28.新田小鞠は信じたい。
『今日学校が終わった後、少し時間をくれないかな。話がしたい』
お昼休み。私は新田小鞠にそうメッセージを送った。
彼女を助けると言った矢先のあの失態。勇者パーティーの最強魔導士として活躍し、爵位の叙爵まで予定されていた私。それが何たる不覚。小鞠は『マリ候補』のひとり。彼女を救う為なら何でもやる。
「ねえ、田中はさー、マリナと付き合ってんの~?」
昼食。最近はすっかりツンデレ族の百瀬マリナとのお昼が定着していた。今日も手作り弁当を頂きながら、いつの間にか同席するようになっていたマリナの友人が私に問いかける。マリナが真っ赤な顔で友人に言う。
「ば、馬鹿なこと言わないでよ!! なんで私がこんな奴と付き合わなきゃいけないわけ!? ま、まあ、でもどうしてもって言うなら、可能性はゼロではないんだけど……」
「ん? 付き合うって、どこか行くのか?」
私が少し顔を上げ真顔でそう答える。友人は私の顔を見てから、手で口を押さえくすくす笑い出す。マリナが真っ赤な顔のまま私に向かって強い口調で言う。
「ふ、ふざけないでよね!! ちょっとでも本気にした!? あー、残念。私みたいな美人なんてあなたにとって高嶺の花よね!!」
私は彼女らが一体どんな会話をしているのかよく分からなかったが、私の意識は先ほどからスマホに小鞠からの返事がないことに集中。適当に相槌を打って対処する。友人が尋ねる。
「ねえ、ふたりってやっぱ付き合ってんでしょ?」
「だ、だからそんな馬鹿なこと……」
「ああ……」
「え?」
「は?」
友人とマリナが私を見つめる。だが私の視線は机の上に置かれたスマホに向けられたまま。友人が笑いながら言う。
「やっぱり~」
「そ、そんな勝手なこと!? ご、ご、ごちそうさま!!」
マリナは急に弁当を片付け、逃げるように教室を出て行く。友人が私に言う。
「私もお腹いっぱいだよ。ごちそうさま~」
「え? ああ……」
私は意味が分からないままマリナの友人にそう答えた。
放課後の部活。私は読書部の部室へ向かい、後輩の早乙女万里子と二人きりで本を読んでいた。
「ふう……」
黙々と本を読み続ける万里子。ボブカットに眼鏡をかけた大人しそうな彼女。これで煉獄の炎を操る火族と言うのだから人は見た目によらない。
彼女がもし『マリ』ならば、やはりその記憶があやふやになっているのだろうか。マリは私を認識している。ただ名乗り出ない理由は未だ不明だ。
「あ、あの……、先輩……?」
私の視線に気付いたのか。万里子が頬を赤らめ、本を持ちながら上目遣いで言う。可愛い。本当にどの『マリ』であっても私は無条件に愛することができるだろう。
「何でもないよ。本を読む万里子が可愛いと思ってね」
かぁああ……
万里子が本で顔を隠すようにして答える。
「や、やめてくださいよ。そんな冗談……」
耳まで赤くなっている。そう言えば付き合い始めた頃の『マリ』もこんなに純粋だった。私の心にあの楽しかった頃の光景が蘇る。
ブルル……
不意にポケットに入れてあったスマホが揺れる。私はすぐにスマホを取り出し確認。
(小鞠……)
お昼から連絡が取れなかった小鞠がようやく返事をして来た。
『バイト始まる前の少しの時間ならええよ』
私は立ち上がり万里子に言う。
「すまない、急用ができた。先に上がるよ」
「え? あ、はい……」
私を見上げて答える万里子の顔が形容し難いほど寂しそうになる。彼女との時間を楽しみたいが今は小鞠が優先。私は万里子に微笑んでから部室を出た。
「小鞠!!」
電車に乗り、小鞠が乗り継ぐ駅でその金色の長髪の彼女を見つける。ギャル族の小鞠。皆このような美しい髪をしているのだろうか。レモングラスの甘い香りに包まれながら私が言う。
「昨日はすまなかった。恥ずかしいところを見せてしまって」
そう話す私に対し、なぜか小鞠の方が気まずそうな表情で答える。
「それはうちのセリフや。ごめんな。恥ずかしいのはこっちや」
高校生では何もできないと言われ、私は呆然と何もできないまま帰宅した。同じく小鞠も何の根拠もないまま男を紹介し、母親に注意され自分の無謀さを恥じていた。
「どこか店に入ろうか? 何か食べたいものはある?」
そう尋ねる私に、小鞠は少し離れた場所にある有名なコーヒーチェーン店の看板を指さし答える。
「あそこがいい。結構高くて入ったことないんだ。誘ったんやし、奢りでしょ?」
