3.三人目のマリ
ライカ・エリゼント。
天才魔導士として名を馳せた彼女。ただ彼女の場合、その天才の意味が少し異なっていた。
(やはり頭がいいな)
ライカに再会して入ったカフェ。街の中にあるのにたくさんの植物が置かれ、非常にリラックスできる場所。眼鏡をかけ的確に私の質問に答える彼女を見て改めて思った。
「……なるほど。君も転生術を使った訳なんだね」
「はい、先生にお会いしたくて」
彼女の場合、魔法の才能はそれほどない。ただ飛び抜けて頭が良かった。マリも頭は良かったが、彼女は私なんかよりずっと頭脳明晰であり、その延長で魔法も使えた。ライカが私を先生と呼ぶ理由、それは一時期指導したことと、単に私の方が魔法が上手だったからに過ぎない。
「しかし驚いた。まさか君が禁術を使うとは」
「はい。先生の家に行き、倒れている先生とマリさん、置かれていた魔導書を見てすぐに理解しました。決して息を引き取った先生の顔を舐めたりはしていません」
(絶対舐めたな、この女……)
私は直感した。彼女は頭はいいのだが、変態な側面も併せ持つ。私とマリをきちんと埋葬してくれたことには感謝した。
「で、今は何をしている?」
「はい、学者をしております」
「なるほどね」
私はコーヒーを口にしながら頷いた。魔法が不安定なこの世界。彼女が学者を選んだのは正解だろう。それと同時に私の脳裏にネットで見た文献の作成者の名前が蘇る。
「ちょっと待て。ライカ、君の苗字は?」
「藤堂です。藤堂ライカ。それがこの世界の私の名前でございます」
「そうか……」
藤堂ライカ。それはこの世界に数年前に突如現れた『美人天才科学者』であり、あっと言う間に学界を席捲。驚くべきことに世界的な権威であるノーバル賞をいくつも受賞している。
「それでか……、随分活躍しているようだね」
私はカフェの前に停まっている運転手付きの黒塗りの高級車を見つめる。車に詳しくなくてもそれが価値ある高級車両だとは理解できる。ライカが言う。
「この世界も理は同じです。ただ学問、研究の方向性が違うだけ。私はそちらの真実を発表しただけです。この世界で生きていくために。それより先生、少しご忠告が……」
「何だ?」
「はい。あの禁術はこの世界で『死去した者』に転生させるようです。藤堂ライカ、この世界の彼女は研究者でしたが、その研究中に不慮の事故で亡くなりました。その直後、私がこの体に入ったのです」
私はコーヒーカップを皿に置いて尋ねる。
「つまり私、田中玄人も死んだと?」
「恐らく、そうなります」
「そうか……」
トラックに轢かれたと聞いた。つまりあの時点で『田中玄人』は死んでいたのだ。ライカが言う。
「故に私は生前の藤堂ライカを調べ、限りなく違和感なく暮らすよう心掛けています」
そう言いながらライカは、テーブルに置かれた私のコーヒーカップを手に取り舐めようとする。私は無言で彼女の手を軽く叩き、カップを奪い返すとそれに答える。
「分かった。忠告ありがとう。何かあったら連絡する」
ライカが下を向き、両手で頬を押さえながら言う。
「あ、あの、前世の先生も素敵でしたけど、若くなられた先生もまた、その、可愛くて、私はドキドキと……。え? 先生もうお帰り……」
「じゃあな、ライカ」
私は支払いを済ませ、足早に店を出る。
この世界でライカと再会できたことは心強い。一方で私にはマリの記憶を戻すこと、二人のマリについて考察しなければならない。時間が足りない。私はすぐに図書館へと向かった。
翌朝、私は制服と言うどこか軍服のような服を着て学校へと向かった。昼間は少なかった駅にはたくさんの人で溢れていた。
(これが通勤ラッシュか)
事前に調査済みの朝の風景。私は慣れない人混みに苦労しながら、満員電車の中で汗を流しじっと耐えた。
そんな私の目に、見覚えのある可憐な金色の髪が映る。
「え?」
満員電車の中、背を向け、吊り輪に掴まる女性。艶のある金色の髪、鼻腔をくすぐるレモングラスのような甘い香り。忘れもしない。絶対に忘れるはずがないそれは『マリ』の香り。
「マリ!!!」
私はこちらに背を向ける女性の肩を掴み、声をかける。びくっと体を震わせ女性が振り返る。
「誰、あんた? なんでうちの名前知ってるの?」
似ていない。マリとはそれほど似ていない。ただこの金色の髪、そして甘酸っぱい香り。私の脳裏にははっきりと『マリ』が微笑んでいる。
「私だ。クロードだ、マリ!!」
彼女は首を傾げ困った顔をする。ただすぐに私の耳元に顔を近づけ小声でささやく。
「なに~? 朝から新手のナンパ?? うち、そんなに軽いギャルじゃないよ〜」
ギャル? また知らない言葉だ。種族か何かのことだろうか。ただやはり彼女の中にも『クロード』は存在しないらしい。私が尋ね返す。
「名前は? あなたの名前を教えて欲しい……」
金髪の女性は少し考えてから小さく頷き答える。
「うーん、まあ、君、カッコいいから特別に教えてあげるね。小鞠、うちは小鞠って言うんだよ。じゃあまたね~」
「あっ……」
小鞠はそう意味深な笑みを私に向けると、乗り換えのため電車から降りて行った。
(小鞠……、マリ……、君もマリなのか?)
