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18.竜ヶ崎家の人々

 真凛は終日視線を感じていた。


(見られている。また見られている……)


 授業の合間の休憩、お昼休み、清掃時間。彼女はずっとその華奢な体に突き刺すような視線を感じていた。



(サッカー部の先輩……)


 そして時折視界に入るその視線の主。サッカー部三年の短い金髪の男、竜ヶ崎明が視界に入るたびに真凛は目を伏せ、逃げるようにその場を去る。

 怖かった。難癖をつけられてからずっと監視されているような感じがする。真凛は授業が終わるとすぐに女子トイレに籠り、兄である玄人へメッセージを送った。



『学校の正門で待っててね。着いたら教えてね、お兄ちゃん♡』


 可愛らしい文面とは対照的に、真凛の顔は暗く青ざめている。怖い。早く兄に会いたい。真凛はひとり女子トイレの中で玄人からの返信を待った。




「おい、田中。お前、俺から逃げようとしてねえか?」


 兄から到着のメッセージを受け取った真凛。急ぎ正門へ向かうも、その前に金色の短髪の先輩、竜ヶ崎明が立ちはだかった。細く揃えられた眉に、吊り上がった目。相手に威圧感を与えるには十分すぎる容姿だ。


「そ、そんなことは……」


「まだ俺への誠意が足らねえって言ったろ!!」


 ポケットへ手を突っ込み、声を荒げる明。三年男子の威圧。真凛は震えながら後ずさりする。




「おい、真凛!!」


 一方、少し離れた校門では、女子中学生らがずっとひとり立っているイケメン高校生を見てひそひそ話をしていた。


「何あれ? ちょーイケメン!!」

「え、誰か待ってるの??」


 見慣れない高校生。落ち着きがあり、その佇まいからは大人の男を感じさせる。女子中学生らは皆足を止め、そのイケメン高校生『田中玄人』を見つめていた。



「お兄ちゃん!!」


 名前を呼ばれた真凛が、茶髪のポニーテールを揺らしながら正門へと駆け出す。私は安堵したような表情の真凛に思わず尋ねる。


「どうしたんだ? あれ、誰?」


 真凛の前に立っていたガラの悪そうな男子中学生。振り返り、走ってきた真凛をじっと睨みつけている。真凛が首を振って答える。


「何でもないよ、お兄ちゃん! さ、行こ!!」


 そう言って皆の視線が集まる中、私の腕を取り真凛が歩きだす。私は彼女の手が冷たくなっていることに歩きながら気づいた。




「美味しいね、お兄ちゃん!!」


 私と真凛はふらふらと夕方の街をぶらついた。『買い物がしたい』と言っていた真凛だが、特に行き先が決まっているわけでもなさそうだった。小さな公園のベンチに座りながら、真凛が私が買ったクレープを口にしながら言う。


「ねえ、お兄ちゃん。これって、デート??」


 不敵な笑み。先ほどまでの不安そうだった表情はもう消えている。


「そうだな。それも悪くない」


 それは本心。兄として可愛い妹と共に過ごすことは嬉しいことだし、それにやはり『マリ』を感じる真凛と一緒だと私の本能が喜んでいる。真凛が急に顔を真っ赤にしてしどろもどろに答える。


「そ、そうなんだ。お兄ちゃんも、ようやく可愛い妹の魅力に、き、気付いたんだね……。ちょっとお手洗いに行こうかな……」


 顔を真っ赤にした真凛。そのまま逃げるように小走りでトイレへと向かう。



(可愛いもんだ。出会ったばかりの頃のマリを思い出す……)


 そう、出会った頃のマリはいつもああやって顔を真っ赤にしていた。こうして真凛と距離を縮めれば縮めるほど、兄としての立場と、クロードとしての立場がぶつかり合う。




「おい、あんた。真凛の兄貴なのか??」


 ベンチに座る私に、その金色で短髪の男が近寄ってきて尋ねる。細く揃えられた眉毛に吊り上がった目、お世辞にも品がいい人相とは言えない。


「そうだが、君は?」


 そう尋ねながら私が思い出す。彼は中学の正門付近で真凛に絡んでいた男だ。


「竜ヶ崎明。竜ヶ崎って言えば知ってるだろ?」


「知らない。どこの竜ヶ崎だ?」


 私は真剣に答えた。本当に知らない。明は目をカッと開いて怒鳴るように言う。



「はあ!? 竜ヶ崎だぞ?? 竜ヶ崎総合病院だ!! 俺はそこの息子、てめえなんてどうにでもできるんだぞ!!」


 病院? なぜ病院の息子がこんな絡みをしてくるのか。私は本当に意味が分からなかった。明が言う。


「今日はな、俺と真凛が出かける日だったんだ!! てめえが邪魔したんだろ。帰れよ!!!」


 先約があったのか? だが真凛はそんなこと一言も言っていないし、そもそも彼と一緒に居るのは嫌なのではないかと思う。


「真凛はそれを認めているのか? 認めていないなら私は彼女を守る義務がある」


 それは兄として、そしてクロード・マジシャスとして。明が怒りで顔を紅潮させながら答える。



「ふざけんな!! 俺のバックには()がついてるんだぜ!! この意味、分かるか?」


 私はハッとした。すぐに立ち上がり明に尋ねる。


「ぞ、族だと!? どこの族なんだ!!」


 どんな強力な部族だろうか。やや焦る私に明が笑みを浮かべて答える。



「ふふっ、ビビったか!? この辺りを仕切る『夜明けのイナズマ』、泣く子も黙る暴走族だぜ!!!」


(ぼ、暴()族だと……)


