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26.小鞠の苦悩

 私の『マリ活』もいよいよ大詰めを迎えた。

 マリナに万里子、真凛、マリエとの仲を深め、ついに最後のマリ候補である新田小鞠に接近する。

 兄妹だったり、同じ学校だったりとこれまでのマリ候補が比較的近い場所にいたのに対し、小鞠は学校も別で、接触地点も電車やファミレスのみ。私は読書部の部活を終えると、電車を乗り継ぎ彼女がバイトするファミレスへと足を運んだ。



「いらっしゃいませ!!」


 残念だが接客してくれたのは小鞠ではなかった。可愛らしい女性店員であったが、私は椅子に座りながら小鞠を見つけようと店内を見回す。


(いた!!)


 美しい金色の長髪。その後姿はまさに『マリ』。私はわざと大きな声で、小鞠に声をかける。



「すまない! 水を頂きたい!!」


 周りに座っていた学生やサラリーマンが、私の大きな声を聞き顔を向ける。同じく私の存在に気付いた小鞠がタタタッと小走りにやって来る。


「なんや、君!? 来てたんか??」


 私の鼻腔、そして脳をレモングラスの甘酸っぱい香りが包み込む。ある意味私にとっては愛の毒香。一瞬、体と思考が停止する。


「君に会いに来た」


「それ、ストーカーじゃん。ご法度やで」


 そう言いながらも小鞠は口元に手を当て笑う。私はグラスの水を一気に飲み干し小鞠に言う。



「水を頂きたい」


 小鞠は近くのカウンターにあった氷の入った透明なポットを手にして、私のテーブルにあるグラスに水を注ぐ。


「君、水飲みに来たん? もう注文した?」


「あ、ああ。そうだな。ではハンバーグセットを頼む」


「了解~」


 小鞠はポケットに入れていた小型端末に私の注文を入力する。



「今日はひとりなの?」


「ああ」


「珍しいね。まあ、うち口説きに来ておいて、女連れて来る訳にはいかんわな」


「私はもっと小鞠のことを知りたいと思っている」


 本当の気持ち。正直な思いを彼女にぶつける。小鞠が顔を上げ、私を見つめて尋ねる。



「そう言えば君……」


「私は玄人だ。そろそろ名前を覚えてくれると嬉しい」


「そやね、悪かったわ。で、玄人、君以前うちのこと『運命の人』とか言ってたけど、あれは今でも変わらん?」


 以前マリエとやって来たファミレス。マリエと同じく小鞠にもそう言ったことを思い出す。



「無論だ。小鞠は私の大切な人になるかもしれない」


 小鞠はやや呆れた顔をして私に言う。



「電車で会っただけの女に何でそこまで言うのかな? じゃあ、玄人。ひとつお願いがあるんだけど」


 私は初めての小鞠からの申し出に思わず心が躍る。


「ああ、何でも言ってくれ」



「本当に? じゃあ、連帯保証人になってくれん? うちの家、借金があるんや」



(連帯保証人? 借金? ああ、それで彼女はバイトに励んでいるのか……)


 私はようやく小鞠が必死になってアルバイトをしている理由が分かった。借金の保証人になる。軽々しいことではないが、彼女がもし『マリ』であるならば私に迷う選択肢はない。


「どうや? 無理やろ? もしなってくれたらうち、君と付き合ったるわ。うちのこと、どうでも好きにしてええよ」


(付き合う? 一体どこへ行くというのだ……?)


 私はその言葉の意味がよく理解できなかったが、彼女に対する返答は考えるまでもない。



「いいだろう。問題ない」



「……え?」


 小鞠が私の顔を信じられないような表情で見つめる。



「君、何言ってんの? 連帯保証人やで? 借金を負わされるんやで!?」


 分かっている。それがどれほど唐突で荒唐無稽なことか。

 ただ私の決意は揺らがない。もし彼女が『マリ』であったらならば、その借金は私の借金でもある。今ここで断ってしまうことは簡単だが、それは私の尊厳に関わること。


「覚悟はできている。言ったはずだ。小鞠は私の『運命の人』なのかもしれないと」


「……」


 小鞠は水の入ったポットを持ったまま固まっていた。だが私の決意が本気であることを知ると、やや申し訳なさそうに言う。



「本当にええの?」


「ああ」


 私の返事を聞くと彼女はやや俯きながら頬を赤らめ、小声で言う。



「じゃあ、今日うちの家に来てくれない? そこで、その……、契約するから」


「分かった。じゃあ、バイトが終わるまで私はここで待たせてもらおう」


 借金でも何でも来い。あの恐ろしい魔王に立ち向かったことや、心から愛するマリを失った絶望に比べれば取るに足らないこと。小鞠は小声で何度もお礼を言って仕事へ戻って行った。





「おまたせ……」


 午後7時過ぎ、バイトを終えた小鞠が学校の制服に着替えて私の前に現れた。茶色を基調したセーラー服。金色の髪と相まってとても可愛らしい。小鞠が私に再度尋ねる。


「なあ、本当にええの?」


「何が?」


「何がって、借金の保証人になるってことじゃん」


「大丈夫だ。もう私は大切な人を失うことはしたくない」


「……君、一体何者やの? どこか別の世界の人みたいやわ」


 並んで歩く小鞠が私を見つめてそうつぶやく。間違っていない。私は異世界から来た人間。そして彼女、新田小鞠も記憶を無くしているだけで、もしかしたら異世界の人なのかもしれない。


