34.候補者、集結!
週末。私の思いが通じたのか、朝起きると突き抜けるような青空が広がっていた。完璧な好天。雨雲があれば風魔法で無理やり吹き飛ばしてやろうと思っていたが、そのような必要はなかったみたいだ。
「お兄ちゃん、もう出かける??」
リビングに降りた私に、先に準備を終えた真凛が尋ねる。フリルのついたシャツに膝上までのショートパンツ。頭はその茶色の艶のある髪を団子状に結び、くりっとした青い瞳で私を見つめる。
「うん。可愛いぞ、真凛」
素直に言葉が出た。それを聞いた真凛が嬉しそうな顔で答える。
「ありがとう、お兄ちゃん! 私も負けられないからね!!」
何と勝負するのだろうか。私はよくその意味が分からなかったが、今日のお出かけを楽しそうにする彼女を見て、そんなことは頭から消えてしまった。
「では、行ってきます」
「行ってくるねー、お母さん!!」
私と真凛は玄関で見送る義母に挨拶をして家を出る。集合は駅前。早朝なので外はまだひんやりとした空気が流れる。
「おっは~!! 玄人、真凛!!」
家を出てすぐ、近所にする幼馴染の一ノ瀬マリエに合流した。早朝なのに元気一杯はいつものマリエ。私達を見つけると道の向こうから大きな声で手を振って名前を呼んだ。
「マリエちゃん!!」
真凛が嬉しそうにマリエへ向かって駆け出す。マリエは私の幼馴染。当然、真凛とも小さな頃からの知り合いである。抱き着く真凛の頭を撫でながらマリエが言う。
「おお、なんだか大きくなったな。可愛らしくなったし、いやいやこれはもう大人っぽくなったと言っていいんじゃないか!?」
確かに真凛は13歳とは思えないほど女性らしくなっている。丸みを帯びた肢体に少しずつ膨らみ始めた双丘。元々可愛い彼女は、今まさに大人への扉を開けようとしているのだろう。
「マリエちゃんも、カッコいいよ!!」
対するマリエ。ラフなパーカーに真凛と同じショートパンツ。頭にはトレードマークの青いポニーテールによく合う白のキャップ。運動好きの彼女らしい服装だ。マリエが私に言う。
「こんな美女二人をねえ~。あ、五人か」
(ううっ)
それを言われると面目ない。ちなみにマリエとマリナ、小鞠には『運命の人』の話はしてあるが、それ以外の二人には黙って貰うことになっている。建前は食事つき『藤堂ライカの講演会』。それでも皆が快く参加してくれたことには感謝している。マリエが私の手を取り笑顔で言う。
「さ、行くよ!」
駅に向かって歩くマリエ。私はこの時初めて、彼女がうっすらと化粧をしていることに気付いた。
「あ、マリナ!!」
待ち合わせの郊外の駅に着いた我々三名。そこには白いシャツに赤のリボン。真っ赤なタイトスカートに黒色のブーツを履いた百瀬マリナが待っていた。
「遅いわ! この私を待たせるなんて」
真っ赤な髪、真っ赤な瞳のマリナがむっとした表情になる。そう、『マリ』と待ち合わせで私が遅刻した時は、いつもこうやって怒られていた。私は苦笑いしながらマリナへ言う。
「すまなかった。でも今日も綺麗だよ、マリナ」
マリナの顔がその赤髪と同じぐらい赤く染まる。
「お、お兄ちゃん。何それ、ちょっとキモいんだけど……」
やや引き気味の真凛を無視するようにマリナが言う。
「き、綺麗? と、当然だわ。まあ、あなたも私とお付き合いしているのだから、私に見合うぐらいの男になって欲しいわ……」
その言葉に反応したマリエが青いポニーテールを揺らしながら言う。
「え!? ちょっと、玄人! その女と付き合っているって、えっ本当なの??」
「い、いや、私は今日みんなに付き合ってもらって……」
いまいち話の意味が分からない私の耳に、その大きな声が響く。
「玄人はうちと付き合ってんじゃないのか? どういうことや??」
「小鞠!」
そこには『マリ』そっくりな金色の長髪をした新田小鞠。レモングラスの甘酸っぱい香りが私を優しく包み込む。ただ彼女は茶色の高校の制服を着ている。私が尋ねる。
「小鞠、今日は休日なのに学校へ行くのか?」
小鞠がややばつが悪そうな顔で答える。
「ま、まあ、そういうことや……」
そう答えながら小鞠が私の耳元でささやく。
「お洒落な服持ってないからや!」
(ああ……)
私が無言で頷く。小鞠に変な気を遣わせてしまったようだ。そんな小鞠をマリエが指さして言う。
「あなたも来たのね。まあそれは仕方ないとして、玄人と付き合っているってどういうことよ!」
小鞠とマリエは以前ファミレスで出会っている。『運命の人』と伝えた二人。今回それは黙っていてもらうようお願いしているが、あの頃からどうも仲が悪い。小鞠が私の腕に手を絡めマリエに言う。
