36.バーベキューパーティー!!
「じゃあ、早速始めましょうか!」
ライカの言葉で始まったバーベキューパーティー。聡明な彼女がてきぱきと皆に指示を出す。
マリナと真凛、小鞠は肉や野菜の下ごしらえ、マリエと万里子は機器の設置や火起こしなどを担当する。元気よく返事をして動き始める皆であったが、その空気は異様なものであった。
(『運命の人』って、一体誰なのかしら……?)
田中玄人が探すその女性。この中にいるとのことだが、どうやって探すのだろうか。何か手掛かりでも? お互いが牽制し、家族である真凛でさえもその話題に触れない。落ち着かない候補者たちは、準備をしながらちらりちらりと玄人を目で追う。
(思い出せ。マリが食事の準備をする時の姿を……)
対する私は、生前マリが元気だった頃の彼女を頭に浮かべる。料理好きでいつも彼女は美味しい食事を作ってくれた。笑顔でキッチンに立つ彼女。決して忘れることができない姿だ。
「マリナ、短剣の扱いが上手いな」
野菜を片手に、上手に短剣でカットしていく。マリナが赤い目で一度私を見てから恥ずかしそうに下を向いて答える。
「と、当然だわ。毎朝二時に起きてお弁当を作っているんですから!」
さらに時間が早くなっているような気もするが、きちんと睡眠はとれているのだろうかとやや心配になる。ただ彼女の料理する姿、『マリ』を十分に彷彿させるものである。
「お兄ちゃん、短剣って何よ~。これは包丁って言うんだよ」
対する妹の真凛。慣れない手つきで野菜や肉を切っていく。
「包丁? ああ、そうだったな」
私はそう答えつつも、残念だが料理に関しては真凛には『マリ』を感じないと思った。まだ中学一年生。家の手伝いもしない彼女には当然なのかもしれない。
「真凛ちゃん、手つき危ないな~。ここはこうするんや」
そして小鞠。上手だったマリナよりもさらに見事な短剣捌き。そう、彼女は常日頃から家族のために食事を作っている。小鞠が真凛に色々と教えているのを頷きながら見つめる私の耳に、元気なマリエの声が響く。
「藤堂先生ー!! もう火はつけてもいいですか??」
バーベキューコンロに炭を入れ終えたマリエと万里子。ライカに確認を取る。
「いいよー!! 時間がないから一気にガンっとやっちゃって!!」
「了解でーす!!」
何気ない会話。バーベキュー準備のありふれた会話。だが私の脳裏に辺り一面火の海となる光景が広がる。
「ま、待て!! 万里子、ちょっと待て!!」
火をつけようとしていたマリエと万里子に向かって私は駆け出し、大声で言う。驚くマリエと万里子。マリエが言う。
「な、なに!? 玄人、どうしたの!?」
どうしたもこうもない。『火族』で煉獄の炎の使い手である万里子が、全力で火を放ったらどんな惨劇を招くのか。最強魔導士であるこの私がいても、魔法が不安定なこの世界ではどれだけ消火できるか分からない。
「万里子、いいか? ゆっくりだ。ゆっくりほんの軽く、火をつけろ……」
「え? あ、はい……」
点火器を持った万里子が超スローで炭に近付き、これまた超ゆっくりと指を動かす。
「いいぞ、その調子だ。焦らず、呼吸もゆっくりと……」
「は、はい……」
私の言葉に合わせて万里子が小さく息を吐く。
「あー、もう何やってるの!! 私がやるよ!!」
見かねたマリエが青いポニーテールを揺らしながら万里子から点火器を奪うと、あっという間に炭に火をつけた。
「ふたりとも何やってるの? そんなに時間ないんだよ!」
「ご、ごめんなさい……」
項垂れ、謝罪する万里子。私は彼女を可愛そうと思いつつも、最初からマリエに点火させれば良かったと少し反省した。
「いや、それでも良かった。ここが大惨事になるのを免れて」
そう話す私に、マリエは手にしたトングで追い払うようにして言う。
「訳の分からないこと言ってないで、邪魔よ。玄人、邪魔だからあっち行ってて」
「す、すまない」
そう、秘密裏に魔と戦う火族である万里子は、容易にその正体を明かせない。私はすべてを理解したような顔で頷き、心配そうにこちらを見つめる万里子に小さく目で合図して立ち去った。
「はーい、じゃあみんなこっち来てー!!」
無事に準備も終わり、バーベキューコンロを囲み呼ばれた皆が椅子に座り始める。すでに肉はいい色に焼け始めており、一緒に置かれた野菜もきつね色に変化し食欲を誘う。
「あー、玄人の隣、空いてる~。座っちゃお~」
そう言いながら美しい金色の髪を後ろで束ねた小鞠が、空いていた私の隣の椅子に腰を下ろす。反対側の隣に座っていた赤髪のマリナがむっとした顔で言う。
「ちょっと、あなた。近いわよ、くっつきすぎだわ!」
べったりと私に密着する小鞠に、マリナの強い視線が突き刺さる。小鞠が笑みを浮かべて答える。
「なんでや~? うちは玄人のものや。所有物は常に隣におらなあかんやろ?」
「何ですって!? あなたそれどう言う意味……」
バチバチと目の前で戦いを繰り広げる二人の間で、私の視線はバーベキューコンロで皆の肉や野菜を焼く真凛と万里子へと向けられる。
「藤堂先生、マリエさん、こちらどうぞ……」
万里子が、黒のボブカットを揺らしながらふたりにこんがり焼けた肉と野菜を皿に乗せ渡す。
「ありがとう!」
飲み物の準備をしていたライカとマリエが礼を言って受け取る。
「お兄ちゃん、はいどうぞ……」
そして妹の真凛がやや不満そうな表情で私に焼けた肉と野菜を持ってくる。
「ありがとう」
私はそれにお礼を言い受け取る。こう言う場ではいつも皆に気を配り動いていた『マリ』。こんな配慮ができるのはやはりポイントが高い。
「みんなー、飲み物取りに来て!!」
紙コップに飲み物を入れ終えたライカとマリエが皆を呼ぶ。私も立ち上がってテーブルの上に置かれた紙コップを手にして椅子へと戻る。美味そうだ。疲れた体に沁みるだろう。
ガン!!
