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23.『マリ』候補同士の遭遇

「小鞠!?」


「うそ? ナンパ師の……!!」


 夕暮れのファミレス。部活帰りにマリエと寄ったこの店で、私は意外過ぎる人物と出会った。隣にいたマリエが驚いた顔で尋ねる。


「え? なに、玄人の知り合いなの?? ナンパ師ってなに??」


 私は回答に困った。ナンパとは異性を口説くことらしいが、小鞠については歴とした『マリ活』でありナンパなどという軽い気持ちではない。ただ私の想いとは逆に、その言葉の軽さが誤解を招く。


「い、いや。ナンパではなく、私は彼女のことをもっと知りたいと思い、電車で声をかけ……」


「ナンパじゃん、それ……」


 マリエの冷たい視線が私の心に突き刺さる。まさか異世界から転生させた恋人の『マリ』の可能性があるから声をかけたとは言えない。そもそもマリエ自身もその『マリ候補』の一人。小鞠が薄笑いを浮かべながら言う。



「君、またデートなの? やっぱりモテるんだね」


 確か前回は、読書部の後輩である早乙女万里子とのシーグラス採集に向かう時に遭遇した。小鞠は知らないだろうが、あれをデートだと言われれば否定もできない。マリエがやや不満そうな顔で言う。


「またって何?? 玄人、誰かとデートしてたの??」


「いや、それは……」


 色んな『マリ』に責められる私。どうしていいのか分からなくなる。



「とりあえず座んなよ。ほら、あそこ空いてるから」


 金髪の『マリ』が店員らしく仕事をしながら私を助ける。私はお礼を言い、納得がいかない表情のマリエと共に窓際の席へと座った。




「それで? どう言う状況か教えてくれる?」


 マリエは私の真正面に座ると、腕組みをしてそう尋ねた。いつも明るい彼女にしては珍しい真面目な表情。私は黙ったまま目線を彼女から逸らす。


(どうすればいい? まさか本当のことを話す訳にもいかないし……)


 例え本当のことを話したところで信じてもらえるはずもない。



「なに? 言えないことなの?」


 ある意味気の短いマリエが、苛立ちながら私を見つめる。



「ある人を、探しているんだ」


 私は決めた。怪しまれない程度に話をする。


「人を探しているの? 誰」


 ようやく話し始めた私に、一言も聞き逃さないとマリエが身を乗り出すように聞く。



「分からないんだ。記憶喪失のせいかもしれない。ただ私の中にいる大切な人、その人を探すために私は日々頑張っている」


 嘘ではない。『マリ』を探すために私は全力を尽くしている。そして彼女がどこにいるのかまだ分からない。


「そう、なんだ。でも、玄人の知り合いなんでしょ? 記憶失う前でもそんな人いたっけ?」


(うっ……)


 マリエは私の幼馴染。適当な嘘はすぐにバレる。



「それも分からない。ただ確実に私の記憶の中にいるんだ」


「ふ〜ん、そうなんだ。で、あの小鞠って子にも声をかけたの?」


「そう。その通りだ」


 いい流れ。マリエの怒りが収まっていくのが手に取るように分かる。私はひとつの賭けに出た。



「マリ、私だ。クロードだ」



「……え?」


 田中玄人を脱ぎ捨て、『クロード・マジシャス』になる。だが残念なことにマリエは口を開けたままこちらを見つめている。



「はーい、お水。お待たせー」


 そこへファミレスの制服に身を包んだ小毬が水を持ってやって来た。妙な空気を出す私たちを見て小毬が尋ねる。


「ねえ、それで君たちは付き合ってるの?」


「!?」


 思わず見つめ合う私とマリエ。ぼうっとしていたマリエが慌てて手を振り否定する。


「ち、違うって! 私と玄人はただの幼馴染。そ、そう、ただの幼馴染……」


 そう話ながら徐々にテンションが下がっていくマリエ。すかさず私が言う。



「そう、幼馴染。ただ『運命の人』かもしれない」


(ひゃっ!?)