「無論だ」
「サンキュ!」
小鞠が私の腕に手を絡め歩き出す。『マリ』の香り。彼女が元気だった頃、こうして腕を組んで歩いたことを思い出し思わず涙腺が熱くなる。
「うわ~、めっちゃ美味い~」
どろっとした液体状の果実ジュースの上に、大量のクリームが乗せられている。前世では見たこともないような飲み物。美味しい美味しいと言ってそれを口にする小鞠を、私は目を細めて見つめる。
「んで? 話ってなんなん??」
ひとしきり飲み物を満喫した小鞠が私に尋ねる。
「ああ。話し辛いかもしれないけど、小鞠の家の借金についてもう少し詳しく教えて欲しい。どうにかして君の力になりたいんだ」
表情を変えずに私の言葉を聞く小鞠。
「なんで君はそこまでうちのこと気にかけてくれるん?」
「前にも言ったが小鞠は私の『運命の人』かもしれないからだ。それ以上の理由はない」
小鞠の脳裏に母親の言葉が浮かぶ。
「……君、モテるやろ? 会う女の子みんなにそう言ってんじゃないの?」
私が首を振ってそれに答える。
「みんなではない。私が探している女性、その可能性がある人が五人いる。その五人の為なら私はすべてを投げ出せる」
「うちもその五人のひとりってこと?」
「ああ。何らかの記憶障害が起きているのかもしれない。クロード・マジシャス。小鞠、この言葉を聞いて何も思い出さないか?」
小鞠はしばらく考えてから首を振って答える。
「うーん、分からんわ。全然知らん。そもそもうち、君のことも全然知らんのやし」
「そうだ、な……。分かった、今はいい。それで、借金のことをもう少し教えてくれないか」
小鞠は目の前で真剣に話す男を見ながら思った。
(とても騙しているようには見えん。真剣や。もしこれで騙しているって言うなら、うちはもうそれでええ)
小鞠が心を決める。
「うちが知ってること全部話すな」
「ああ」
時間のない中、本当に小鞠は私へすべてを話してくれた。昔の幸せだった家族。父親の独立。順調だった会社に仲間の裏切り。そして現状。たったひとつの歯車が狂うだけで、ここまですべてがダメになるのかというほど辛い話であった。
「それでな、化学繊維工場を買収してな……」
コーヒーカップを持っていた私の手が止まる。そして尋ねる。
「お父さんは、繊維工場を買収したのか?」
「え? ああ、そうやけど。小さな町工場や。あの頃はな、『でっかくしたる!!』って毎日夢みたいなこと言っとったんや……」
幸せだった昔を思い出したのか、小鞠の目が知らぬ間に潤んできている。私は更に父親の会社について尋ね、それをすべてメモしていく。
「そろそろ時間や。ごめんな、もう行かなかん。ごちそうさん!」
時間にして数十分。私と小鞠の話は終わった。
ただ私の中に新たな可能性が芽生えていた。小鞠を、いや『マリ』を救う。その為に私は持てるすべての力をつぎ込む。
「ありがとうございました!」
コーヒーショップの会計を終え、私は駅前の通りをひとり歩いた。夕暮れ。学校帰りの学生が多く行き交う中、私は先程の小鞠のことを考えながら歩く。何とかしたい。いや、する。だから意識が散漫になっていたのか。私は前方から歩いてくるひとりの女性に気付くのが遅れ、肩がぶつかった。
ドン……
「きゃ!」
「あっ、申し訳ない!!」
金色の長髪。一瞬小鞠かと思ったが、全く別人。白のブラウスに短めのスカート。非の打ち所がないような美人。彼女が言う。
「私もぼうっとしていて……、ごめんなさい。大丈夫です」
そう言って可愛らしい笑顔になって私に言う。
「申し訳なかった」
私も頭を下げ彼女と別れる。
「あっ」
そんな私の目に、その金髪の美女から地面に落ちたであろうスマホが映る。急ぎ拾い、私は少し先を歩く彼女に声をかける。
「あの、これ落ちました。どうぞ」
金髪の女性は一瞬驚いた表情をしてから、それが自分のスマホだと気付くと顔を赤らめて言った。
「あ、ありがとうございます!! すごく大切なスマホで、良かった……」
女性が心からほっとした表情となる。私は『では』と口にし、軽く会釈をして立ち去ろうとする。
(ん?)
そんな私の服が不意に引っ張られた。振り向くと金髪の女性が私の服を掴み、恥ずかしそうに言う。
「拾って頂いたお礼がしたいです。少しだけお付き合い頂けませんか?」
私は驚いた顔で彼女を見つめた。




