32.付き合って欲しい。
竜ヶ崎家の夕食。竜ヶ崎総合病院の院長で、この家の主である正蔵が、ふたりの息子と妻と食卓を囲む。その顔は笑顔。家族での食事を大切にする正蔵が皆に言う。
「いや~、ようやくあの高校生の彼のことが分かったよ」
次男の明。金色の短髪に吊り上がった目。細い眉がピクリと動く。正蔵が言う。
「田中玄人君と言うそうだ。高校の場所も分かった。これから彼に連絡してみるよ。山下先生もお忙しい中、彼にどうしても会いたいと仰っていてね」
竜ヶ崎総合病院の発展に力を貸した大物政治家、山下肇。正蔵としても玄人を紹介できればその面目が保てる。
「それにしても高校生なのに凄い人物がいるもんだ」
感心したように頷く父正蔵を見ながら、長男である相馬は平常心を壊さぬよう料理を口に運ぶ。正蔵が尋ねる。
「それで相馬。藤堂先生はどうなった?」
持っていた箸が止まる。相馬が顔を上げ、引きつった表情で答える。
「問題ありませんよ。今度食事にお誘いする予定です」
手が震える。勝ちを確信していた賭けに敗れた。あれ以来、研究所などでライカとすれ違うことはあるが、目すら合わせ貰えない。人生初の敗北感。苛立ちや鬱憤が相馬の中に積もり重なっていく。
「相馬、あまり無理なことはするなよ。恋は相手を尊重することが大事だ。まあ、お前が藤堂先生と一緒になってくれれば、うちとしてはこれ以上のないことだがな。はははっ」
大きな口を開けて笑う正蔵を見ながら相馬が思う。
(私を馬鹿にした、あいつら。許さない。絶対に、許さない……)
相馬の怒りの炎は自身を焼き尽くすほど大きく、手の施しようがないほど強く燃え上がっていた。
思い出の場所を巡る小旅行を決めた翌日。私は早速その工作を開始した。
「え? 湖畔のペンション?? いいよ、行く行く!!」
妹である真凛は問題なし。両親も私達兄妹が仲良くする姿を目を細めて見つめる。大きくクリッとした青い瞳。もし真凛が『マリ』であるのならば早く私を思い出してほしい。
続いてその翌朝。私は早目に家を出て、朝練に行く青髪のポニーテールの幼馴染を待った。
「おっはー!! 玄人、早いじゃん!!」
早朝だと言うのに驚くほど元気。陸上で焼けた肌に青髪のポニーテール、目の下のほくろが『マリ』そっくりな一ノ瀬マリエに私が言う。
「おはよう、マリエ。一緒に学校へ行こうか」
「うん、いいよ」
マリエが私の隣に並び一緒に歩き始める。最近の部活の調子はまずまず良いそうだ。私は雑談をしながら、マリエに小旅行の話をする。
「え? 湖畔のペンション? 藤堂ライカの講演??」
驚くマリエに私は正直に話をした。『運命の人』たち五人を集めて楽しく食事をしたい。その中で私がその彼女を見つけると。黙って聞いていたマリエが尋ねる。
「じゃあ、あの百瀬マリナも来るんでしょ?」
「ああ」
マリエは赤髪のマリナと一度接触している。私がふたりに『運命の人』だと言ったあのファミレスだ。マリエが私の腕に手を絡め笑顔で言う。
「玄人! 私にしとけば? それでいいじゃん!!」
元気で明るいマリエ。本当に病に臥せる前の『マリ』のようで眩しいぐらいだ。とは言え、私が必要なのは『一ノ瀬マリエ』ではなく『マリ・アンジェラス』。私も笑顔で答える。
「マリエが本当に『運命の人』ならば、私の方からお願いするよ」
「まあ、いっか。行ってあげるよ!」
私は明るいマリエに感謝し、学校に着いてから会うであろう百瀬マリナについて考え始めた。
「おはよ、マリナ」
教室に入った私。すぐに赤髪の美少女百瀬マリナの姿を見つけ、声をかけた。本当に『マリ』そっくりだ。毎日教室で会っているが、会う度どんどん似てきている感がする。マリナが私に気付き近付いて答える。
「お、おはよう。あなた幸運ね。今日も私に会えたわ (好きっ!!)」
「そ、そうだな……」
幸運も何も毎朝会っている。私は良い機会だと思い、早速彼女を小旅行へ誘ってみた。
「あのさ、ちょっと話があるんだ」
「な、なにかしら……?」
私の前に来て腕組みをするマリナ。その表情は嬉しそうな不安そうな不安定なもの。私が言う。
「少し、付き合って欲しい……、と思っていてね」
マリナの顔が一瞬で真っ赤に染まる。私はそんなことに気付かずに、淡々と小旅行のことを彼女に説明。目の視点が合わないマリナが半分夢心地でそれを聞く。
「……と言うことなんだ。是非、付き合って欲しい」
(!!)
