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24.マリエ vs マリナ

「君、陸上部の人だね? ちょっといいかな」


 私は学校の授業の合間に、マリエの所属する陸上部の部員たちを探しては声をかけた。幸い彼女らの顔は、『田中玄人』の所有していたパソコンの中に大量に写真があるから分かる。校内で数名探すのはそれほど難しいことではなかった。


「あ、はい。そうですが……」


 急に声をかけられ驚く陸上部員たち。だが、幸い私の顔を見ると小さく頷いて会話をしてくれた。最近よく顔を出す一ノ瀬マリエの友人として認知されているらしい。彼女らの顔がぽっと赤くなったことに私は気づかない。



「マリエの、一ノ瀬マリエについてちょっと教えて欲しいのだが」


「はい、どんなことですか……?」


「マリエの調子が悪いというのは本当なのか?」


「え、ええ、実は……」


 数名の話を聞いた結果、それが真実なのだと判明した。

 ここ数週間、マリエはタイムを落としており、その原因が彼女自身でも分からないそうだ。練習量を増やしたり減らしたり、コーチに相談したり工夫しているが変化はなし。今週末に迫った陸上大会に調整が間に合うかどうか不安を抱えているらしい。




(私には何の相談もなかったな……)


 幼馴染であり仲の良い同級生。それは『田中玄人』が築き上げたものであり、『クロード・マジシャス』である私には関係のないものと言えばそうなってしまうのだが、なぜか寂しい気持ちになる。


「はあ……」


 自然と口から洩れるため息。私では役に立たないのか。『マリ』かもしれない彼女が悩んでいる。



(『高速移動ヘイスト』を使うか……?)


 移動力を高め戦闘を有利にする補助魔法。競技用に使うことはまずないのだが、これなら彼女の助けになれる。ただ攻撃魔法が得意の私にとって補助魔法は苦手であるし、そもそも魔法が不安定なこの世界で暴走せず、きちんと発動できるかどうかも不明だ。


「はあ……」


 再び口から洩れるため息。さすがにそれを見た真正面に座る赤髪の美少女が不満そうな声で言う。



「な、なによ! 私と食べるお昼がそんなにつまらないわけ!?」


 昼食時。私は百瀬マリナが作って来てくれた弁当を一緒に食べていた。だが頭の中はマリエのことで一杯。自然と漏れたため息を見てマリナが怒るのは当然であった。


「す、すまない。そういう訳じゃないんだ。美味しいよ、マリナ」


 私は笑顔でそう彼女に伝えると、なぜかタコのような形状に加工されたウィンナーを口に入れる。マリナが頬を、その赤髪のように赤くして答える。



「べ、別にあなたの為に朝の3時に起きて作っている訳じゃないんだからね!! (あん、好きっ!!)」


「そ、そうか。ありがとう……」


 気のせいか起床時間がさらに早くなっている気もしたが、私は黙ってマリナの弁当を口に運んだ。



「玄人――っ!!」


 そんな私の耳に聞き慣れた女性の声が響く。元気のいい明るい声。当然私はその声の主の顔を見なくても誰だか分かる。



「マリエ?」


 そう口にすると同時に、その青髪のポニーテールの美少女である一ノ瀬マリエが教室へ入って来て私に言う。


「玄人!! あなた私のこと他の部員に聞いて回ってたんだって?」


 私が聞き取り調査をしていたことが知られたらしい。まあ特に口止めなどはしていないので当然と言えば当然だ。ただ私とて知るべきである。なぜ幼馴染である自分に不調の件を隠すのか。


「ああ。聞いた。君が調子を落としていることを知ったよ」


「なんでそんなことするのよ!」


 その声は真剣。裏切られた、と言うよりは知られたくないことが露出してしまった表情に近い。私はスマホを取り出し、昨晩マリエから送られてきた誤信メッセージを見せてから言う。


「これは間違えたものだろうが、こんなものを見せられて黙っていることはできないぞ」


 マリエはその画面に映し出された文言を見てはっとした表情で言う。


「うそ!? 私、間違えて送っちゃったの!? 通りで返事がない訳だ……」


 今まで気付かなかったのかと、私は内心苦笑する。


「いずれにせよ私だって隠されていたことは寂しいし、知ったからには力になりたいと思うのは間違っているだろうか?」


「そ、それは……」


 最初の勢いはどこやら、マリエが急にシュンとして俯き言葉が止まる。同時に静まり返る教室内。皆の視線が私達に向けられる。



「あなた一体どなたです? 今、私は()()()とお昼を食べているんですけど!!」


(く、玄人君!?)


