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41.見つからないマリ

 百瀬マリナは色々な意味で混乱していた。


(私とお付き合いしているんじゃなかったの……?)


 想いが抑えられなくなったマリナ。玄人からの告白や毎日の弁当、そのすべてが『自分が彼女』だと言う証だと思っていた。だが、



【いない。この中に私の恋人はいない】



 この旅行の出発前に彼が口にした言葉。それはある意味マリナの脳天を割るような衝撃を伴って響いた。



(私は彼女じゃない……)


 集まったたくさんの『マリ候補』達。皆可愛く、魅力ある女性ばかり。これがすべてライバル!? 『運命の人』がこの中にいると言うことだが、彼女らに勝たなければ彼の隣には立てない。


(頭が痛い。とても勝てる気がしない……、でも好き!!)


 病気のことも藤堂先生に確認してすっきりした。彼が私を助けてくれた。もう心は決まっている。必ず自分が彼の隣に立つ。



「乾杯ーっ!!」


 ペンションでの夕食。皆で協力して夕飯を作り、グラスを片手にテーブルを囲む。


「ぷっは~、うめぇ~」


 藤堂先生がようやくありつけた葡萄酒を片手に満喫する。それを羨ましそうに眺める玄人。それを見つめる私。



「ん? マリナ、私の顔に何かついているか?」


 玄人が尋ねる。私はやや緊張してそれに答える。


「別についてないわ。あなたの顔を見ていただけ。いけない?」


「いや、嬉しいよ」


 こんな会話、絶対恋人同士じゃない? 私に気がある会話じゃない? でも彼は平等に皆に笑顔を振りまく。まだ皆スタートライン。私はちょっとだけ素直になってみようかと思った。





「なあ、玄人。まだ見つかってないん? その『運命の人』ちゅーの」


「あ、ああ……」


 私、クロード・マジシャスはその言葉を聞き、思わずそう小さく答え俯いた。目の前にいるマリ候補の五名。こんなに近くにいるのにまだ決め手に欠けている。笑い声もあった場が一瞬静かになり、皆の注目が私に集まる。



「ねえ、玄人。思ったんだけどさ」


 そう口を開いたのは青髪のポニーテールが可愛らしいマリエ。私の視線が彼女の目の下のほくろへ向く。


「真凛はさ、玄人の妹じゃん。それでも『運命の人』ってことあるの?」


 幼馴染のマリエ以外はあまり詳しくない私と妹真凛の関係。普通ならアウトだ。だがそこは普通の兄妹とは違う。


「マリエ、知っていると思うが、私と真凛は……」


「義兄妹でしょ? 知ってるよ」


 皆が私と真凛へ交互に視線を向ける。その表情から見るに、一部の者はやはり家族である真凛がここに候補者としてきていることに違和感を覚えていたようだ。



「マリエちゃん、大丈夫だよ」


 それまでやや俯き加減で黙っていた真凛が、顔を上げ答える。


「確かに私とお兄ちゃんは家族だけど、血は繋がっていないし、それに……」


 隣に座っていた真凛が私の腕に手を絡め、笑顔で言う。


「私、お兄ちゃん大好きだから!」



 これが普通の家族ならば微笑ましい光景であろう。だが今、彼女は候補者のひとり。血が繋がっていない義兄妹。微笑ましく見る者などこの場には皆無であった。


「ま、まあ、そう言うことになるかな……」


 苦し紛れにそう答える私に、小鞠が呆れた顔で言う。



「ほんと、君のたらしは止まることないなー。妹にまで手を出すなんて」


「て、手を出すなんてことはない! 真凛は妹だ。私は……」


「君さ、言ってること矛盾してるよ。まあ、ええんやけど」


「ううっ……」


 小鞠の言う通りだ。私の発言には矛盾がある。見つからないマリ。その葛藤が私から冷静さを奪っていく。



「ほんでさー、ほんとにまだ分からんの?」


 小鞠のこの軽さはあまり得意じゃないが、今だけは救われた気持ちになる。私は持っていたオレンジジュースをテーブルに置き、腕を組んでそれに答える。


「うーん、ああ、残念だがまだ……」


 田中玄人に転生後、私はマリ候補たちと親密になることに尽力した。だがまだ分からない。故にその検証のひとつとして、この思い出の地に近い湖畔のペンションにやって来た。しかし、誰ひとりとして反応なし。前世の記憶を失っているのか。いや、それならばなぜあのようなメモを私に残すのか。



「お兄ちゃんは、この中に気になる人はいるの……?」


 そんな私に妹の真凛が尋ねる。小鞠が言う。


「そうや。運命なんちゃらじゃなくて、玄人が好きな人はいるんか?」


 私が皆を見つめる。好きな人? 私が好きなのはマリただひとり。そんなことは考えたこともないし、考える必要もない。


「そうだね。玄人の今の純粋な気持ちはどうなの?」


 マリエもそれに同調する。何も言わないが、ボブカットの万里子もその眼鏡の奥からの視線が私に回答を求めている。



「私は……、みんなのことが好きだ……」


 苦し紛れの回答。小鞠が欧米人のように両手を小さく上げて言う。


「ダメだこりゃ」



「みなさん、先生は本当にヘタレなのでこの辺で勘弁してあげてください〜」


 見かねたライカが助け舟を出す。ヘタレ。確かにそうだ。今の私にそれ以上に似合う言葉はないだろう。

 結局私は皆が楽しそうに夕食する中、ひとり自分の不甲斐なさに打ちひしがれながら過ごした。





「おやすみー、お兄ちゃん!」

「お、おやすみなさい。私とこんな挨拶できるなんて幸せだと思いなさい……」

「せ、先輩。今日はありがとうございました。おやすみなさい」


「ああ、おやすみ」


 夜は更け、就寝の時間となった。皆との挨拶を終え、私はひとり部屋に向かいながら考える。



(せっかく企画したこの小旅行も、今のところ主だった収穫はなしか……)


 マリとの思い出に似た地。ここに連れて来れば何らかの進展があるかと思ったのだが、今のところの残念だが何も成果は得られていない。どういうことなのだろうか。記憶を失っているのか、それとも気付いているけど何か理由があって言い出せないのだろうか。


「分からない……」


 私は腕組みをしながらひとり、廊下を歩く。


「みんな変化はなかったな……」


 ひとりひとりについて思い出す。何かを隠しているならば、もしかして違いも感じられたかもしれないがそれもなし。皆、純粋にこの小旅行を楽しんでいるように見える。



「はあ、今日は疲れた。明日また考えよう……」


 私は小さく息を吐き、部屋のドアを開けベッドに入る。想像以上に心身ともに疲労している。期待と失望。己の不甲斐なさ。様々な感情が私の体にまとわりつく。



(ん?)


 私がその違和感に気付く。



(布団が温かい……)



「待っていたで~、玄人~」


 消灯した暗い部屋。カーテンの隙間から入る月明りの中、布団の中から現れた金色の髪の少女。私は驚き声を上げる。


「こ、小鞠!? なんで!?」


 小鞠はその艶やかな髪をかき上げ、私に迫りながら言う。



「なんでって、前からずっと言ってるやろ。うちは玄人のもんや。さ、好きにしてええよ」


 ベッドの上で迫る小鞠。固まる私の肩に両手を乗せ、じっと見つめて来る。甘い女の香りと言う名の鎖が、私の体を縛り付けた。

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