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17.真凛に忍び寄る影

『先生~、すみません。夜分に』


 夕食前、部屋にいた私は『美人天才科学者』藤堂ライカからの電話の着信音に気付き、スマホを手にした。


「どうした?」


 あまり気は進まないが、彼女は唯一前世を知る存在。邪険にはできない。


『先生の声が聞きたくなって……』


「冗談はいい。用件を言え」


 私はどうも彼女のこの手のジョークが苦手だ。先生などと呼んでいるが、何を企んでいるのか皆目見当つかない。



『あの、先生ご存じでしたら教えて欲しいのですが、クロミジルの配合って分かりますか?』


 クロミジル。それは前世で私とライカが共同開発した特殊軽量素材。空気のように軽く、加工も簡単で、耐熱耐震を備え、優れた強度を誇る特殊素材。乗り物や衣服など様々な分野で利用されている。


「知っているが……」


『本当ですか!? 教えてください!!』


 私は首をひねった。

 確かにこの世界にはクロミジルはまだ無いようだ。科学文明の発達したこの世界なら開発、製造も恐らく可能であろう。だが、なぜ共同開発者のライカが作れない? 製造過程で魔法を使うものでもあるまいし。



『じゃあ、今度先生を迎えに行きますから、うちの研究室に来て……』


「いや、結構だ。製造方法をメールにして送る。君ならそれを見れば作れるだろ?」


「え、あ、ああ。はい。分かりました」


 私は何か違和感を覚えながらも電話を切り、パソコンへと向かった。






「いただきます」


 夕食。『田中玄人』の家族は四人だ。私に妹の真凛、それに義母と父。一般的な家族のようだ。


「うまい。()()。今日の料理もまた一段と美味しいです」


 義母がやや困った顔で答える。


「もお、玄人。その呼び方はやめてって言ってるでしょ。慣れないのよ……」


 義母は『母上』と言う呼び方にまだ違和感があるらしい。ただ両親は尊敬すべき存在。私は無償の愛を与える親に対して心からの感謝の気持ちを持っている。父が言う。


「そうだぞ、玄人。俺もちょっと恥ずかしい」


「慣れてください、父上」


 そう言って私は義母の作ってくれた味噌汁を口にする。



(美味い……)


 初めて口にした時からこの茶色のスープは私を虜にした。絶妙な塩加減。コクのある味噌と呼ばれる調味料。目や食感を楽しませてくれる様々な具材。栄養バランス的にも理想的な料理。それでいて純粋に美味しい。

 食卓に並ぶ料理を楽しんでいる私の目に、やや元気のない真凛の顔が映る。尋ねる。



「どうした、真凛? 何か考え事か?」


 目の視点が合っていない。ぼうっとしている。私の言葉に両親の視線が真凛へと移る。それにはっと気づいた真凛が笑顔を作り答える。


「えー、何でもないよ~、お兄様ぁ~」


 真凛の機転の利いた誤魔化し。両親はそれを見てくすくすと笑いだす。ただ私は気付いていた。彼女のその微妙な変化に。




「ごちそうさまでした」


 それ以降は和やかに進んだ夕食。真凛も料理を綺麗に平らげ、席を立とうとする。



(!!)


 刹那。私は身を貫かれるような衝撃を受ける。



(視線!? 強い、強烈な視線……)


 私は顔を上げて周りを見回す。ダイニングの窓につけられたカーテン。その隙間から放たれているものだとすぐに気づいた。私は急ぎ玄関に回り、ドアを開け、暗くなった路地に立ち回りを確認する。


「敵襲、か……?」


 最も恐れている事態。それはこの世界にも前世の記憶を持つ者がおり、それが私『クロード・マジシャス』を狙っているということ。ただ今回は杞憂に終わったようだ。殺気はない。気配も消えている。