「それより、借金って何があったんだ? よければ教えて欲しい」


 小鞠が小さく頷いて答える。


「うん、そうやね。君には教える必要があるね。実は……」


 借金は小鞠の父親が原因であった。

 元々優秀な営業マンだった小鞠の父親は、ある時独立を決意。広い人脈を活かし、潰れかかった小さな工場を買収。類稀なる営業力ですぐに経営を軌道に乗せたが、信頼していた部下に裏切られ重要顧客のほぼ全てを失った。それからはまるで地獄への坂を転がるように借金が増えて行ったという。



「父は変わってしまってな。仲の良かった母に暴力を振るうようになったんや……」


 小鞠の目が赤くなる。幸せだった家族。それが崩壊するのはあっと言う間であった。私が言う。


「それでバイトを……」


「そうや。少しでも家計の役に立ちたくて学校帰りにバイトを始めたんや」


「大変だったな……」


「でもうちは大丈夫やで。大好きなカラオケにも月に一度は行ってるから。それで十分や」


 涙目でそう微笑む小鞠。十代半ばの女の子が本当にそれで十分なはずがない。大人である私が聞いても辛い話。そう健気に振舞う小鞠を見て、私は強く抱きしめたくなる衝動にかられた。



「あ、あそこや。うちのアパート」


 駅からの暗くなった夜道。随分と歩いた先、静まり返る町はずれにその古びた二階建てのアパートが現れた。独立したということは一応社長宅となる小鞠の家。それはあまりにもその地位に相応しくない建物であった。


「気を付けてな。階段、所々錆びとるから」


 私は古く錆びてぼろぼろになった階段を小鞠と一緒に上がる。ぎしぎしと軋む音。そのすべてが私の心を締め付けた。



「ただいまー。帰ったで!!」


 元気のいい声。小鞠がアパートのドアを開けると、中にいた母親が迎えてくれた。乱れた髪。皺だらけの服。明らかに生気のない顔をした母親が、私を見て驚き尋ねる。


「小鞠、この子は?」


「ああ、うちの友達。なあ、母さん、ちょっと大事な話があるんや」


 母親は体調を崩していると聞いた。その母の後ろからやって来た小学生ぐらいの女の子が小鞠に尋ねる。



「お姉ちゃん、どうしたの? 誰……」


 小鞠が笑顔になって答える。


「うちの友達や、琴音ことね。仲良くしてな」


「うん……」


 母親の後ろから小鞠の横に来て、琴音が下から私を見上げる。金色の髪は姉と同じ。あどけなさが残る小学生。私は彼女に『マリ』を感じることがないことに一先ず胸を撫で下ろした。



「さ、入って」


「ああ。お邪魔します」


 私は母親に挨拶し、小鞠の後に続きその狭いアパートへと上がる。

 四畳半と六畳の部屋に台所。家族四人が住むにはやはり窮屈であろう。部屋のあちらこちらに服や洗濯物が掛けられ、母親のものだろうか、床に敷かれた万年床は所々黄ばんでいる。


「汚いとこでごめんな」


 小鞠がそう苦笑して言う。


「大丈夫だ。気にしないでくれ」


 駆け出しの冒険者だった頃は、もっと劣悪な宿屋に何度も泊まった。悪臭のするベッドに体中がかゆくなる虫。何のシミか分からない壁の汚れに、夜中中叫ぶ薬物中毒者。ここよりずっと酷い場所を経験済みだ。

 六畳の間のテーブルの前に座った私を見て、小鞠が母親に言う。



「母さん、吉報や。ここにいる玄人がな、借金の連帯保証人になってくれるんだって!」


「……え?」


 顔色の悪い母親。娘の言う言葉の意味が理解できない。


「小鞠、言っている意味が分からないわ。ちゃんと説明して」


「だからー、玄人がうちらの借金返済を手伝ってくれるってこと」


 小鞠の母親は私の顔をじっと見て唖然とする。



「嬉しいやろ?」


「嬉しいって、この方一体どこの人なん? どういう関係なの!?」


 母親としては当然だろう。多額の借金。それを一緒に返済してくれる男。怪しんで当然だ。


「うちのことな、『運命の人』って言うてくれるんや。だから……」


「あんたは対価に何を払ったん?」


 母やの言葉に小鞠が一瞬黙り込む。



「対価は、その……、うちと付き合ってあげるって……」


 母親が小鞠の顔を見て真剣な顔で言う。



「小鞠。一体どこの誰がお前みたいな小娘と付き合うだけで借金手伝ってくれるん? 馬鹿なことを言ってんじゃないの」


「いや、本当にうちは……」


 そう食い下がる小鞠を手で静止、母親は私をちらりと見てから言う。


「あなた、えらいイケメンだけど、どこのナンパ師です? うちの娘、騙すの止めてくれませんか?」


「い、いや。私は決して彼女を騙そうとは……」


「失礼ですけど、まだ高校生でしょ?」


「はい……」


 母親がため息をついてから言う。



「高校生にうちの借金を返せるだけのお金があるのかしら? どこかの大富豪のご子息? 悪いけど、そんなんには見えないわ」


 母親の言葉は尤もなことだ。幾らあるか知らないが、普通の高校生にそんな借金を返せるはずがない。ただ私にはまとまったお金がある。クロミジルの特許使用で得たお金。全て捧げてもいい。


「大丈夫です。実は私には……」


 そう言いかけた私の言葉を遮るように母親が言う。



「それにね。そもそも高校生は連帯保証人になれんのですよ」


 盲点だった。私は足元がぼろぼろと崩れていくのを感じた。

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