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4.学校で出会ったマリとマリ

「田中君、ちょー変わったよね」

「うん、なんか別人みたい」

「あんなにイケメンだったんだ……」


 クラスの女子が背筋を伸ばして椅子に座る私を見てひそひそと話をする。無論私には聞こえない。いや、聞こえていたとしてもさして興味はない。そう、このクラスで私が興味があるのはただひとり。



(マリ……)


 前の方で座る赤髪の女性。百瀬マリナ、ただひとりだ。




「田中、怪我の方は大丈夫なのか?」


 そこへスーツ姿の中年男性が私に声をかける。恐らく講師であろう。私はすっと立ち上がり軽く会釈をしてそれに答える。


「問題ありません。この通り元気です。ただ少し記憶が……」


「ああ、それはご両親から聞いているよ。色々と困ることがあるかもしれないけど、私や皆を頼りなさい」


 私はその言葉に頭を下げ感謝を述べた。彼は私の変貌にやや驚きながら頷き、教壇へ向かう。



(もっと『田中玄人』を知らなきゃならないな。私とのキャラが違いすぎるようだ)


 皆が私を奇怪な目で見つめる。交通事故に入院。見た目、性格の変貌。確かに注目を浴びるだろう。そして授業が始まった。


(想像以上にレベルが低いな……)


 授業が始まり、私は失望した。

 この世界で17歳の人間が受ける学問レベルを知りたかったのだが、思ったよりもずっと低かった。前世では10歳程度で学ぶレベル。向こうではさらに『魔法学』『魔法歴史学』『魔法力学』『魔術構築学』などが一般教養として学ばされる。私は窓から外の景色を眺めながら思う。


(ただ、この世界に魔物がいないのは嬉しい誤算だ)


 世界を滅ぼす魔王に魔物たち。それらがいないだけでもこの世界は幸運であろう。私が思う。


(ただ、思い込みは禁忌だ。なぜなら……)


 私は昨晩『田中玄人』の部屋にあった幾つもの書物を思い出す。あそこにはこの世界でまだ遭遇していない魔物や魔王が描かれており、エルフやドワーフ、獣族などの詳細な記述も見られた。


(きっと私以外にも魔法を使う者がいるに違いない)


 真凛曰く『魔法なんて使える訳ないじゃん! お兄ちゃん、大丈夫!?』と言っていたので、そこから察するにこの世界の魔導士はごくごく限られた存在、軽々しくその能力を見せてはいけないことになる。

 そしてDVDと言う円形状映像記録媒体に収められていた内容には、さすがの私も度肝を抜かれた。この世界のどこかで戦う勇者の英雄譚の数々。感服した。素晴らしいと思った。我が戦友、勇者アリアンも書物だけでなくあのような映像として残せるのならぜひそうして欲しいものである。



「田中、これやってみろ」


 窓の外を向き、他事を考えていた私に講師が黒板に書かれた問題を指さし言う。集中を欠いていたと思われたのか。注目が私に集まる。基礎科学の問題。申し訳ないが私にとっては眠っていても解ける問題。

 席を立ち、スマートに解答を書き席に戻る。どよめく教室。だが私には赤髪のマリだけが気になっていた。




「あっ」


 一日の授業の終わり。何とか百瀬マリナに近付こうと思っていたのだが、彼女は早々とどこかへ消えてしまった。三人のマリ。とにかく皆に接触し、もっと彼女たちを知らなければならない。そこへクラスメイトの男子生徒が声をかけて来た。


「なあ、田中。お前、部活は覚えてる?」


「部活?」


 確か放課後に行う様々な活動のことだと記憶している。黙り込む私に彼が言う。


「お前、読書部な」


「読書部?」


 本を読む部活動。なるほど。『田中玄人』は本が好きだったのか。自室にあったたくさんの書物の理由にも納得できる。私は彼に礼を言い、教えられた読書部の部室へと足を運ぶ。

 放課後の廊下。下級生や上級生が行き交う廊下を歩き、私は読書部の部屋のドアを開ける。


「失礼します」


 ノックをして開けたドア。私は固まった。




「えっ、マリ……」


 私は思わずその名を口にした。狭い部屋に座っていたのは黒のボブカット、眼鏡をかけた大人しそうな女子生徒。似ていない。これまでの他のマリ達と違い、外見は似ていない。ただ私の直感が告げている。