マリナが腰が抜けたようにふらつく。やはりそんなことに気付かない私に、彼女が答える。
「い、いいわ。仕方ないから、つ、付き合ってあげる。その、ベンジョンとか言うお菓子も、私は嫌いじゃないわ」
お菓子? 何の話をしているのか。ちゃんと話が通じているのかやや不安になったが、頷く彼女を見てどうやら小旅行に付き合ってくれるのは理解できた。
「ありがとう。私も頑張る。全力を尽くすよ」
「ぜ、全力だなんて。別に私は、ふ、普通のままでいいのよ。そのままでも……、(あん、好きっ!!)」
正直反対される可能性も考えていた私は、意外と素直に賛同してくれたマリナにほっとした。
「良かった。マリナが付き合ってくれて」
それを聞いたマリナは指で美しい赤髪をクルクルと巻きながら、目を逸らして答える。
「か、勘違いしないでね!! これで私が全部あなたのものになった訳じゃないんだから!!」
「分かっている。こんな素晴らしい機会を貰えたんだ。ここからは私が全力を尽くす番だ」
茹でたこのように真っ赤になったマリナ。全身汗を流しながら答える。
「しゅ、殊勝なことだわ。せ、せいぜい私に見合った男になるよう頑張りなさい。じゃ、じゃあ私はちょっとお手洗いに……」
「ああ。じゃあ、週末楽しみにしているよ」
そう笑顔で答える私。マリエは全力でトイレに駆けて行ったが、恥ずかしさと嬉しさで何度もトイレで顔を洗っていたことなど、無論私は知らない。
(いやー、良かった。マリナはツンデレ族。オタク族の私の誘いなどきっと断られると心のどこかで思っていた)
私は安堵と共に教室の椅子に腰を下ろす。
「おい、田中。お前スゲーな」
そんな私に教室の級友が声をかける。
「何が?」
「何がって、あのツンデレ百瀬と仲良く話せるって。お前らそういう関係なのか?」
(「そういう関係」とは一体どんな関係なのだろう。まさか暗にツンデレ族とオタク族の禁忌を言われているのか!?)
「た、確かに私達には難しい、その何て言うか『壁』と言うべきものはあるだろう。だがもし、彼女が特別な存在であることが分かれば、私はもう心を決めている」
私の言葉を聞いて唖然とする級友。
「え、田中。お前、それってまさか……」
もし彼女が『マリ』であるならば、いずれ私との関係については皆の知ることになる。今は高校生であるが、皆に堂々と『マリ』のことを話すつもりだ。
「私はそのためにこの世界に生まれたようなもの。それが私のすべてだ」
「田中、お前そんなに百瀬のことが……、ああ、すまなかった。ちょっと軽い気持ちで話しちゃったかもな……」
級友が顔を引きつらせて去っていく。その意味は私には分からない。ただただ私は真っすぐ『マリ』を求める。
「ふうーっ」
椅子に座りながら私が息を吐く。残りは早乙女万里子と新田小鞠のふたり。万里子は部活の時に誘ってみよう。小鞠は、そうだな。メッセージを送って放課後にファミレスにでも行ってみるか。
そして迎えた放課後。私は鞄に荷物を詰めると、すぐに読書部の部室へと向かう。静かな廊下。私の足音だけが小さく響く。
ガラガラガラ……
部室のドアを開ける。黒のボブカットの万里子。眼鏡をかけた可愛らしい彼女はもう先に来ていたのだが、どうも様子がおかしい。
「万里子?」
椅子に座ったままぐったりしている。すぐに駆け付けた私が彼女の肩を掴み声をかける。
「どうした、どうした、万里子!?」
嫌な予感。私は最悪の事態を想定しながら彼女の名前を呼ぶ。
「あ、先輩……、大丈夫です。ちょっと疲れちゃって……」
ようやく気付いた。彼女から発せられる熱。すぐに額に手を当てて体温を確認。
「熱がある。風邪か……?」
私を見上げ少し笑う万里子。
私は安堵した。『マリ』を襲った病魔ではないことに。私は万里子を校内の治療室へ連れて行くことにした。




