40.悩める真凛
私、田中真凛はずっと複雑な気持ちでした。
お兄ちゃんにお出かけに誘われて喜んでいたのも束の間、二人きりじゃなくて他にもたくさんの女の子が一緒に行くことを知りました。お兄ちゃんがカッコいいことや、モテることは分かっています。でも私を含めると六人もの女の子と一緒にお出かけ、宿泊することになるとは夢にも思っていませんでした。
「お兄ちゃん、はい、お肉焼けたよ。食べて」
「ああ、ありがとう」
私は極力平静を装いました。本当はぎゅっとお兄ちゃんを抱きしめたい、ずっとそばに居たい。そんな気持ちを押し殺して私は『良い妹』を演じています。でもお兄ちゃんの言葉がずっと私の頭の中で木霊しているんです。
【この中に『運命の人』がいると思っている】
集まった女の子たち。みんな美人揃いで私は驚いてしまっているのですが、この中にお兄ちゃんの想い人がいるって言うんです。意味が分かりません。これはお兄ちゃんの婚活パーティ? この中からお兄ちゃんの好きな人を選ぶってこと? みんなお兄ちゃんのことを知っていて、しかもみんな少なからずお兄ちゃんに気がある人ばかりです。言わないけど分かります。私もそのひとりだから。
「なんか調子狂うね」
「うん……」
お昼のバーベキューの時、仲の良いマリエちゃんが私にそう言いました。本当にその通りだと思います。色んな女の子に囲まれて難しい顔をするお兄ちゃん。家では私だけのお兄ちゃんでいてくれるのに、外ではまるで知らない人のよう。私の心がズキズキと締め付けられるように痛みます。
(マリエちゃんもお兄ちゃんのことが好きなのかな……)
幼馴染で小さな頃はよく遊んだ近所のお姉ちゃん。それは今になっても変わらず、さすがに一緒に遊びに行くことはほとんどなくなったけど、会えば昔のように楽しく話ができます。好きとかそんな感情なんかなかったあの頃。
でも今のマリエちゃんを見ていると、やっぱりお兄ちゃんに気があるように思えます。長い時間がそうさせたのか、それともずっと隠し持っていたものなのか。お兄ちゃんが記憶を失い、一変してしまった頃からそれは顕著になったように感じます。
「真凛ちゃんは、どんな下着にする?」
「はい、ええっと……」
藤堂先生の車で買い出しに来たショッピングセンター。マリエちゃんと下着売り場にいた私に、藤堂先生がやって来てそう尋ねました。
肌が綺麗で、艶のある黒髪。先日20歳になったばかりだと言うのに、すごく大人のような女性。美人で頭もよく、世界的な学者の藤堂先生がなぜお兄ちゃんのことを『先生』と呼び、あれだけ親しくするのか未だに分かりませんが、以前サッカー部の先輩たちから助けて貰った恩は決して忘れません。
「どれにしようか今悩んでいて……」
今つけているのはお母さんと一緒に選んだ中学生用の下着。白色で何の飾りもない質素なもの。目立たないものがいいとお母さんが言っていたのでこれをつけているけど、他の人たちが手にしている赤や黄色の派手な下着を見るとちょっと羨ましくなります。
「私はこれでいいかな」
マリエちゃんは迷うことなくスポーツブラ。陸上をやっているので他の選択肢はないようです。以前そんな話をした時、『走るのに邪魔だから私に巨乳は不要』と言っていました。私もほとんど平らだけど、マリエちゃんもほぼ私の仲間です。
「ちょっと冒険しちゃう?」
そう言って藤堂先生が手にしたのは、白色だけど花柄が付いた可愛らしい下着。中学生の私がつけてもそれほど派手じゃなく、むしろ私の可愛さにぴったりの品。つけてみたい! でも値段が一桁違います。そんな私の視線に気付いたのか、藤堂先生が言います。
「お金は気にしなくていいから。みんなの分、私が払うからね」
