21.晴れ、時々マリ。
(くそ、酷い目に遭った……)
竜ヶ崎明は昨晩の出来事を思い出し舌打ちした。田中真凛の兄。たったひとりで暴走族『夜明けのイナズマ』を壊滅させる規格外の強さ。全く意味が分からない。
「何者なんだ、あいつ……」
見た目は決して強そうには見えない。だがもう力づくではどうしようもない相手。苛立つ明の目にスマホのニュースが飛び込む。
【暴走集団『夜明けのイナズマ』、解体へ!】
(えっ?)
明は目を疑った。
ニュースによると昨晩、明が逃げ出した後に警察が現れ、工場への不法侵入と少女誘拐容疑でリーダーの後藤が逮捕されたとのこと。同時に族の解体が公表された。
「何てことだよ……」
明は頭が真っ白になった。頼るべき仲間。一体何が起こっている!?
「明、朝食に集中しろ」
呆然とする明に父親の竜ヶ崎正蔵が注意する。黙々と食事をする兄の相馬。明が思い出す。
(そうだ。親父だ! 親父に頼めば……)
最終手段。竜ヶ崎総合病院の父親に、適当な罪をでっち上げて訴えれば、あいつなど……
そう思った明の目に、信じられない光景が映る。正蔵が二人の息子に言う。
「そう言えば朗報だ。例の少年の写真が手に入った。もし心当たりがあるなら教えて欲しい」
そう言って兄の相馬と共に見せられた写真は、間違いなく真凛の兄。憎き優男の写真だった。
「知りませんね、私は」
興味なさそうな兄。対照的に明は顔面蒼白になったまま動けなくなる。
(詰んだ……)
もうどうにもならない。明は完全に白旗を上げざるを得なかった。
「ねえねえ、お兄ちゃ〜ん!」
同じ頃、田中家の朝食もまた違った意味でいつもの風景と異なっていた。
「真凛、あまりくっつくな。食べにくいだろ」
私の隣に座り、体を密着させる真凛。やや幼みを帯びた甘酸っぱい香りが、私の鼻腔を包み込む。真凛は更に身を私に寄せ、甘い声で言う。
「いいじゃ〜ん。兄妹なんだしー」
近い。と言うかべったりとまるで恋人のように体を寄せ合い一瞬に座る。綺麗な茶色の髪。そして青く、クリッとした大きな瞳はやはり私に『マリ』を彷彿させる。
(本当にマリと一緒に居るようだ)
結局、なぜ真凜が暴僧族に攫われたか分からない。ただ写真を撮り、警察に通報してくれたライカのお陰でもう襲われることはないだろう。
私は幸せな笑みで食事をとる真凛を見て、自分も嬉しくなって来た。
真凛との仲が深まった朝。私はいつも通りに学校へと登校した。
「おっはー、玄人〜!!」
明るく元気な声。私は振り向かずともその声の主が誰だか分かった。
「おはよう、マリエ」
一ノ瀬マリエ。私の幼馴染で、目の下のホクロはまるで『マリ』そのもの。元気に笑う姿は、出会った頃のマリを私に思い出させる。日に焼けた肌。青いポニーテールを揺らしながら、マリエが隣にやって来て一緒に歩き出す。
「今日は朝練はないんだ?」
陸上の大会が近いと言っていたマリエ。確か今は忙しい時のはず。マリエがちょっと舌を出しながら私に言う。
「うん、少し頑張りすぎちゃってね。調子落としちゃって監督にたまには休めって言われちゃったんだ」
「そうか」
元気で頑張り屋の彼女らしい話。マリエが言う。
「それより玄人さあー、最近全然練習見に来てくれないじゃん」
「え、練習を?」
私は戸惑った。生前の『田中玄人』はよくこの幼馴染の練習を見に行っていたのだろうか。黙り込む私にマリエが言う。
「あー、そうか。記憶無くしちゃったんだね。覚えてないわけだ」
「ああ、すまない」
記憶喪失。都合の良い設定だ。マリエが言う。
「まあ、まるで人が変わっちゃったしね。いいよ、教えてあげて。玄人はねえ、よく私の練習を見に来ていてくれたんだ」
「そうなんだ」
「そうなんだよ。それでね、大会には必ず応援に来てくれてたの」
「ほお、なるほど」
田中玄人にとって、マリエはやはり特別な存在だったようだ。そして今、『クロード・マジシャス』にとっても彼女は特別な人になるかもしれない相手。
「分かった。では今度の大会、応援に行くよ。あと部活の練習も見に行く」
マリエはニコっと笑い私に言う。
「えー、無理しなくてもいいよー! でも来てくれるなら嬉しいな」
是非行きたい。『マリ』候補の彼女を知れるチャンス。私は他愛ない話をしながらマリエと学校へと向かった。
「お、おはよ……」
教室に入った私は思わず声を上げて喜びそうになった。『赤髪のマリ』と勝手に呼んでいる百瀬マリナ。その彼女が自分から挨拶して来てくれたのだ。
「おはよう。今日も綺麗だよ」
「な、何それ!? ふざけてるの? (好き!!)」
