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25.玄人という魔法

「マリナ、ちょっといいか?」


 翌日、私は登校してきた百瀬マリナに声をかけた。真っ赤な髪の彼女。何度見ても『マリ』そっくりな外観に私の心も平静ではいられなくなる。


「な、何よ。私忙しんですけど!! (嬉しい、好きっ!!)」


 私は昨晩藤堂ライカから伝えらえた話を思い出した。

『突発性細胞死滅症候群』の治療薬、順調に成果を上げている一方で強い副作用を起こす事例が報告されている。眩暈や動機。酷くなれば入院も必要になる。

 現在ライカのチームが症状を和らげる薬を開発しているが、初期に投与されたマリナを心配しているそうだ。



「前に体調が悪くなることがあるって聞いたのだが、今もそうなのか?」


 マリナが一瞬黙り込み、そして答える。


「ちょ、ちょっと眩暈がする程度よ!」


 私が真顔になって言う。


「もし辛くなったら私に連絡して欲しい」


「は? な、なんであなたに連絡を……」


 そう言いかけたマリナの手を私は握り、そして言う。



「君を失いたくない。私からのお願いだ」


(!!)


 マリナは顔を真っ赤にし、私から視線をそらして答える。



「ま、まあ、あなたがそこまで言うのなら仕方ないわ。いいわ、連絡してあげる。(好きっ!!)」


 私はとりあえず安堵する一方、あれ以来全く話もしてくれない幼馴染のマリエを思い出し気が重くなった。






「マリエ、ちょっと話が……」


「おはよう、マリエ。良かったら一緒に学校へ……」


「マリエ、今日は……」


 私はことごとくマリエから拒否を食らっていた。

 彼女には『いい加減な男』として映ったのだろうか。だがそこは私も譲れない。マリナだけでなくマリエも、そして真凛も万里子も小鞠も、すべて私にとっては『マリ』の可能性を持つ大切な女性。運命の人なのだ。



「マリエ、いい加減話を聞いてくれないか!!」


 大会前日の朝、練習に向かうマリエを見つけ出し、私はやや強引に、その小麦色の細腕を掴んで声をかけた。


「な、なによ!!」


 睨みつけるマリエ。明るく元気だったマリエ。純粋な分、裏切られた感が強いのかもしれない。


「君には嫌な思いをさせてしまったのかもしれないが、私は人を探している。大切な『運命の人』を探している」


「だからって可愛い子に誰彼声をかけるのが楽しいの? 玄人は変わっちゃったけど、そんなナンパな男になったの?」


 ぐうの音も出ない。やはりマリエにとっては私ではなく、『田中玄人』が必要なのか。私は賭けに出た。



「明日の大会、どうなんだ? 調子は上がって来たのか?」


 マリエが口をへの字に曲げて答える。


「大丈夫。私は私で頑張るだけ」


 明らかに以前と変わらない様子。私が言う。



「私が勝たせる。いざとなれば高速移動ヘイストの魔法だって使う。()()()()が、マリを勝たせる!!」


 口を開けて私の言葉を聞いたマリエが、小さく息を吐き私に言う。



「……明日の大会はとても大切なの。これまでやって来た練習の成果。絶対勝ちたい。だから玄人、こんな時に私を揶揄わないで。今はあなたの『中二病』の話なんて聞きたくないの。じゃあ」


 マリエが青髪のポニーテールを揺らしながら駆けていく。

 失敗。心のどこかに眠るかもしれない『マリ』に問いかけてみたのだが、やはり不発だったようだ。そして私はある意味驚愕の事実を知る。



(中二病……、私は病を患っていたのか……)


 前世では健康に気を遣っていた。魔法は気力、気力は体。体の健康なしには魔王軍と戦うことなどできない。故に食事や運動など体調管理には十分注意していた。『田中玄人』となった今も、やはりそれは重要なことなのかもしれない。






 翌朝。マリエの陸上大会当日。私は彼女の応援に行こうと玄関で支度をしていた。そこへ妹の真凛がやってきて尋ねる。


「おはよう、お兄ちゃん! あれ? どこか行くの??」


 艶のある茶色の髪。透き通るような青い瞳はやはり誰よりも『マリ』のもの。靴を履き終えた私が真凛に答える。


「ああ、マリエの大会が今日あるんだ。それの応援に行く」


「え? マリエちゃんの応援!? 私も行く!!」


 考えてみれば当然のこと。私と幼馴染と言うことは、真凛とマリエも見知った仲。妹となら大丈夫かと思った私が真凛に何か言おうとした時、不意にスマホの音が鳴った。



(マリナ!?)


 それは百瀬マリナからの連絡。私は嫌な予感と共にすぐに応答する。


「どうした!!」


『……ごめんなさい。頭が眩暈が酷くて、今病院に来たの』


 気の強い彼女にしては弱々しい口調。相当辛い様子。私はすぐにそれが薬による副作用だと分かった。


「すぐ行く!! 待ってろ」


 私は何が起こったのか分からない真凛の前で、すぐにその黒髪の女性へと電話を掛ける。



「私だ! 例の副作用の薬、もうできているか!?」


 頭のいい藤堂ライカ。すぐにそれが百瀬マリナのことだと気付いた様子。


『まだ試験段階だけど、大丈夫よ。できているわ!』


「すぐに病院へ行きたい。悪いが迎えに来てくれないか!!」


『大丈夫よ。1分で行くわ!!』


(……え?)


