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37.早乙女万里子の決意

「じゃあ、先生。私達は買い出しに行ってきますので!」


 波乱のバーベキューパーティーも終わり、食べ過ぎで芝の上で横になる私に藤堂ライカが言った。買い出しとは急遽決まった今日の宿泊の準備をするためのもの。車で山を下りた先にある街へと向かうらしい。


「うむ、では私も……」


 そう言って起き上がろうとする私を、ライカが手で制止して言う。



「先生は留守番です」


「え? なぜ、私も買い物が……」


 戸惑う私にライカは、後ろにいるマリ候補たちが恥ずかしそうに俯く姿を見て言う。


「宿泊セットと言うのは女の子にとって見られたくないものばかりなんですよ! それともなんですか、先生は彼女らの下着を一緒に選んでくれるんですか??」


(うっ……)


 確かに彼女の言う通りだ。男の私が居ては思うような買い物もできないかもしれない。ただ私も買わなければならない物もある。



「お兄ちゃんの下着は~、真凛が買ってきてあげるよ!」


 私を心配したのか、妹の真凛が前に出て言う。


「いや、だがサイズとかは……」


「そんなの知ってるよ~、家族じゃん」


「あ、ああ……」


 確かにそうだ。時々義母と一緒に洗濯を干す真凛の姿を見る。私の下着のサイズぐらい知っていても不思議じゃないだろう。


「わ、分かった。じゃあ、真凛に任せ……」



「先生の体のサイズなら私も知っておりますので」


 まるで真凛に対抗するかのようにライカが胸を張って言う。なぜ彼女が知っている? 不思議に思った私が尋ねる。


「どうして君がそんなこと知っているのだ?」


「どうしてって、この間研究所にいらした際に赤外線3Dスキャンを撮りました。先生の体のデータは全て記憶しております」


(なっ!?)


 血の気が引いた。3Dスキャン!? なんだそれは!? そんなことを勝手にされていたのか。恐ろしさと気持ち悪さで体が振るう。真っ青な顔をする私にライカが笑いながら言う。



「冗談ですよ、冗談。先生、そんなこと本気になさらないでください」


 絶対撮っているだろうと私は思った。迂闊にあの施設に行くのは危険だと猛省した。とは言え仕方ない。私は留守番をする方がいいのだろう。


「分かった。では私はここで皆を待つよ」


「片付けもお願いしますね。先生」


「……」


 散々飲み食いして散らかったままのバーベキュー会場。その片づけを私一人に押し付けるのか。ライカの私に対する扱いが随分酷くなってきたなと思っていると、その黒髪のボブカットの少女が小声で言った。



「あの、私も留守番します……」


「え?」


 そう声を発した万里子を皆が見つめる。


「私、今日お泊りだと勘違いして、その、宿泊セットは持って来てるんです。だから買いに行かなくても大丈夫でして……、それに車はまた酔うのであまり……」


 確かに万里子だけやや大きめの鞄を持って参加していた。まさか宿泊するつもりで来ていたとは。一瞬漂う妙な空気。万里子が行かない。それはつまり(私は後から気付いたのだが)、彼女とふたりきりなると言う意味を指す。ライカが言う。


「まあ仕方ないかな。万里子ちゃんを無理やり車に乗せるのも良くないし。じゃあ、先生を見張っていてね」


「あ、はい!」


 なぜ私を見張る必要があるのか。問題児でもあるまいし。何か言いたそうな表情をする者もいたが、さすがにライカの決めたことに表立って誰も異を唱えることはなかった。





「じゃあ、留守番よろしくお願いしますね!」


「万里子ちゃーん! 玄人に襲われないようにね!!」


 余計なことを叫びながら、ライカの運転する車で皆が買い出しに向かった。

 残された私と万里子。皆がいるとうるさいほど賑やかだったが、二人になると嘘のように静寂が辺りを包む。そう、ここは山奥にある湖畔のペンション。本来静かな場所なのだ。万里子が言う。


「せ、先輩。私、片付けますから、休憩していてください」


 なんていい子なのだろう。彼女だって車酔いから回復して間もないはずなのに、本当に健気である。


「そうはいかない。私も一緒に片付けるよ。大丈夫、終わったら少し休憩させてもらうから」


「わ、分かりました。じゃあお願いします……」


 可愛い。眼鏡をかけた顔は俯きはっきり見えないが、ピンクに染まった頬と初々しい仕草は男心をくすぐる。それに今日の万里子の衣装。まるで貴族に仕えるメイドのようだ。これは彼女の()()()()()がそうさせているのだろうか。



(早乙女万里子、君が『マリ』なのか……?)