 大きな口を開けてマリエが固まる。対照的に小毬は苦笑しながら言う。


「いやいや、君は本当に恥ずかしい言葉をそうも堂々と……」



「小毬。それは君も同じ。私の運命の人かもしれないんだ」


 小毬が笑って言う。


「ぷぷっ、ホント君は生粋のナンパ師やね〜。そう何人も『運命の人』がおる訳ないやろ〜」


 金色の髪を揺らし笑う小毬。それとは対照的に、日に焼けた顔を真っ赤に染めて固まるマリエ。だが嘘は言っていない。ふたりとも本当に私の『運命の人』の可能性がある。



「それで小毬。君はなぜここでアルバイトを?」


 今度は私が質問した。少しでも彼女のことを知りたい。


「何でって、そりゃお金が欲しいからやろ?」


「そうだな」


 愚問だった。だが小毬は少しだけ自分のことを話してくれた。



「うちの家、あまり経済的に余裕がなくってな。まあ、家計の助けになるってことで働いてるんや」


「そうか。それは殊勝なこと」


 まだ高校生。学びが本業のはず。家のために働くとは、彼女は派手な見た目からは想像できないぐらいしっかりしているのかもしれない。


「君、ホント面白いな」


「そうか? ならばもうひとつ。名前を教えて欲しい」


 小毬が首を傾けて言う。


「名前? うちの名前は小毬やけど」


「苗字は?」


「苗字? ああ、上の名前ね。新田にった、新田小毬って言うんだ」


「新田小毬……、いい名前だ」


 小毬がやや恥ずかしそうな顔で言う。


「そうか〜? うちは和風過ぎてちょい恥ずいんだけど、そう言ってもらえると嬉しいわ〜」


 小毬が笑う。初めて見る笑顔かもしれない。



「それはそうと、お連れさん。大丈夫?」


 小毬は未だ真っ赤な顔で固まるマリエを指差して言う。私はテーブルの上に置かれたマリエの手をトントンと叩き、声をかける。


「マリエ。どうしたんだ? 大丈夫か?」


 小鞠との会話に集中してしまっており、私は何か失礼なことを言ったのではないかと不安になった。マリエが私の問いかけに気づいて答える。



「く、玄人!? あれ? 私、どうしちゃったのかな……」


「お帰りなさい、マリエさん。さ、そろそろ注文いいかな?」


 小毬が微笑みながら私たちに言う。そう、ここはファミレス。小毬は店員。注文をしなければならない。



「マリエ、好きなだけ注文していいぞ」


「え? ホント!? 玄人の奢りとか??」


「ああ、無論だ」


 先日少しばかり収入があった。食事代ぐらい問題ない。マリエは私に遠慮することなく目一杯注文した。




「しかし驚いたな〜」


 小毬が立ち去り、二人きりになってからマリエが言う。


「何が?」


「何がって、あの玄人が()()()みたいな子に声かけるなんて」


「え?」


 私は驚いた。マリエは知っているのか、小毬がギャル族だと言うことを。



「オタクだった玄人が、本当に変わるもんだね。未だに全くの別人と話しているみたいだよ」


(一ノ瀬マリエ。洞察力の鋭さは侮れない。もしや彼女は『向こう側』の人間か?)


 じっと黙り込む私を見てマリエが言う。



「ほら〜、それそれ! 別人だよー、別人。玄人の皮を被った他人が中に入ってるんじゃない??」


 そう言ってマリエは私の両頬を冗談っぽくつねる。


「痛たたた……、や、やめてくれないか。マリエ」


「えー、だって、ニセ玄人の化けの皮を剥がさなきゃね〜」


 そう言ってクスクス笑うマリエ。



「はいはい。イチャイチャは人のおらんところでやってな〜」


 小毬が注文されたたくさんの料理を持ってやって来る。笑うマリエ。『マリ』候補同士の予想外の遭遇。私は何事もなく無事に終えたことにホッと胸を撫で下ろした。






 ただ、その夜。私のスマホに思いがけないメッセージが届く。


『優子、ごめんね。心配かけて。でも大丈夫。少し今は調子悪いけど、大会までには必ず持ち直すから! じゃあ、また明日!!』


 マリエからのメッセージ。明らかに間違えて送られて来たもの。私はスマホの画面を見てしばし固まった。



(調子が悪い? 絶好調じゃなかったのか……?)


 私の心に初めてマリエを心配する小さな灯火が点った。

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