「痛っ!!」
不意に私の頭に激痛が走る。後方からの襲撃。敵襲かと思い構えながら振り返る私の目に、頬を膨らませて仁王立ちするライカの姿が映る。まさか彼女がやったのか? 唖然とする私にライカが言う。
「先生! それは私のです!!」
「……え?」
私は手にした紙コップを見つめる。紫色の液体。前世、仕事終わりにいつも飲んでいたあの素晴らしき飲み物。それに気付いた真凛が言う。
「あー、お兄ちゃん!! それワインだよ!!」
「そ、そうだが、それが何か……、あっ!!」
私もようやくそれに気付いた。マリエが言う。
「玄人、まだ高校生でしょ? 飲んだらダメだよ」
そうだった。私はこの世界ではまだ未成年の高校生。飲酒は禁止。つい癖で前世でいつも嗜んでいた葡萄酒を手にしていた。ライカが私の手からワインを取り上げ、頭を撫でながら言う。
「はーい、先生。まだ子供は早いですよ~、ばぶ~」
(くっ……)
最強魔導士として名を馳せ、酒豪と名高い兵士長相手にも一歩も引かなかった私を子ども扱いだと……。 代わりに渡されたオレンジジュースを見て、私の悲しみの炎がさらに燃え上る。
「先輩、これ美味しいですよ……」
ただそう言って顔を赤らめて私に言ってくれる万里子を見て、そんな気持ちも消えてしまった。ただ同時に思った。
「ライカ、君はこの後運転だろ? 飲めるのかい?」
「ああっ!!」
私の言葉に顔を真っ青にするライカ。食事の後、皆で宿泊の買い出しに行く予定だ。
「ふっ」
自然と勝ち誇ったような表情になる私の前で、ライカがへなへなと座りこだ。
「乾杯ーーーーっ!!」
少し遅めの昼食が始まった。段取りのいいライカに、気の利くマリ候補たち。ワインは飲めなかったがライカも楽しそうに食べている。
「お兄ちゃん、あーん……」
食事を楽しむ私に真凛が肉を手にやって来る。そう、『マリ』も二人きりの時はよくこうやって私に食べさせてくれた。恥ずかしいと思ったが無下に断るわけにいかない。
「あ、あーん……」
「きゃっ、お兄ちゃん。可愛い~」
肉を頬張る私を見て真凛が嬉しそうに言う。私も嬉しい。『マリ』を全身で感じるぞ。
「じゃあ、次はうちのやで~」
(え?)
そんな私に順番を待っていたかのように小鞠が大きな肉片を持って言う。
「わ、私のお肉も食べなさい! 丹精込めて焼いたんだから!!」
「玄人ー、私も焼いたよ!! 食べて」
「こ、これも食べてくれると嬉しいです、先輩……」
(なっ……)
小鞠に続き他の三名も私を取り囲むようにして順番を待つ。
「先生~、私のも全部食べてくださいね~。何せ面倒なこと、全部押し付けたんですからこれくらい当然ですよね~」
極めつけはライカ。両手に溢れるほどの串刺しにした肉や野菜を持ち、笑みを浮かべて言う。
「ちょ、ちょっと待て!? さすがにこれは多すぎ……」
「なに言うてんの? はよ食べな、ほれ!」
「うぐぐっ……」
皆から無理やり口に詰め込まれた私。『優しいマリ』を皆から感じられたのは良かったのだが、さすがに食後は満腹で動けなくなってしまった。