「ふざけてなどいない。私の素直な気持ちだ」
当たり前のこと相手に伝える。それが難しいこの世界。私はまだ慣れない。マリナが顔を真っ赤にして尋ねる。
「あ、あのさ。あなた、今日も購買にお昼買いに行くの?」
仕事が忙しい義母。私はよくお昼は購買で買って済ませている。
「ああ、そうだが。それが何か?」
マリナは一瞬嬉しそうな顔になり、そしてすぐに強い口調で私に言う。
「べ、別にあなたなんかに関係ないわ! ありがとう! ふん、じゃあね!!」
マリナはそう言うとプイと顔を背けて席に向かう。ツンデレ族とオタク族。関係が悪いのは分かっているが、中々辛いものだ。
そしてお昼。『赤髪のマリ』はやはり私を戸惑わせる。
「あ、あのさ……」
昼食時間。お昼を買いに行こうとした私の前に、百瀬マリナが現れた。男嫌いのマリナ。周りの視線が集まる中、彼女は私に小さな布袋を突き出し、俯いて言う。
「お、お弁当。間違って作りすぎちゃってさ。よ、よかったあげるわ。べ、別にあなたの為に作ったんじゃないからね!! (好きっ!!)」
「え? あ、ありがと……」
私は彼女が差し出したお弁当箱を受け取り、礼を言う。真っ赤な袋にピンクのハートの刺繍。女の子濃度が超高い品に、一瞬たじろぎつつ答える。
「嬉しいよ、マリナ。君の手作り弁当を食べられるなんて」
「べ、別に朝4時起きで作ったのだって、あなたの為じゃないんだから! メニューに悩んで全然眠れなかったのだってあなたには関係ないんだからね!」
教室中の視線が我々に注がれる中、マリナは次々と聞いてもいないことを話し出す。
「さ、さあ、食べるわよ!!」
(え!?)
私は焦った。マリナは自分の弁当箱を私の机に置くと、隣の空いた椅子に遠慮なしに腰を下ろす。真っ赤な髪を右手でかき上げ、呆気に取られる私に言う。
「なにぼうっとしているの? 早く食べるわよ」
「あ、ああ……」
いつの間にか一緒に食べることになっていた昼食。それはそれで嬉しいのだが、あまりにも急すぎる。見つめられたマリナが私に尋ねる。
「な、なによ。あーんとかして欲しいわけ? 調子に乗らないでね!」
「いや、別に私は何も……」
「ふん! でもあなたがどうしてもって言うならやってあげる事もやぶさかではないわ! さあ、どうするの!!」
やりたいのかやりたくないのか。よく分からないがここはマリナと絆を深める千載一遇のチャンス。
「お願いしたい」
「わ、分かったわ! 仕方ないわね! (ああん、好きっ!!)」
マリナはそう言うとすすっと弁当箱を開け、中にあったミニハンバーグを箸で摘み私に言う。
「さ、早く。あーんって言って」
(え、私が言うのか!?)
普通逆ではないかと思いつつも、不思議と逆らえない空気となり、私は恥ずかしい気持ちを抑えて声を出す。
「あ、あーん……」
どんな羞恥プレイだ。得体の知れない敗北感を覚えながら口を開ける。対照的にマリナは嬉しそうに私の口へハンバーグを運ぶ。
ツンデレ族である『赤髪マリナ』と思わぬ接触。私は恥ずかしいと思いながらも、同居し始めた頃の『マリ』を思い出し、これはこれでどこか幸せな気持ちになった。
(さて……)
放課後、私は読書部の早乙女万里子といつもより短めの活動を終え、一ノ瀬マリエが走るグラウンドへと足を運んだ。
(綺麗だな)
夕方のグラウンド。やや傾き出した夕陽の下、短パンにランニングシャツの陸上部員がたくさん走っている。私はマリエの走る姿を見て素直に美しいと思った。
「あ、玄人!! 来てくれたんだ」
マリエが私を見つけ、大きく手を振る。私もそれに笑顔で手を振り返す。マリエの元に他の陸上部員が集まり、私の方を見ながら小声で話す。
「マリエ、マジあんたの彼氏、イケメンになったよね!!」
「本当だよ! この間までオタクっぽくって盗撮っぽいことしてたでしょ?」
マリエが苦笑して答える。
「彼氏じゃないって! 幼馴染。幼馴染だよ〜」
「私もあんな幼馴染欲しいな〜」
「マジ、そう思うわ」
何を話しているのだろう。私には聞こえない。
ただ彼女らが着ている服装を見て、私は『田中玄人』のパソコンの中に大量の女子生徒の写真が保存されていることを思い出した。
あの時はどこかの部族の衣装だと思ったのだが、想像するに幼馴染の競技用の服の研究をしていたものだと推測される。『田中玄人』とは、本当にどこまでも研究熱心な男である。
「玄人ー、たまには一緒に帰ろうか??」
「ああ、喜んで」
部活終了後、私は久しぶりだと言う彼女の誘いを受けて、家まで一緒に帰宅した。