 さすがの私も驚いた。暴力的な高僧の集団なのか、それとも発狂し暴走した僧たちのグループなのか。いずれにせよ危険な存在には違いない。黙り込む私に明が言う。


「俺はそこの『稲妻の貴公子』って呼ばれている。どうだ、ビビったか!!」


(稲妻……、そうか雷魔法を得意とする高僧集団なのか……)


 侮れない。私は即座に思った。とても僧侶には見えない彼だが、高僧集団との争いはできれば避けたい。ただそれでも彼らが私達に牙をむくなら、私も『クロード・マジシャス』として全力で戦う。



「私は、そんな脅しに屈しない」


 大切な妹、そして『マリ』を守るため私は強い覚悟を決めている。相手がどれほど強大だろうが、決して退くことはない。私の言葉を聞いた明が口を開け、睨み返しながら怒鳴る。


「ふざけんなよ!! この野郎!!!!」


 右手の拳を振り上げ、明が私に殴りかかって来る。薄暗くなった公園の隅。誰の目に留まらぬ場所。気の短い明が蛮行に走った。



(雷魔法……、は来ないか!?)


 私は明から魔法が発せられないことを確認し、即座に『アリザ流体術』で応戦する。



 ドン!!!


「ぎゃっ!!」


 拳を手の甲でそらし、軽く足を払う。それだけで明はくるりと一回転するように地面に倒れた。



「えっ……」


 何が起きたか理解できない明。ただ『負けた』。仰向けの自分を上から見下ろす相手を見てそう思った。

 私は右手を寝転ぶ明に向け小さく言う。



「これ以上やるなら私も本気を出さざるを得ない。どうする?」


 できれば暴僧族との全面戦争は避けたい。魔力は不安定なこの世界。私とて、どれだけ戦えるのか分からない。私の魔法発動姿勢に驚いたのか、明はすぐに飛び起き、青ざめた顔で言う。


「お、覚えてろ!! 俺を怒らせたらどうなるか!! お前はぶっ殺す!!!」


 明は思いつく限りの暴言を放ち、逃げるように走り去って行った。私はやや重い気持ちとなってつぶやく。



「暴僧族との全面戦争は避けられないのか。困ったな……」


 高僧となれば、魔法・魔術・呪文などを使いこなし、肉弾戦に特化した修道士モンクなどもいるだろう。不可抗力とは言え、私は最悪の事態を想像し頭を抱えた。



「お兄ちゃーん、お待たせ!!」


「真凛……」


 ただそんな私の悩みも、この可愛らしい真凛を見るとすべて吹き飛んでしまう。兄としてクロードとして、彼女を守るため私はいつでも戦う覚悟はできている。






 その日の夜。竜ヶ崎総合病院の院長である竜ヶ崎正蔵は、夕食に顔を出さない次男の明にやや苛立ちを感じていた。長男の相馬に尋ねる。


「相馬。明は何をしている? 夕食には必ず顔を出せと言っているだろ?」


 サラサラの金髪に眼鏡をかけた知的な顔立ちの相馬。面倒臭さそうな顔で答える。


「知りませんよ、お父さん。あんな馬鹿」


 弟は正反対の兄相馬。暴力的で蛮行を繰り返す明とはできるだけ関わりたくないと思っている。正蔵が尋ねる。



「それで藤堂先生とはどうなんだ?」


 相馬が顔を上げて答える。


「ええ。きっと近いうちにお父さんに紹介できますよ。私にかかればどんな女性でも惚れるんですよ」


 正蔵がワインを口にしてから言う。


「くれぐれも粗相のないようにな。知っての通り、藤堂先生の開発した薬で山下先生の体調が回復された。うちの病院も本当に助かっている。慎重の上に慎重を重ねろよ」


 大物政治家の山下肇。突発性細胞死滅症候群の患者で、先に開発されたライカの薬で命を救われた人物のひとり。先代が病院創設に尽力し、その後も医療事故などを揉み消すなど、竜ヶ崎総合病院に大きな影響力を持つ。


「分かってます、お父さん」


 そう答えながらも相馬は週刊誌に載っていたイケメン高校生を思い出し、顔を歪める。



 ガチャ……


 そこへ次男の明が帰って来た。正蔵は夕食に遅れたことを注意し、すぐに食事をするよう厳しい口調で命じる。


「うるせーな。分かってるよ」


 ぶつぶつ言いながら席に着く明。正蔵がふたりに尋ねる。



「それで、お前達。藤堂先生と一緒に薬の開発を行った高校生にはやはり心当たりはないのか?」


 竜ヶ崎正蔵の関心は藤堂ライカと、その協力者である謎の高校生。未だその所在は分からない。


「うちの病院の大切な恩人になるべき人物。高校生と言うのは信じられないが、早く見つけ出してお礼を言いたいものだ……」


 できれば将来病院の開発部に迎え入れたい。正蔵は本気でそう思っていた。



「分かりませんね。残念ながら……」


 苛立ちを隠すようにそう言う相馬と対照的に、明は全く無関心の顔で答える。


「知らねえよ。そんな奴」



 正蔵がため息交じりに言う。


「そうか。残念だな……」


『美人天才科学者』藤堂ライカ。その影響力は皆が思う以上に大きなものであった。

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