私は突如現れた三人目のマリに呆然としたまま立ち尽くした。
電車を乗り継いで辿り着いた高校と言う学び舎。私と同じ制服を着た生徒達が徒歩や自転車に乗りながら登校している。私はこの世界で学べる学業を楽しみに思いつつも、先ほど出会った三人目のマリについて考えていた。
(どういうことなんだ? 一体誰が本当のマリなんだ……)
間違えるはずはない。あの美しい髪、私を虜にする甘酸っぱい香り。部屋に帰ると私を包み込んでくれたマリの心休まる香り。顔は別人のようだが、少し話して見て彼女からも『マリ』を感じた。
「う~ん、これはどうすればいいのだ……」
腕を組み、校舎へ入る私が思わず唸り声を上げる。想定外の事態。ただ私には分からなかった。周りからの視線が以前のものとは全く違っていることを。
「ねえ、あれ誰?」
「あんなイケメン、うちにいたっけ??」
「C組の田中? うそぉ!?」
考え事をしていた私の耳に、そんな言葉は届かない。上履きに履き替え、C組の場所を確認し教室へと入る。
「え?」
「あっ」
私は驚いた。教室に入り目の前に現れた女性。それは病院のロビーで会った赤髪、赤目のマリ。お互い目を合わせ、一瞬時が止まる。
「マリ……」
私が声を出す。驚いた彼女が口に手を当て答える。
「え? うそ、田中……」
彼女は私が『田中玄人』だとすぐに分からなかったようだ。確かに髪を切り、身だしなみを整えた。見た目は少々変わったかもしれない。赤髪のマリが顔を赤くして言う。
「わ、私は知らないから!! 関わらないで!!」
そう言って教室を出ていく彼女。私は彼女が同じクラスであったことを喜びつつも、なぜ逃げられてしまったのか分からずに立ち尽くす。
「お前、田中か?」
そんな私に同じクラスであろう男子生徒が声をかける。
「そう、私は田中玄人だ。それより聞きたい。先ほどの赤髪の子、名前は何と言う?」
尋ねられた男子生徒が口を開けて私を見つめる。多分本当の『田中玄人』とのギャップであろう。
「田中、入院したって聞いたけどなんか雰囲気変わったな。見た目も」
「うむ。頭を打って少々記憶を無くしてね。それより彼女は……」
少し納得がいったのか、男子生徒が答える。
「百瀬マリナじゃん。なに? それも覚えてないの?」
(百瀬マリナ……、やはり!!)
思った通り彼女も『マリ』であった。間違いないであろう、あれだけそっくりなのだから。私は彼に礼を述べると、自分の席の場所を聞きゆっくりと腰を下ろした。
顔を真っ赤にして教室を出た百瀬マリナ。まるで何かから逃げるように女子トイレに入り鍵を閉める。
(な、何あれ? あれが田中!? ちょーカッコいんだけど……、好きっ!!!)
病院で会った時とは別人のように変わった田中玄人。マリナは彼の顔を思い出し、熱くなった顔をパタパタと手で扇いだ。