事前準備に不手際があったせいだと言って、藤堂先生はこの滞在にかかるすべてのお金を支払ってくれるといいます。先生からしたら大したことのない金額かもしれないけど、私からしたら大金。躊躇う私にマリエちゃんが言います。
「うわー、真凛。そんなのつけるの? 玄人もびっくりだよね!!」
(お兄ちゃんが、喜ぶ……)
なぜそんな思考に及んだのかよく分かりません。でも私の中でいつもと違う妹を演じればお兄ちゃんの気が引けると思いました。
「試着して見ようかな……」
結局私は、そのややサイズの合わないちょっと大人びた下着を購入することになりました。
コンコン……
「ねえ、お兄ちゃん。入っていい??」
夕食前、買い物から帰ってきた私は部屋で休むお兄ちゃんを尋ねました。お昼の暴飲暴食、先ほどのアヒルボートの激務。ドアを開けるとベッドの上でぐったりしているお兄ちゃんの姿がありました。
「どうした? 真凛」
いつもと変わらないお兄ちゃん。そんな姿に私は少しほっとしながら部屋の椅子に腰かけます。
「藤堂先生に下着買って貰っちゃった。見たい?」
私の手にはショッピングセンターの紙袋。その中にはちょっと大人びた新しい下着。
「見たいわけないだろ」
「そうだよね!」
当然かな。お兄ちゃんが私の下着に興味を持つことなどこれまでもなかった。ただただちょっと背伸びした私がそれを見て欲しかったのだけかもしれません。
「で、どうしたんだ?」
お兄ちゃんがベッドに腰掛け、私に真顔で尋ねます。
「うん、あのね……」
私にはずっと考えていることがありました。
「あのね、お兄ちゃんがみんなを集めて『この中に運命の人がいる』って言ってたでしょ? それって、その……、私も入っているのかなって、思ってて……」
そう。それはお兄ちゃんの『運命の人』について。みんなの前で白状したお兄ちゃん。お兄ちゃんがその人を探しているのは分かったけど、その中に私が含まれているかどうか。血の繋がりはないけど、お兄ちゃんは私の家族。例え『運命の人』だったとしてもその壁は他の人よりずっと高い。だけど聞きたい。いや、聞かなきゃいけない。
お兄ちゃんは少し考えてから答えました。
「ああ、入っている。真凛、お前も私の『運命の人』の候補のひとりだ」
真面目な顔。真剣な口調。決して冗談を言っているようではありません。
「でも、私はお兄ちゃんの妹だよ……」
そう、私は妹。お兄ちゃんの家族。その問いに、お兄ちゃんは少し間をおいてから答えました。
「分かっている。ただ、幸か不幸かお前は血の繋がらない義理の妹だ。もし真凛が本当に私の探す人ならば、私の心は決まっている」
(お兄ちゃん……)
その言葉には何か気迫めいたものを感じました。大袈裟かもしれませんが、命を懸けているぐらいに。そうですよね、じゃなきゃこんな大掛かりな計画を立てないですよね。
「どうやって見つけるの?」
お兄ちゃんは頭を掻きながら私に答えます。
「それが分からないから、苦労してるんだよ……」
本当に悩んでいるようです。でもお兄ちゃんの気持ちは分かりました。その決意は伝わりました。恥ずかしい。私は買ったばかりの下着の入った紙袋を強く抱きしめました。こんなものでお兄ちゃんの興味を引こうなどと言う浅ましい考え。恥ずかしくて汗が流れます。
「私だったら大変だね!」
「そうだな」
それが私にできる精一杯の返しでした。
お兄ちゃんが好き。大好き。でも妹である以上、それ以上は考えないようにしてきました。でもその壁が今日、崩れていったような気がします。
(私が選ばれたら、お母さんになんて言おうかな……)
お兄ちゃんの部屋を出た私は、そんなまだ見ぬ未来のことを心配しながら、夕食の準備をするみんなの所へ向かいました。