 黙々と私の前で片づけをする彼女を見て、ふとそう思った。いや、心のどこかでそう願ったのかもしれない。私もはち切れそうなお腹を押さえながら、彼女と一緒に片づけをした。






「藤堂先生、ちょっとお聞きしてもいいでしょうか?」


 山の麓にある小さな町のショッピングセンター。ライカの運転でそこに着いたマリ候補たちが買い物を始める。

 そんな中、赤髪の百瀬マリナが藤堂ライカに声をかけた。黒の長髪に黒の眼鏡。『美人天才科学者』と称えられるライカは、間近で見ると肌のきめも良く本当に美しい。外見には自信のあったマリナですら、一瞬見惚れてしまうほどの美しさ。


「なにかしら?」


 ライカが微笑みながら振り向き、マリナに答える。


「あの、私の病気のことなんですが……」


 百瀬マリナの病気。それは難病として国の指定を受けていた『突発性細胞死滅症候群』のことだ。ライカが頷いて答える。


「薬のことね」


「はい! あの、先生には本当に感謝していて、私の体調も随分良くなりました。本当にありがたく思っています」


「良かったわ。副作用は大丈夫?」


「はい、これも先生の薬のお陰でもう問題ないです」


「そう、安心したわ」


 マリナは胸の鼓動を抑えながら尋ねる。



「あの、先生。どうして、どうして私だったんですか……?」


 ライカが長髪を耳に掛けながら尋ねる。


「それはつまりあなたに最初に薬を届けたってことかしら?」


「……はい」


 マリナが頷く。病気は快方に向かっている。いずれ完治するとの主治医の話だ。とても嬉しい。嬉しい反面、何の関わりのない自分になぜあのノーバル賞科学者の藤堂ライカが指名までして来たのか。唯一考えられる接点。それは……



「玄人君が、そうしろと言ったんですか……?」


 田中玄人。彼が自分と藤堂ライカをつなぐ唯一の接点。これ以外考えられない。玄人と藤堂ライカの仲の良さを見て、それは確信へと変わった。ライカが答える。


「まあ、別に口止めされているわけじゃないけど、私から言うのはよそうかな。ただ、否定はしないわ」


「……分かりました。ありがとうございます」


 マリナの目に涙が溢れる。ようやく胸のつかえが取れた気がした。涙ぐむマリナの頭を撫でながらライカが言う。



「さ、一緒に下着買いましょう。可愛いのあるといいね!」


「はい!」


 マリナは大きく頷いてそれに答えた。






「ふうーーーっ、やっと終わった」


 ようやく私と万里子は、皆が食い散らかしたバーベキュー会場の片づけを終え大きく息を吐いた。準備も大変だったが片づけは人が少ない分余計に疲れる。万里子も額に大粒の汗をかいている。


「ありがとう、万里子。助かったよ」


「い、いえ、そんなこと……」


 万里子が俯き顔を赤らめる。初々しい。本当に出会った頃の『マリ』そのものだ。とは言え私も少し休みたい。そう言えばペンションには露天風呂がついていたはず。私が言う。



「少し休憩してくるよ。確かペンションには露天風呂があったはず。先に入ってもいいかな?」


 万里子が何度も大きく頷き答える。


「は、はい! どうぞ」


「ありがとう」


 私は万里子に礼を言い、食べ過ぎではち切れそうな腹を押さえながらペンションへと向かった。




(ほう、中々だな)


 ペンションは、今回のグループが宿泊する程度なら問題がないほど大きく立派なものであった。少し古さは感じるもののきちんと清掃がされており気にならない。それよりも広いリビングにある大きなシャンデリアに暖炉、木をふんだんに使った内装などいるだけで心休まる空間となっている。


「部屋数も十分だな。まあ、相部屋になりそうだがな」


 さすがにそれぞれ個室と言うわけにはいかないが、皆が宿泊できる部屋数もある。私はペンション屋内を歩きながら、目当ての露天風呂へと向かう。



「おお! これはすごいぞ!!」


 大きなペンションに相応しい広い露天風呂。和風の景観の中で白い湯気がもくもくと立ち込める。私は早速その素晴らしき湯の中へ体を沈める。



「ふわ~、これはいい……」


 前世でも温泉はあった。魔物との戦いで疲弊した体を癒す最高のひと時。残念ながらマリと入ったことはないが、この世界で彼女に再会したらぜひ誘ってみたいものだ。


「これは天国だな……」


 私はお湯に浸かりながら空を見上げる。この世界に来て随分経ったが未だ『マリ』を見つけあげられていない。自分の無力さと同時に、まもなくそれが終わりを告げると言う期待感に気持ちも高揚する。

 苦しかったお腹も少しだけ楽になった。温泉は最高だ。そんなすっかり油断していた私の耳に、突如ドアが開かれる音が響く。



 ガラガラガラ……


(て、敵襲!?)


 万里子以外誰もいないはずのペンション。人が来るはずがない。そう思っていた。だからまさかその万里子自身がやって来ることなど寸分の可能性も私の頭にはなかった。



「先輩……」



(え?)


 白い湯気がもくもくと立ち込める中、大きく白いバスタオル一枚を身にまとった黒のボブカットの少女。早乙女万里子がそこに立っていた。


「万里子……? ど、どうしたんだ……!?」


 湯気ではっきりと姿は見えない。ただ万里子がいる。そこに立っている。私は彼女に背を向けお湯に深く浸かる。そしてその言葉を聞いた。



「私も……、私も先輩のことが好きなんです……」


 告白。私の体がそのお湯よりもさらに、熱く震えた。

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