 教室の皆は、男嫌いだった百瀬マリナのその言葉に驚き唖然とした。赤髪の美少女と、突如現れた青髪の美少女の睨み合い。マリエがいきなり私の腕に手を絡め、座るマリナを見下ろしながら答える。


「私? 私は玄人の幼馴染で、『運命の人』。だよね? 玄人」


(え?)


 私は一瞬たじろいだ。マリエがいつものもマリエと違う。マリナがバンと机を叩き、立ち上がって言う。



「運命の人? ふざけないでよ。たかが幼馴染で!!」


 マリエが勝ち誇った表情でそれに答える。


「たかが幼馴染? その重ねてきた時間の重みがあなたに分かる??」


『クロード・マジシャス』がマリエと重ねてきた時間はここ数日なのだが、と思いつつも私が彼女に言う。



「マリエ。その言いにくいのだが、マリナも私の『運命の人』なのかもしれないんだ」


「ええーーーっ!?」


 青髪のポニーテールを揺らし唖然とするマリエ。同じぐらい衝撃的な顔をするマリナ。マリエが私の両頬を軽く叩きながら尋ねる。


「玄人! そんなに誰にでも簡単に『運命の人』をばら撒いてどうするのよ!? 安売りじゃないんだよ!!」


「ちょ、ちょっとあなた、やめなさいよ!!」


 そこへマリナが割り込で来る。


「うるさい! あなたには関係ないでしょ!!」


「何ですって!!」


 私は頭が真っ白になった。『マリ候補』同士の喧嘩。いや、純粋な女性同士の喧嘩。私のようなただの男にはもうどうすることもできなくなっていた。



「田中、お前。何やってんだよ」


 少し離れた場所でやり取りを見ていた級友が、私の肩に手を乗せながら言う。公然の面前で、女性に喧嘩をさせてしまうなど紳士たる私の不徳の致すところ。私は何もできず、ただただ頭を抱えた。





(マリエ……)


 どうやら嫌われてしまったらしい。

 あれからメッセージを送っても既読スルーされるし、放課後に陸上部へ見学に行っても顔も合わせてくれない。


「先輩ー。こんな所にいたんですか?」


 そう言って私の元へやって来る黒髪ボブカットの後輩、早乙女万里子。最近あまり読書部に行っていないのを気にして探しに来てくれたようだ。


「ああ、すまない。気分転換で外でと思ったのだが、部室に戻って研究しようか」


「え? あ、はい……」


 ここでまた、マリエに別の女性と一緒に居るのを見られると話がややこしくなる。私は万里子と少し距離を取って歩き出した。






 トゥルルル……


 その夜。私は一行の返事が来ないマリエにしびれを切らし、その女性へ電話を掛けた。


『あ、はい! 先生!!』


 藤堂ライカ。言わずと知れた前世の一番弟子であり、この世界の天才科学者。生粋の変態だが頭脳明晰で頼りになる。


「すまない、急に」


『いえいえ! 今から迎えに行きますね!!』


「来なくていい。呼んでいないぞ」


『え? そうなですか? 私には今すぐ会いたいと聞こえたんですが……?』


 私は電話を切りたくなる衝動を抑え、深呼吸してから話し始める。



「ちょっと聞きたいのだが……」


『今履いている下着の色ですか? ピンクですよ』


「違う」


 どこまでもふざけた奴。ただ妙に私の好みに合致しているところが気持ち悪い。



「足が速くなる薬、そんなものはないか?」


 静寂。さすがのライカも私の質問に驚いたようだ。


『足、ですか? さすがにそれは……』


 魔法のような薬。ダメ元で聞いてみたがやはり無理のようだ。



「君なら作れるかと思ってね」


『私をマッドサイエンティストか何かと思ってらっしゃるのですか?』


「違うのか?」


『違います! 純粋無垢な科学者ですよ!』


 変態科学者が言っても説得力に欠ける。苦笑する私にライカが尋ねる。



『そう言えば先生。あの突発性細胞死滅症候群の女の子は大丈夫ですか?』


 私の心臓が一瞬大きく鼓動する。


「どういう意味だ?」


『はい。治療薬ができたのですが、副作用が報告されていまして。眩暈や息切れ、酷い場合には入院が必要になるんです』



(百瀬マリナ……)


 私の脳裏に『赤髪のマリ』の顔が浮かんだ。

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