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31.『マリ活』終章開始!

「はあ……」


 その日の夕食、私は深いため息と共に食卓に座った。先に来ていた妹の真凛が私を心配そうに覗き込んで尋ねる。


「どうしたの、お兄ちゃん? 悩み事? 真凛が添い寝してあげようか?」


 艶のある茶色の髪に、『マリ』と同じ青い瞳。小柄で華奢な彼女が『マリ』だったら、私は強く彼女を抱きしめ眠りにつくことだろう。



「いや、大丈夫。大丈夫だ」


 そう、真凛は今はまだ妹。そんなことをすれば変態ロリコン兄として笑われることになる。


「そうよ、玄人。何かあれば言いなさいね」

「その通りだ。遠慮は要らんぞ」


 対面に座る両親も心配そうに言う。私は感謝の言葉を伝えてそれに応えたが、まさか悩みが『永久の恋人を探し異世界から転生してきた私が、複数の候補者選びで悩んでいる。真凛もそのひとりで今は添い寝の我慢をしている』などとは言えない。

 とは言え交通事故に遭い、意識を無くしていた息子を心配する親の気持ちも分かる。





「ふう……」


 食後、私は自室に戻り椅子に座って考える。


「計画は順調だ。いや、順調すぎる感もある……」


 この世界にやって来て出会った五人の『マリ』。そのすべての候補者と仲良くなり、彼女らを深く知った。


『百瀬マリナ』

 彼女は髪が赤いだけで、その存在自体『マリ』そのものである。様々なベールに包まれたツンデレ族ではあるが、彼女が『マリ』であるならば私に何の躊躇いもない。難病を患っていたことも『マリ』に通ずる。


『早乙女万里子』

 読書部の後輩である彼女は、外見はそれほど似てはいないが指を頬に当てる仕草はまさに『マリ』そのもの。優しく包み込むようなオーラも私に『マリ』を思わせる。大人しい彼女だが、実は火族かぞくで『煉獄の炎』の使い手。まだ見たことはないが、『マリ』を激怒させた時はいつも炎が上がっていた。


『田中真凛』

 言わずと知れた私の義妹。大きくクリッとした青い瞳はまるで『マリ』の生き写し。あの目で見つめられると私の中から拒否という言葉が消えてなくなる。妹ではあるが、幸い血の繋がっていない義理の妹。もし本当に彼女が『マリ』であるならば、私はもうその覚悟ができている。


『一ノ瀬マリエ』

 私の幼馴染の彼女。活発で明るい彼女は出会うたび私を元気にさせてくれる。目の下のほくろが『マリ』である証。スポーツをやっており不調だったそうだが、今は問題なさそうだ。彼女といると元気だった頃の『マリ』を思い出し、私も嬉しくなる。


『新田小鞠』

 金髪でギャル族の彼女もまた『マリ』候補のひとり。レモングラスの甘酸っぱい香りがその証。家の生活が苦しかったようだが、あのキノ何とかという会社のお陰で今はもう大丈夫のようだ。安心した。私は『マリ』が生きていてくれればそれだけで幸せだ。




「はあ……」


 私は机に両肘をつき、頭を掻き毟る。



「全部『マリ』に見えるし、全部違う気もする……」


 彼女らと親交を深めれば深めるほど、彼女らの中の『マリ』が大きくなり私を惑わす。五人とも一緒にいる時は『マリ』を感じるし、私の彼女らを愛しく思う気持ちはどんどん大きくなる。



(ただ、皆決め手がない……)


 そう、確証がない。

 記憶を失っているのか、それとも名乗りだせない理由があるのか。

『マリ』は近くにいる。ただ、この不甲斐ない私が見つけてあげられないだけなのだ。



「どうする……」


 各々、『マリ』の特徴を持つことは明白。誰が『マリ』であったとしても、私はそれを受け入れられる自信はある。

 後は、そうだ。彼女らの中に、前世の記憶か何かを見つけてあげればいいのではないか。それはこの世界ではない、そう例えば『クロードとマリ』だけの思い出など。



「よし!!」


 私は拳を握り立ち上がる。


「皆を旅行に誘おう。『マリ』との思い出だったあの場所へもう一度行こう!!」


 元気だった頃の『マリ』と訪れた、湖畔にある白いペンション。まだ魔物も活発でなかった平和だったあの頃。幸せと将来への希望で満ち溢れていた二人だけの時間。もう一度行きたい。大好きな『マリ』と一緒にあの場所へ。



(ん?)