 レスポンスも速く、こちらが求めることに見事に対応してくれる彼女だが、なぜ我が家まで1分しか掛からないのか。その理由を考えると私は怖くなったのだが、今はそれ以上考えるのはよそうと思った。




「ありがとう、ライカ。助かったよ」


 彼女の真っ赤なスポーツカーで病院まで飛ばし、意識朦朧としていたマリナに薬を届けることができた。最初突然「面会させろ」とやって来た私達に病院関係者は驚いたが、相手が『藤堂ライカ』だと分かると話はスムーズに進んだ。

 ベッドの上で眠るマリナを見ながら私がライカに言う。


「もう一つ頼まれてくれないか」


 私が時計を見る。今から彼女の車で飛ばせばまだ間に合う。






 絶不調だった。

 大会までにはきっと調子は上がる、そう思っていた一ノ瀬マリエはもうどうにもならない事態に絶望していた。


「はあ、はあ……」


 無表情で駆ける競技場のトラック。時間を追うごとに前の選手との差が開いていく。

 足が重い。腕が上がらない。息が苦しい。

 そんなことは当たり前。だがマリエは自分でも理解できないほど、体が言うことを聞かない。


「マリエー、頑張れ!!」


 仲間の部員たちが手を振って応援してくれる。

 だが届かない。そんな応援の声すらマリエには響かない。



(冷たい……)


 走っているのに手足が冷たく感じる。

 必死に練習してきた。精一杯頑張った。だけど長い陸上人生で初めてと言えるほどの大スランプの前に、マリエはどん底に落とされていた。



(もう、無理かも……)


 リタイアしようかと思った。このまま体に無理をさせて走るのは得策ではない。徐々に落ちるスピード。

 応援するコーチや仲間の表情に悲壮感が漂う中、マリエの瞳に応援席に現れたその見知った顔が映る。



「玄人……」


 田中玄人。幼馴染の彼が、応援席から大きく手を振っている。



(あっ……)


 心が温かくなった。

 体が震えた。

 玄人が見てる。玄人が応援してくれている。玄人が、玄人が……



 ――頑張れ、マリエ!


 瞬間、頭のもやもやが吹き飛んだ。体の疲れが消えた。湧き出す力。エネルギーが全身に満ち始める。



(何やってんの……。私は、私はやっぱり玄人が居ないとダメなんじゃん……)


 マリエの目が遥か前を走る先頭集団を捉える。

 玄人が見ている。大好きな幼馴染が見ている。

 みっともない走りはできない。彼の前では私はいつも素直で、全力でいたい。



「うおおおおおおお!!!!!」


 息を吹き返したアスリート・マリエが、声を上げながら駆け出した。






「おっはー!! 玄人っ!!」


 週明けの朝。学校へ向かう私の背後から、元気な声が響く。


「マリエ!」


 それはいつも通りの元気なマリエ。明るく、笑顔の似合ういつものマリエ。



「応援、ありがとね!!」


「わっ!?」


 マリエは後ろから私に抱き着き、お礼を言う。

 後半、人が変わったかのようになった彼女は、最後の最後で先頭を抜き見事優勝した。仲間が心配した不調もどこ吹く風。結果からみればいつも通りの『元気で強いマリエ』が帰って来た。



「私ね、本当に嬉しかった……」


 隣を歩き始めたマリエがやや大人しめの口調で言う。焼けた肌。青髪のポニーテール。元気なマリエのその意外な口調に、私は一瞬どきっとする。


「本当によく頑張った。すごかったよ」


 実際すごかった。特に最後の追い込みは競技場全体が大いに盛り上がった。マリエが私に微笑みながら言う。



「玄人が魔法をかけてくれたお陰だよ」


(え?)


 私は戸惑った。

 確かに競技場に到着した時のマリエは苦しそうで、それこそ未熟ながら魔法を発動しようかと思った。ただ、私は自問した。それは彼女にとって良いことなのか。マリエのこれまで重ねてきた努力を否定することにはならないか。そう思った私は発動を控えた。



「玄人の魔法、本当に効いたんだから!!」


「わ、私は何も……」


 まさか無意識下で魔法が発動していたのか。マリエを助けたい気持ちが、私の知らぬところで魔力に干渉でもしたのか。



「さ、行こっか。これはお礼だよ!」


 マリエは私の腕に自分の手を絡め、意外と大きな胸を躊躇いなく押し付ける。


「マ、マリエ……」


「ほら、行くよ。玄人!」


 恥ずかしかったが、反面元気なマリエが帰って来てくれて嬉しかった。そして彼女の目が涙で潤んでいるのに気づき、私の目頭も熱くなった。

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