「お兄ちゃん……、どうしたの?」


 真凛が心配して私を追いかけてきてくれた。茶色の髪。青く美しい目は、私の突然の行動に不安の色に染まっている。私は真凛の頭を撫でながら答える。


「ちょっと食後に外の空気が吸いたくなってね」


「真凛も吸っていい?」


 そう言うと彼女は私の隣に立ち、ぴたりと体を密着させる。



「お、おい……」


 一瞬ドキッとする私。彼女は妹。田中家の妹。ただ中学生でありながら、その仕草や振る舞いはもう立派なひとりの女性。私は昔、こうしてマリと一緒に夜道を歩いた記憶を思い出す。


「さ、戻ろうか」


「うん!」


 笑顔。ようやく真凛が笑顔になってくれた。私は自然と彼女の手を握り、ふたり家へと入っていく。




(ちっ、何だあれ。田中真凛の兄か?)


 そんな二人の様子を離れた場所から見ていた金色の短髪の男、竜ヶ崎明。真凛を尾行し、ようやく突き止めた彼女の家。何をしているのか見張っていた彼は、突如出てきた高校生ぐらいの男を見て慌てて逃げだした。


「俺の真凛と仲良くしやがって!!」


 明がドンと壁を殴る。その視線は二人が消えて行った田中家の玄関へと向けられた。






「ねえ、お兄ちゃん」


 翌朝、学校へ行く支度をして玄関を出ようとした私に、真凛がやや恥ずかしそうに駆けつけて来た。茶色の髪はポニーテールにしているが、大きくクリッとした瞳はやはり『マリ』を感じさせる。



「どうした?」


 ただ気のせいか雰囲気が少し違う。鈍感な私でもそれは何となく感じ取れた。真凛が答える。


「この間さ、ほら、真凛とお出かけするって話したでしょ?」


 した。そう、あれは早乙女万里子と島で一晩過ごすこととなったあの日の出発の朝。拗ねる真凛に仕方なくどこか連れて行く約束をしたのだ。



「あれさ、今日でもいい?」


「今日? 随分急だな」


「うん……」


 私は彼女が作ったその一瞬の()の意味に気付かない。


「学校終わったらさ、真凛の中学まで迎えに来て」


「え? 中学まで??」


 私は少し驚いた。なぜそんな面倒なことを要求する。私の高校と真凛の中学はまるで真逆。家で落ち合った方が都合がいいはず。


「分かった。学校が終わったら迎えに行くよ」


 理由は分からない。ただ彼女の真剣な眼差しが私にそう言わせた。


「ありがと! お兄ちゃん、大好き!!」


「うわっ!?」


 そう言って私に抱き着く真凛。彼女は妹。ただ男としてか兄としてかそれは分からないが、その小さく華奢な体は私に『彼女を守りたい』と思わせるには十分すぎるものであった。






「おっはー、玄人!!」


 家を出て歩き始めた私に、朝から元気な声が掛けられる。


「マリエ」


 一ノ瀬マリエ。『田中玄人』の幼馴染で、とても明るく元気のよい女の子。青髪のポニーテールに陸上部の練習で日に焼けた肌。目の下のほくろが『マリ』を思い出させる。


「一緒に学校行こ!」


「ああ」


 最期は病気で床に臥せていたマリ。マリエといると彼女の元気だった頃を思い出してしまい、私もどこか感傷的になってしまう。そんな気持ちを隠すかのように私が尋ねる。



「陸上部の練習は大変?」


 マリエはニコッと笑い私に答える。


「大変だよー!! もうすぐ大会があるからね!!」


 マリエは長距離走の選手。よくグラウンドを走っている姿を見かける。


「マリエなら大丈夫だよ。きっと勝てる」


 何の根拠もない。ただ純粋に私はそう思った。マリエはそれを聞き、とととっと数歩飛び跳ねるように前に出てからこちらを振り返り、前屈みになり敬礼のポーズをとって答える。



「ありがと! 玄人!!」


(マリ……)


 元気だった頃のマリ。そう彼女はいつも笑顔で私に元気をくれた。



 ――早くマリに会いたい


 真凛なのかマリエなのか、それは今の私には分からない。ただ早くマリに会い、愛する彼女を力一杯抱きしめたかった。

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