を除いて死ぬような経験をしたことはあるか?」


 マリナが困惑した表情で私に答える。



()()わ。あなた、何を言っているの?」


 何か上手く言い表せない。だが、私は時が止まったかのような感覚に襲われた。

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