 立ち上がった私の目に、鞄に挟まれた一枚の紙きれが映る。まさかと思い、手に取り中を確認する。



【こんな私でも、また愛してくれますか?】



 いつ入れられたのだろう。

『マリ』か? それとも別の人間か。

 ただ()()と言う言葉。これは以前にも私がこの差出人を愛していたという証。間違いない。これは私の愛する『マリ』からの言葉。



「また愛してくれますか、だって? 決まっているじゃないか。私はたとえどんな姿になろうとも君を愛す。それ以外、私は何も要らない」


 この世界に転生し、見た目が変わってしまったのを気にしているのだろうか。そんなことを気にする必要はない。そこに『マリ』さえいてくれればいいのだ。私だって『田中玄人』と言ういわば別人になっている。大切なのはそこじゃない。だから待っていろ。私がすぐに見つけて出してやる。



「よし、では早速……」


 私は机にあるパソコンを立ち上げ、すぐに条件に見合った旅行先を検索する。自然豊かで、大きな湖。そしてその湖畔に建つ白いペンション。これが前世で私と『マリ』が旅行した場所。一番彼女が気に入ってくれた場所だ。



「うむ、これなんかいいな」


 候補の場所は幾つも出てきた。大自然に囲まれた湖。お洒落なペンション。意外と近場でも私の条件にあった場所が見つかった。早速そのひとつの予約作業に入る。宿泊はなし。朝から夕方までのプラン。私は週末に予約を入れようとパソコンの画面を見つめる。


(ん?)


 マウスを握る手が止まる。



「クレジットカードってなんだ?」


 支払いはクレジットカードなるものがないと不可能らしい。当日現金で払おうと思っていたのだが、そのペンションには誰もいないのか。さらに小さな注意書きが私の体を固まらせる。



「……未成年だけの利用は不可、だと?」


 私『田中玄人』は高校二年生。前世では16歳から成人であったが、この世界では恐らくまだ未成年。『マリ候補』の五名も皆、未成年。思い出のペンションでマリと過ごす作戦。初っ端から私は躓くことになる。


「う~ん……」


 腕を組み考える。まあ、考えたところで未成年だけでの行動が不可能と分かった以上、大人の助力が必要となる。18歳以上でクレジットカードを持ち面倒事を頼める大人。あまり気が進まないが間違いなく助けてくれる人物がひとりいる。私はため息をつきながらその人物に電話を掛ける。



「もしもし……」


『あ、先生! これから1分で……』


「いや、来なくていい。電話だけで済む話だ」


 私は呼び出し音と()()に出た藤堂ライカに、やや恐怖を感じながらも今回の件を伝える。黙って聞いていた彼女だが、作戦を話し終えた私にぼそっと言う。



『まだマリさんは見つけられていないんですか? 意外と先生はポンコツですね』


「……」


 言うようになったなと私は思うのと同時に、そう感じるのも当然だとある意味納得する。目の前に『マリ』がいながらまだ見つけ出してあげられていない。こんな場所までやって来て何をやっているのか。唯一前世を知るライカにそう言われて私は思わず苦笑した。


『それで、彼女たちを誘う理由はどうするんですか?』


(理由?)


 私はそんなこと全く考えていなかった。みんなで食事などをして楽しく過ごす。そして検証するだけだ。

 ただ夕食をすることを考えれば、帰りが遅くなる可能性は十分ある。真凛はともかく、他は女子高生ばかり。ご両親のことを考えれば確かに理由があった方がいいだろう。


『よければ【藤堂ライカ】の名前をお貸ししましょうか?』


「どういう意味だ?」


『簡単です。私の名前でそのペンションで講演会でも開くことにすればいいんですよ。高校生を連れ出すには十分な理由になると思いますよ』


 なるほど。世界的権威であるノーバル賞の藤堂ライカの講演会となれば、否定する親はいないだろう。少し無理がある感もするが、ここは彼女の提案に乗るべきだ。



「分かった、そうしよう。色々と助かる」


『いいえ~、先生のためなら私は何でも致します! 講演会用のチラシもすぐ作りますね』


「ああ、頼む」


 優秀である。痒い所に手が届く感じと言うべきか。この世界にやって来てから彼女には随分と助けられている。彼女は変態だが、『マリ』との生活が叶ったら、うちに呼んで食事でもご馳走してやるか。



『先生、それから……』


「……」


 私の危険察知センサーが稼働する。そう、変態ライカがこのような頼みを何の見返りもなしに受けるはずがない。今度はどんな羞恥プレイを要求されるのか。どんな辱めを受けなければならないのか。黙り込む私にライカは明るい声で言った。



『早く見つけてくださいね』


 私は自分の醜さを恥じた。

 そしてほんの少しだけ、そこに懐かしさを感じた。

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