2.クロード、魔法を使う!
「マリ!!」
「え? 田中……」
赤い瞳と赤い髪。それ以外のすべてが愛を誓ったマリ・アンジェラスにそっくり。私は無意識に彼女に駆け寄り、そして言った。
「私だ、マリ!! クロードだ!!」
彼女は驚いた顔から一転、まるで怒りを抑えるかのような表情を浮かべ、そして顔を隠すように病院を駆け足で出ていく。
「マリ……」
唖然とした。
違うのか。彼女はマリじゃないのか。いや、あれほど瓜二つの女性がマリでないはずがない。しかも彼女は私のことを『田中』と呼んだ。それは私を知っていることを意味する。どこかで繋がっている。私は混乱した。
「お兄ちゃん!」
病院のロビーに佇立していた私に妹の真凛が駆け寄ってくる。
「どうしたの? あの人お友達なの?」
そう尋ねる真凛の表情はやや不満そう。形容しがたい顔をしている。
「いや、何と言うか……」
自分は記憶喪失ではなかったのか。そう真凛の顔に書いてある。そんな私達のところに両親がやって来て言う。
「どうしたんだ? さあ、帰ろうか」
病院の会計が終わったらしい。真凛はまだ不満そうな顔をしていたが、黙って病院の外へ向かう両親の後に続いて歩き出す。
(マリがふたり。一体どういうことだ……?)
私も歩きながら考えた。真凛の青く、くりッとした目は間違いなくマリのもの。ただ、先ほどの女性はまるでマリの生き写しと思えるほどそっくりだった。マリがふたり。どちらが本物のマリなのだ?
「ん?」
そんな私の目に、病院エントランスのガラスに映った自分の姿が映し出される。
(な、何だ、これは!!)
そこに映った自分は想像以上に酷い姿であった。無様に伸びた髪に、手入れをされていない髭。両親が持って来てくれた服も悪くはないが、全く似合っていない。私は立ち止まり、鏡の自分に向かって言う。
「これではマリが気付くはずないだろ……」
仮にも私は勇者アリアンパーティにて魔王討伐を成し遂げた最強魔導士。当時から外見、とりわけ清潔感には気を遣っていた。
(後でどこか理髪店を紹介してもらおう)
私はまずこのみすぼらしい格好を何とかしようと思いつつ、両親が呼んだ『タクシー』と言う移動車両に乗り込んだ。
(私のいた世界とは随分異なる……)
タクシーの窓から見えるこの世界の景色を見ながら私は思った。
車と呼ばれる移動車両が多く走っており、大きな立方体の建物がたくさん建てられている。真凛の話では住居や『会社』と呼ばれる商業ギルドのような組織があるそうだが、とりわけ人の多さには驚かされた。
(そう言えば魔法はあるのか?)
科学文明が非常に発達していることは理解した。気になるのは魔法。仮にも最強魔導士と呼ばれた私にとってそれは非常に大きな問題。マリの記憶を戻すためにもそこは重要な点だ。
私は停車したタクシーの中から、公園らしき場所にある尖ったモニュメントに目が行った。
(まだこの世界で魔法は見ていない。では試してみるか……)
私は隣に座る真凛に気付かれないよう、指先に魔力を集約させる。そして人の背丈の倍はある尖った円柱のモニュメントに指先を向け、魔法を唱える。
(世界の理に準じて命ずる。水魔法『ウォーター』!!)
「おお!!」
私は驚きと共に安堵した。
尖ったモニュメントの先から勢いよく噴き出す水。勢いを弱めて放った初歩的な水魔法。どうやらこの世界でも一応魔法は使えるようだ。
ただ私が命じないのに、モニュメントの先から水がリズム良く噴き出している。恐らくこの世界ではまだ魔法の勝手が違うようだ。気を付けて使用しなければならない。
「玄人、学校は明後日から行けばいいから。明日はしっかり休んでね」
「はい、ありがとうございます」
両親はやはり私の対応に戸惑っているようだ。田中玄人、17歳。早いうちに彼が生きてきた人生を顧みる必要もある。
その夜、私はスマホとパソコンと言う道具を使ってこの世の知識を徹底的に頭に詰め込んだ。
「はい、これで終わりです」
「うむ」
翌日、私は早速理髪店に行き髪を整えた。
ぼさぼさだった頭は清潔さを取り戻し、幾分最強魔導士だった『クロード・マジシャス』に似てきている。身だしなみの乱れは心の乱れ。紳士でもあった私は、ようやく今の姿に安堵できるようになった。
そして更なる見識を深めるために、真凛に教えて貰った図書館へと向かう。
キキーーーーーッ!!!
そんな私の前に一台の黒塗りの車が勢い良く止まる。
(なんだ? 敵襲か!?)
何度も魔族に命を狙われて来た。私は立ち止まり、やや身構えてそのドアが開かれるのを注視する。
「クロード様!!!」
私は驚いた。この世界でその名を知っている者はいないはず。現れたのは長い黒髪に眼鏡をかけたスーツ姿の女性。知的な顔立ちで、どこか見覚えもある。
黙り込む私に、その女性が片膝をつき頭を下げて言う。
「私でございます。ライカ・エリゼントでございます。先生!!」
「なっ!?」
私は仰天した。
ライカ・エリゼント。それは前世でクロード・マジシャスの『自称一番弟子』を勝手に名乗っていた女魔導士。ほんの少し魔法の指導をしたことがあるだけだが、随分懐かれてやや困っていたところもある女性だ。
「顔を上げよ、ライカ。私はもう先生ではない」
最強魔導士の名はもう捨てた。ここでは愛する女性を探す一介の男。立ち上がったライカが真剣な顔で言う。
「少しだけ、このライカにお時間を頂けますでしょうか。先生」
少し悩んだが情報収集と言う意味でも彼女と話すことに意味はあるだろう。正直彼女の性格を考えるとあまり気は向かなかったが、私はその誘いに応じることにした。