 ――彼女もマリだ


 眼鏡をかけた女生徒が私に驚き、立ち上がって頭を下げながら言う。


「お、お疲れ様です。田中先輩」


 先輩? と言うことは彼女は高校一年だろうか。本棚にぎっしり詰まったたくさんの本。私は部室に入り、鞄を机に置きながら尋ねる。


「聞いているかな? 私は事故に遭って記憶を少し無くしているんだ。良かったら君の名前を教えてくれないかな」


 彼女は目を丸くし、私の言葉に驚いた表情を見せる。


「じ、事故!? 記憶がないのですか!? だ、だからなんか雰囲気が変わって……、あっ、先輩お怪我は……」


「ありがとう、大丈夫。この通り元気だよ。それより君は……」


 女子生徒ははっとした顔をしてから両手を体の前で重ね、頭を下げて言う。



「わ、私は早乙女さおとめ万里子まりこです。よろしくお願いします……」



(やはり『マリ』か!!!)


 私の直感は正しかった。万里子。彼女もマリ。容姿は違えど、一緒にいて安心するこの感覚。間違いなくマリである。私は手を差し出し、笑顔で彼女に言う。



「よろしく、万里子。私は君のことをもっと知りたい」


「え?」


 万里子は飛び上がるぐらい驚き、どうしていいのか分からないままそっと手を出し握り返す。


(た、田中先輩。なんだか別人みたい……、名前の呼び捨て、どうしよう、緊張する……)


 どちらかと言うと大人しく控えめだった田中玄人。それがまるでどこかの国の紳士のような振る舞い。万里子は緊張した。



「万里子はどんな本が好きなのかな?」


 私は場を和ませようと、周りに並べられた本を見ながら彼女に尋ねる。本好きの彼女。きっと会話も弾むだろう。そしてそれが思わぬ光景を導く。



「ええっと、ですね……」


(あっ)


 万里子が人差し指を頬に当て、考える仕草をする。それは愛するマリ・アンジェラスが考え事をする時に決まってしていた仕草。私は涙が出るほど嬉しくなりじっと彼女を見つめる。


「色々な本を読みますけど、高校に入ってからはやはりラノベが好きです」


 もっと知りたい。マリかもしれない彼女のことをもっと知りたい。再び現れたマリに驚きながらも、なぜか心地よい感覚に身を委ねる。


「先輩……?」


 黙り込む私に万里子が少し心配そうな顔で言う。


「ああ、ラノベ。ええと、ラノベ……」


「ライトノベルですよ」


 意味が分からない。また知らない単語。ただライトは『軽い』、ノベルは『小説』。きっと軽い本のことであろう。確かにこの世界はスマホより大きなタブレットと呼ばれる道具で本を読む。今彼女が手にしている本も比較的小さなもの。重くない、軽い小説が好きなのだろう。



「私もラノベが好きだ。軽くて持っていても疲れないからいいよね」


「あ、はい……」


 万里子がやや困った顔で答える。私は何か間違ったことを言ったのかと少し不安になったのだが、彼女のマリに似た可愛らしい笑顔を見てそんなことはどうでも良くなった。



「もっと君と話がしたい」


 素直な私の気持ち。彼女は戸惑った様子を見せたが、最後は色々と私の会話に付き合ってくれた。




「お、お疲れ様です、先輩」


「ああ、気を付けて」


 部活が終わり帰宅する万里子。残念ながら彼女は自転車通学で、駅に向かう私とは逆の方向だ。私は万里子に手を振って別れを告げ駅へと歩き出す。



(部員がふたりか。しかも私が部長だったとは)


 読書部について色々なことが分かった。

 まず部員は私と万里子の二人だけ。先輩がいたそうだが既に退部してしまっているそうだ。来年以降部員を増やさないと廃部になるとのこと。彼女と親睦を深める大切な場所。決して無くす訳にはいかない。

 新たな目的を胸に歩き出した私の前に、一台のバスが止まる。中にはうちの生徒だろうか。たくさんの女子生徒が乗っており、開いたドアからぞろぞろと降りてくる。



「え?」


 私はその中の一人、青色のポニーテールをした元気そうな女子生徒を見て固まった。彼女は私の姿を見つけると、駆け足で寄ってきて言う。



「玄人!! わあ、本当だ! 随分雰囲気変わったな!! それより大丈夫だったか? 入院したって聞いたし、記憶ないって本当??」


(マリ……)


 再び私の直感が告げる。健康的な彼女。目の下のほくろ。元気だった頃の『マリ』にそっくり。驚き、黙り込む私に彼女が言う。



「私のことも覚えてないのかよ? マジで?? 私は一ノ瀬マリエだよ。幼馴染の。覚えてる??」


 五人目のマリ。

 私は嬉しさと同時に再び頭が混乱した。

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