「どうもこうも、うちはもう玄人のもんや。なあ、玄人。玄人もうちのこと好きやって言ってくれたやろ?」
「いや、そんなことは一言も……」
「あ、あの、私も先輩に、こ、告白されて……」
「わっ!! 万里子!!」
いつの間にか私の背後に来ていた後輩の早乙女万里子。なぜか皆に問い詰められていたとは言え、この最強魔導士がこうも簡単に背後を取られるとは!? さすが火族! さすが煉獄の炎の使い手である。
中世メイドのようなロリータファッションに身を包んだ万里子に私が尋ねる。
「万里子。告白って、何の告白だ……?」
身に覚えがない。私が万里子に何か伝えたのだろうか。何かの重要機密? そう尋ねる私に万里子が恥ずかしそうに答える。
「いえ、あの、わ、私の手を握って、その……、ぁ、愛、ぃ、……るって……」
何を言っているのか分からない。黙って聞く私に妹の真凛が手を引っ張って言う。
「お兄ちゃん! 一体どれだけの女の子にちょっかい出してるの!! もお、カッコ良くなったからってやりすぎだよ!!」
「は? ちょっかい? いや、私はただみんなと仲良くなり、みんなのことをもっと知りたくて……」
私の命題『マリ活』。その為に皆のことが知りたい。ただ純粋にそう思っただけ。小鞠が呆れ顔で言う。
「そこや。玄人のそう言う所がたらしってとこや……、天然のな」
(たらし? それは女たらしと言う意味なのか? この私が? なぜ……)
理解できない。『マリ』一筋であるこの私がなぜそのような悪名を賜ることになっているんだ。真凛が私に問いかける。
「ねえ、お兄ちゃん。ちゃんと聞くけど、この中にお付き合いしている人はいるの?」
「お付き合い? いや、今日はみんなに付き合ってもらっていて……」
「違うよ! この五人の中に、お兄ちゃんの恋人はいるか、って聞いてるの!!」
「こ、恋人……」
私の思考が一瞬停止する。
いない。いや、いる。『マリ』であるひとりは私の恋人のはず。どう答えればいいんだ。黙り込む私に真凛が言う。
「そこよ、そこ! その曖昧さがダメなの。本当にお兄ちゃん、すごく変わっちゃったわ!!」
「……」
なぜか公衆の面前で妹にダメ出しされる私。確かに傍から見れば闇雲に女性に声をかけているナンパな男に映ったのかもしれない。『マリ活』のためとは言え、そこは盲点だった。だとしたら私の答えはこれしかない。
「いない。この中に私の恋人はいない」
「お、お兄ちゃん……」
私に向けられる様々な感情を持った視線。その一つ一つに答えることはできない。代わりに私はこう答えた。
「ただ、この中に私の『運命の人』はいると確信している。その人のために私はここにいる」
その言葉を知っているマリエと小鞠、マリナ以外の二人が口を開けて私を見つめる。
言うしかなかった。下手に誤魔化すのも良くないし、この中に潜む『マリ』を炙り出すいい機会にもなり得る。記憶を失っているのか、何か名乗れない理由があるのか。何も分からないが、私と『マリ』の駆け引きはもう始まっている。
プップーーッ!!
そこへ一台の真っ黒な大型SUVがやって来てクラクションを鳴らす。皆の視線がその車に集まると、窓を開け、顔を出した黒髪の美人が言う。
「先生ー!! お待たせしました!!」
黒のキャップに黒のサングラス。いつもの赤いスポーツカーではなく、今回は大型の車。私はいいタイミングでやって来た藤堂ライカに向かって答える。
「ライカ。ちょうど良かった。皆、集まったところだ」
サングラスを外したライカが頷いて答える。
「はい、じゃあ、みんな乗って!」
「わ、藤堂ライカだ!」
「本物だ!」
五人の中で小さな歓声が上がる。そう、彼女は『天才美人科学者』であり、ここ数年ずっと話題の人として様々なメディアに取り上げられている人物。藤堂ライカの講演とは聞いていたものの、やはり本物を前に皆が興奮し始める。真凛が車に駆け寄り、頭を下げて言う。
「藤堂先生、この間はどうもありがとうございました!」
暴僧族に捕まった真凛を、私と一緒に救出してくれたライカ。帰りは彼女の車に乗って家まで送って貰っている。ライカが真凛の頭を撫で、笑顔で答える。
「いいのよ~、先生の妹さんなんだし。さ、乗って!」
「はい!」
ライカの言葉で皆が車に乗り始める。万里子も旅館のお礼を言ってから乗り込む。
ただ最後に乗り込んだ赤髪の百瀬マリナは、今目の前で起きている光景を見てようやく胸につかえていたあの事が理解できた。
(玄人君のことを『先生』って……、そうか。あの薬はやっぱり……)
なぜあの高名なノーバル賞科学者が自分のことなんか。なぜあの貴重な薬が一番初めに渡されたのか。マリナはその理由をようやく今理解した。




